「お母さん、信じてよ、ぼく達だよ」
ソラは固く閉じられたドアを何度も叩きながら、大きな声で言った。
「お兄ちゃん――」と、ソラの服を引っ張ったウミが、「しーっ」と、口の前に人差し指を立てながら、黙って庭の方を指さした。
妹がなにを言おうとしたか、すぐにひらめいたソラは、口を閉じたままうなずくと、足音を立てないように、そっとベランダに回った。
思ったとおり、庭に面したベランダの窓は、ソラが逃げ出す時にこっそり開けたまま、鍵がかかっていなかった。
ソラはそっと窓に手をかけると、静かに開けていった。と、中の様子をうかがうまでもなく、母親の、半ば取り乱したような声が聞こえてきた。
「聞いてください。いいですか、気味の悪い連中が……違います、男と女です。ええ、子供達の名をかたって家に訪ねてきたんです。長男だけならともかく、兄妹で遊びに行ったのなら、とっくに帰ってきてもいい時間なのに。お願いします、おまわりさん――」
ぐびり、と唾を飲みこんだソラは、電話に夢中になっている母親に気づかれないよう、またゆっくりと窓を閉めると、ウミに合図を送って、通りに戻った。
「ねぇ、どうだった」ウミが聞くと、ソラはため息をつくように首を振った。
「警察に電話してたよ。不審者だって、思われてるらしい」
「――そうなんだ」ウミは、ぽつりと言った。
二人は、だんだんと暮れていく日差しの中、とぼとぼと、行くあてもないまま歩き始めた。
「どうしよう……」と、うつむきながらウミが言った。
「元気出せって」と、ソラが胸を張るように言った。「元に戻る方法なら、きっとあるさ」
「だったらいいんだけど」ウミは言うと、確かめるようにソラの顔をちらりと見た。
ソラは、遠く離れて小さくなった自分達の家を、名残惜しそうに振り返った。
「――やばい」
と、前に向き直ったとたん、ソラがウミの手を引いてくるりと角を曲がった。二人は、建物の陰にさっと身を隠すと、息を殺して立ち止まった。
「痛いよ。急にどうしたの」と、ウミが声をひそめて言った。
「しっ……」
ソラが口の前に人差し指を立てると、二人が歩いていた目の前の通りを、制服を着た警察官が、小走りに走り過ぎていくのが見えた。