シュビッツ――と、風が奇妙な音を立て、引き金に指をかけていた男の手首に細いロープが巻きついた。
逆らえないほど強い力で引かれ、ライフル銃を床に落としてしまった男は、歯を食いしばり、自由なもう一方の手を、着ているジャケットの内側に伸ばした。
しかし、ソファーの陰から現れたシェリルが男に駆け寄ると、キラリと光る細いロープが、幾何学模様を描いて投網のように広がり、男を頭から絡め取ってしまった。
タン、と短い銃声が室内に轟いた。ロープでがんじがらめにされ、床に倒れ伏している男の手には、土壇場で抜かれた拳銃が握られていた。
男は、シェリルとすれ違いざま、首の付け根を肘で打たれ、白目をむいて、意識を失っていた。
シェリルは、肩でしていた息を整えながら振り返り、男を見下ろした。赤い血の線を引いた傷が、目の下の頬に細く引かれていた。
ジジッジジッ、としか言わなかった無線から、あわただしくヒステリックな声が聞こえてきた。どうやら、銃声を聞きつけた男の仲間が、連絡を取ろうとしているようだった。
複数の足音が、どたどたと聞こえてきた。シェリルは、床に落ちたライフル銃を手に取ると、ベランダの手すりを軽々と乗り越え、階下に姿を消した。
アパートメントを離れたシェリルは、ぽつりぽつりと商店の見える通りにやってきた。手に持っているライフル銃は、逃げるには目立ちすぎた。すでに何人もの通行人に姿を見られていた。当然、警察に通報されていると考えなければならなかった。
数日前にも、警官隊と黒人が衝突した事件を、目の当たりにしたばかりだった。白人のシェリルが、ライフル銃を手に白昼堂々、黒人の人々が多く住む地区を闊歩していたとなれば、警察からも、住民からも目をつけられるのは必至だった。
シェリルは、ライフル銃を通りがかった家の軒先に置くと、何ごともなかったような顔をして立ち去った。もしかすると、自分に注目が集まり、騒ぎが大きくなることで、新たな事件を企てようとする輩が、計画を諦めざるを得なくなるかもしれなかった。もしもそうなれば、願ってもないことだった。牧師の安全が、なおいっそう補償されるようなものだった。
――と、パトカーがけたたましくサイレンを鳴らしながら、交差点の向こうからシェリルに迫ってきた。ハンドルを握っているのは、アパートメントの警戒にあたっていた若い警察官だった。すべてのパトカーに向けた無線で、白人の女がライフル銃を持ち、うろついているという情報を聞き、駆けつけたのだった。
黒人が住む地区に白人の女性が一人でいるなど、やはり違和感を感じずにはいられなかった。先輩警察官達の不審な行動など、なにかしら胸に引っかかるものがあった。さいわい、若い警察官が警察署に戻ると、いつもの地区とは違う地区の担当を任された。女が目撃された商店街の近くだった。パトカーを走らせ、交差点を通り抜けた時、ちらりとシェリルの姿を見かけた。ライフル銃は持っていなかったが、住人と言っていたアパートメントにも近く、手配されている容疑者は、彼女に間違いなかった。