東京電力福島第一原子力発電所の事故で、福島県で暮らす住民などが慰謝料などを求めた集団訴訟で、福島地方裁判所は「国が東京電力に津波の対策を命じていれば原発事故は防げた」として、国と東京電力の責任を認め、原告のうちおよそ2900人に総額4億9000万円余りの賠償を命じました。全国の集団訴訟で国の責任を認める判決は前橋地裁に続き2件目です。
原発事故のあとも福島県内の自宅で暮らし続ける住民や、避難した人などおよそ3800人は、生活の基盤が損なわれ精神的な苦痛を受けたとして、慰謝料などを求める訴えを起こし、これまでの裁判で国と東京電力が大規模な津波を事前に予測して被害を防ぐことができたかどうかなどが争われました。
10日の判決で、福島地方裁判所の金澤秀樹裁判長は「平成14年に政府の地震調査研究推進本部が発表した地震の評価は、専門家による議論を取りまとめたもので信頼性を疑う事情はない。国がこれに基づいて直ちに津波のシミュレーションを実施していれば、原発の敷地を越える津波を予測することは可能だった」と指摘しました。
そのうえで「津波に対する安全性を確保するように東京電力に対策を命じていれば、原発事故は避けることができた」として、事故を防げなかった国の責任を認めました。
その一方で「安全確保の責任は一次的には東京電力にあり、国の責任の範囲は半分にとどまる」として、東京電力に対し、原告のうちおよそ2900人に総額4億9000万円余りの支払いを命じ、国に対してはこのうちの2億5000万円余りの賠償を命じました。
また判決では賠償を認めた地域について、避難指示が出された区域の外でも、事故直後に一定の放射線量が計測されていた地域の一部の住民に、国の指針を上回る慰謝料を認めました。
一方で、福島県西部の会津地域などの住民については賠償すべき損害はないとして訴えを退けました。
原発事故をめぐる集団訴訟では全国18の都道府県で1万2000人余りが訴えを起こし、ことし3月の前橋地裁は国と東京電力の責任を認めた一方、先月の千葉地裁は国の責任を認めず、判断が分かれていました。
裁判で判断分かれる
10日の判決はことし3月の前橋地方裁判所に続いて、原発事故を防げなかった国の責任を認めたことが特徴で、全国で続く集団訴訟に影響を与える可能性もあります。
原発事故をめぐる集団訴訟ではことし3月に前橋地裁、先月には千葉地裁が判決を言い渡していますが、国の責任については判断が分かれています。
2つの判決とも津波の危険性を国が事前に予測できたことを指摘しましたが、前橋地裁は「東京電力に対し、津波対策を命じていれば事故を防ぐことができた」として国の責任を認めた一方、千葉地裁は「仮に対策をとっていたとしても東日本大震災の津波の規模からすると、事故は避けられなかった可能性がある」として、国の責任を認めませんでした。
10日の判決で、福島地方裁判所は原発事故が起きる9年前の平成14年に政府の地震調査研究推進本部が発表した地震の評価には信頼性があるとしたうえで、2つの判決と同じく「国は福島第一原発の敷地の高さを超える津波を予測することが可能だった」と指摘しました。
そして10日の判決では「平成14年末までに津波に対する安全性の確保を東京電力に命じていれば事故を防ぐことができたのに、対策を命じなかったのは著しく合理性を欠いていた」と指摘して、前橋地裁に続いて国の責任を認めました。
今回の裁判の原告は一連の集団訴訟の中で最も多く、10日の判決は全国で続く集団訴訟に影響を与える可能性もあります。
原子力規制庁「国の主張 十分な理解得られなかった」
原子力規制庁の大熊一寛総務課長は「国の主張について裁判所の十分な理解が得られなかったと承知している。原子力規制委員会としては原発事故を踏まえて作られた新たな規制基準の審査を厳格に進めることで、適切な規制を行っていきたい」と述べました。
また今後、国として控訴するかどうかについては「今後の対応は関係省庁とともに、判決内容を検討したうえで対応を考えます」と述べました。
東京電力「判決を精査し対応検討」
東京電力は「原発事故で、福島県民をはじめ、広く社会に大変なご迷惑とご心配をおかけしていることについて、改めて心からおわび申し上げます。判決については今後、内容を精査して対応を検討していきます」とコメントしています。
