「あきらめちゃだめだ」
ソラはウミに言うと、壁だと思っていた座席の背もたれに手を掛け、また登り始めた。
「ぼく達の姿は、パイロットに見えないかもしれない。けど、できることはきっとあるはずさ。なんとかして、この飛行機をUターンさせるんだ。でなきゃ、ぼく達も、このパイロットも、帰れないんだから」
ウミは目を赤くしたまま、くっすん――と鼻をすすると、唇を噛みながらうなずいた。
少尉の思いが通じたのか、青い鳥は、風防ガラスの奥に再び収まると、疲れたように片方の羽根をダラリと伸ばしたまま、目をしばたたかせた。
「どうにかして、引き返してもらえないの。どうしても、このまま飛んでいかなきゃならないの」と、ウミは、高く登っていくソラを目の端に捉えながら、青い鳥に何度も話しかけた。
青い鳥を通じて、ウミの声は少尉の耳に届いていた。しかし少尉は、口を真一文字に結んだまま、険しい表情を浮かべ、安定して飛んでいる飛行機を無言で操縦していた。
背もたれを登りきったソラは、すぐ目の前に見える少尉の後ろ襟をめがけ、両手を高く伸ばしながら、勇気を出して飛びついた。
ソラが少尉の襟に飛びついたのを見ていたウミが、「アッ」と声を出して首をすくめた。
硬い襟を捕まえたソラは、歯を食いしばりながら肩に登り、服の縫い目を手探りしながら、這うように胸の方へ進んでいった。
ウミの声を聞いた青い鳥が、小さく体を揺すると、少尉が操縦桿を握っていた片方の手を離し、指先で探るように襟元をただした。
少尉の胸元に移動していたソラは、間一髪、少尉の手から逃れていた。頭の上を越えていく大きな手を、服に張りつくようにしてやり過ごすと、服の前を合わせているボタンに手をのばし、捕まえたボタンのすぐ下のボタンに足を掛けた。
ほっと息をついたソラは、足下のボタンにしゃがんで手を掛け、もう一段下のボタンに足を伸ばすと、次にまた足下のボタンに手を掛け、一段ずつ、そうっと静かに下へ降りていった。
ブーンン、ブブブーンと、プロペラの音だけが、操縦席の中に響いていた。
ソラは「うんしょ、うんしょ……」と、息を切らせながら、操縦桿を握っている少尉の膝の上までやって来た。
やっと下に降りる事ができたソラは、少尉の顔を見上げた。ウミが言っていたとおり、飛行機の操縦に集中している少尉の目には、膝の上に立っているソラの姿が、見えないようだった。しかし、気をつけなければならないのは、たとえ姿が見えていないとしても、なにかがいる気配だけは、敏感に察知しているらしいことだった。もしもいたずら半分でくすぐったりしようものならば、蚊を叩き落とすように容赦なく、手の平がうなりを上げて飛んできそうだった。