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もう、会えないという事。

2014-03-16 | 日記。
13日の朝に母から電話が入った。
「Hちゃんが亡くならはった。」

子供の頃からよく遊んでもらった従兄弟のHちゃん。
2年前から血液の癌、白血病だった。
Hちゃんは、4人兄弟で姉、兄、姉の末っ子で、
上の兄弟とも少し歳が離れており、皆から可愛がられていた。

上の姉と兄との骨髄移植で、最初、兄との移植、
その後、発病したようで、姉との移植、退院できるまで元気になったよう。
そして、長く休んでいた職場の仕事を迷惑かけたからと、
すごく頑張っていたみたい。無理するほどに頑張っていたのでは・・・
そして、今年中学になる息子と小学生の息子、4歳の息子の3人の父。
退院してから、仕事が休みの日は色々遊びに連れて行き、
今までの時間を取り戻そうとしていたかのようだったよう。

その後、無理がたたのか、免疫力の落ちている体。
肺炎になって入院。
その後、そんなにまた悪くなっているとは思っていなかった。
また、発病したよう…
妻のKちゃんに「次、発病したら治療はもうしない」と言っていたらしい。

痛くて、しんどくて、想像もつかない辛さやったと思う。

本人も自分の先が分かっていたようで、
親より先に逝ってしまうという親不孝を「親父より先に逝ってしまうなぁ~悪いなぁ」と
謝っていたと聞いた。

最後の最後まで、妻と子供を残していくことを心配し、
最後の最後まで家族の顔を見ようと、
血がいっぱい混じった痰が口に溜まって、目の毛細血管も腫れ、
目が開けられる状態じゃないのに、必死で目を開けて、手を握っていたとのこと。

昔から本当に気配りできる人だった。自分がこんなにしんどいのに、
人の心配ばかりしていたと言うのがHちゃんらしい。

棺の中のHちゃんは、「よう寝たわ~」と起きてきそうで、
もう、話すことも、一緒に笑うことも、お酒を飲むこともできないとは
本当に思えないくらいだった。

告別式の間、涙が止まらなかった。
声を上げて、わーと泣いてしまったら、その場は少し楽になるかもしれないけど、
家族は、まだまだこれからこの気持ちが続くのかぁ…と思うとぐっと我慢した。

本当にしんどくて、苦しくて、辛かった。
人が死ぬと言うことがこういうことだと分かっていたけど、
実際に、向き合うのはやっぱり辛い。

若くして亡くなった人は盛大に送ってあげるといいからと、
本当に大勢の方が見送りに来られていた。
47年間、お疲れ様でした。今までありがとう。