福島 浪江町長「判決評価できる」
判決について、原発事故に伴う避難指示の一部がこの春に解除された福島県浪江町の馬場有町長は「原発事故は人災だという国会事故調査委員会の報告書を踏まえて、国の責任を認めた判決は評価できる。原発事故によって地域や学校のコミュニティなどすべてが崩壊した。東京電力にはその被害を真正面から捉え、判決を真摯(しんし)に受け止めてほしい」と話していました。
原告の住民の思いは
今回の裁判は全国の集団訴訟の中で原告の数が最も多く、およそ8割は事故後も避難せずに自宅で暮らし続けてきた住民です。
原告の1人、阿部哲也さん(54)も事故後、避難せずに福島市の自宅で暮らし続け、ナシとリンゴの果樹園を営んでいます。原発事故以降、発送量は減少し、減益分は東京電力から賠償を受けています。
今回の裁判で阿部さんが訴えているのは、事故によって農家としての誇りや顧客との人間関係が傷つけられたことなどの精神的な損害です。阿部さんの果樹園では贈答用の高級な果物を扱ってきましたが、事故後は先代から受け継いできた顧客から毎年もらっていた果物の注文を断られるケースが相次いだといいます。
さらに、長年受け入れてきた地元の中学生の栽培体験実習も、放射能を心配する声を受けてなくなってしまいました。阿部さんは自分の果樹園での実習を通じ、地元の中学生の教育に貢献できることにやりがいを感じていました。そのため、子どもたちとの交流が失われたことに大きなショックを受けました。かつて、中学生から受け取った実習後のリポートや感想文は今も阿部さんの宝物です。
阿部さんは今回の裁判を通じて、福島に暮らす人々が今でも生活のさまざまな場面で、原発事故による被害や影響を受けている実態を多くの人に知ってほしいと話しています。
そして、原発事故に対する国や東京電力の責任が明らかにされることや、現行の制度に変わる、新たな救済の枠組みがつくられることを期待しています。
10日の判決を前に、阿部さんは「福島県では避難区域以外の人も不安を抱えながら暮らしていた。裁判所には一人一人に寄り添った判決を求めたい」と話していました。
そして10日、国と東京電力に賠償を命じる判決が言い渡されると、「今までの活動が報われてうれしいです。今回の判決で原告団として参加していない私と同じような立場の人にも参加してもらえるきっかけになればと思います」と話していました。
専門家「賠償制度を見直す必要性も」
判決について、原発事故の賠償に詳しい東洋大学法学部の大坂恵里教授は「国の責任も2分の1だが認められた。これまで国は中間指針に基づいて、東京電力が行う賠償を支援するという立場だったが、国の責任を認める判決が積み上がってきたことで、国自身も積極的に賠償に関わるよう制度の仕組みを見直す必要性も出てくるのではないか」と話していました。
裁判は全国で少なくとも31件に
原発事故で被害を受けた人たちが事故の責任を問うために起こした裁判は、全国で30件を超えていて、今後も各地で判決が言い渡されます。
6年前の福島第一原発の事故のあと、東京電力は国の指針に基づいて福島県に住む人や県外に避難した人に賠償を行っていますが、事故の責任を問うために裁判を起こす動きが広がっています。
件数は次第に増え、国や弁護団などによりますと、全国の少なくとも18の都道府県で31件の裁判が起こされ、原告は1万2000人余りに上っています。
一方、国や東京電力は「事故を予測することはできなかった」などとして争っています。
ことし3月には集団訴訟で初の判決が前橋地方裁判所で言い渡され、「国と東京電力は津波を事前に予測して事故を防ぐことができた」として3800万円余りの賠償を命じました。
また別の避難者が起こした裁判で、千葉地方裁判所は先月、原告側が求めていたふるさとを失ったことへの慰謝料を認め、東京電力に対し、3億7500万円余りの賠償を命じました。一方で、国の責任は認めませんでした。
それぞれ異なる判断が示される中、来年3月には京都地方裁判所や福島地方裁判所いわき支部で判決が言い渡される予定で、裁判所の判断が注目されます。