「小池百合子さんが(野党を)真っ二つにしてくれた。天の時は与えられた!」
10月22日、自民大勝のうちに幕を閉じた衆院選。その3日後、安倍晋三首相に近い自民党参院議員は冒頭のように喜んだ。憲法改正を掲げる運動団体「日本会議」が主導する集会での一コマだ。予想を超す284議席を得て、改憲案の国会発議に向けて弾みがついたとの期待が口を突いて出た。
安倍氏率いる自民党は、国政選挙で5連勝。安倍氏は第98代内閣総理大臣に指名された。その強さをもたらしたものは、こうした強固な自民シンパや分裂した少数野党だけではない。ミレニアルと呼ばれる10、20代の若者たちの自民支持率の高さだ。その理由は「右傾化」と呼ばれるものとは少し異なっている――。
60%がアベノミクス支持
衆院選最終日の10月21日、安倍首相が選挙戦の締めくくりに選んだのは、過去4回の選挙と同じく、やはり東京・秋葉原だった。雨降る中、大小の日の丸が振られる。最前列で声援を送っていたのは若者たちの一団だった。
「安倍総理がんばれ!」「北朝鮮に負けるな!」。後方からの反対派から出た「安倍やめろ!」という声が入り交じり、異様な雰囲気に包まれた。
街頭の喧噪には目もくれず、首相は選挙カーの上からこう力を込めた。
「民主党政権がどういう時代だったか。もう日本中、土砂降りの雨の中だった。若い皆さんがどれだけがんばっても就職できなかった。でも自民党はGDPを50兆円増やせた。私たちは、やればできるんです」
応援の一団から拍手がわき起こった。
2007年9月に病気で辞任後、2012年12月に政権に返り咲いた安倍首相。その支持の底堅さは「若者と男性」にあると指摘されてきた。今回の衆院選でも、朝日新聞の出口調査で、10~30代の若い層で安倍政権への評価が高く、得票にもつながっていたことがわかる。
比例区の投票先を年代別にみると、10代では46%が自民に投票。20代は47%、30代も39%が自民に入れ、ほかの年代より高かった。50代、60代の支持が比較的厚かった立憲民主党とは対照的だ。
高齢者対策から若者対策へ
アベノミクスを「評価する」と答えたのも、10~30代は60%前後で、全体平均の48%より高かった。
若い世代ほど高い、安倍政権「存続」志向の高さ。これにこたえるかのように、秋葉原演説を終えた安倍首相は、自民党のインターネット番組に出演し、笑顔でこう語った。
「どの街頭にも高校生がすごく多くて、『がんばって』『日本を守って』と言ってくれた。若い人はネットで情報をとっていますからね」
今回の選挙で特徴的なのは、自民党が明示的に若者層をターゲットに政策を打ち出し、支持を訴えたことだ。保育・幼児教育の無償化、高等教育の無償化、給付型奨学金や授業料減免の拡充といったうたい文句はその最たるものだ。
首相はどの街頭演説でも決まって、「消費税(の増税分)の使い道を思い切って変えていく。約2兆円の財源を捻出する」と訴えた。かつて子ども手当の創設や高校無償化を訴えた民主党(当時)のお株を奪うような若者向け政策のオンパレードだった。
かつての自民党といえば、地域社会に根を張った高齢者向け政党。昨年の参院選を前に「臨時給付金」と称して低年金の高齢者に3万円ずつ配ったように、選挙のたびに「高齢者向けバラマキ」で批判された。
ある政権幹部は選挙後、「自民党は『全世代型』政党になる、ということだ。その若者の支持を確たるものとした今でこそできることだ」と自信たっぷりに語った。
強行採決も「強さ」?
でも、自民党がほんとうに若者の期待に報いることができる政党なのかといえば、疑問だ。
たとえば、消費増税分の使い道。自民党を含むこれまでの政権は、税収が増えた分を借金返済にまわして財政再建に充ててきたが、教育無償化といった「現世利益」に寄りすぎたバラマキは将来への借金のつけまわしになりかねず、若者たちの将来不安にこたえることにならないのは明らかだ。
自民党が野党時代に発表した党憲法改正草案に明記された「国防軍」をとってみても、徴兵制は採られないとしても、兵力として期待されるのは若者だ。アベノミクスのもとで不安定な非正規雇用が拡大し、影響を被るかもしれない若者が、なぜ安倍自民党を支持するのか――。
そのカギはやはり約5年間の「長期政権」だろう。ミレニアルは社会に目を向け始めてから「首相はずっと安倍さん」という世代だ。将来の自分の就職や雇用環境、また親の仕事や給与、その先の介護まで考えると「大きく変わるのは困る」と政治意識の保守化を強めるのもしかたない。
埼玉大社会調査研究センターの松本正生教授は、「強いものにひかれ、今ある現実を受動的に肯定する。そんな若者意識がどんどん底堅くなっている」と指摘する。
「先が見えない不安の中で、『高校生、大学生の就職率は過去最高』という首相のアベノミクスのPRは響きやすい」
スマホを通じて情報に触れるのが当たり前の世代でもある。メディア戦略でみれば、無策な野党に比べ、自民党は明らかに優位だ。民主党政権失敗の痛手から抜けられず、ニュースサイトを見れば「野党たたき」がいまだ目につく。首相らの「民主党政権批判」は街頭でもスマホでも受け入れられやすい。
ここから見えるのは、世代間の意識格差だ。
ミレニアルは安保闘争のような大きな政治運動を間近で見聞きした経験がなく、野党を巨大与党に対置させる意義がぴんと来ない。
自民党が大勝の勢いに乗じて、国会での野党の質問時間を削減しようと動くことに対しても、東京都内在住の女子大学生は、「選挙で勝ったんだから当たり前」と口にした。特定秘密保護法、安保関連法制、そして「共謀罪」法の採決強行さえも、「安倍さんのリーダーシップ」に映るのだという。
「強いもの」「安定したもの」への無意識の支持の一角が、ここにもうかがえる。
さらにこの若者の傾向は、今後強まる可能性もある。今回の選挙とミレニアルの意識に「教育」の影響を直結するのは早計かもしれないが、今後、確実に「教育」が変化しているからだ。
「教育改革」と政治意識
今回の衆院選で初めて投票した18、19歳がまだ小学校低学年だった第1次安倍政権(2006~07年)の時代、愛国心の養成を盛り込んだ改正教育基本法など「教育改革」が始まった。
第2次安倍政権では、自治体の教育政策を決める教育委員会に、政治家である首長の関与を強め、教育の中身まで左右できるよう約60年ぶりに制度が変わるなど総仕上げに入る。
教育政策を議論するシステムの上でも、政権や与党の考え方が事実上教育現場に直接影響するようになってきた。教科化される道徳で、子どもの人間性まで評価しようとする。首都圏の中高校で教える先生たちに聞くと、「教委や校長の支配下に置かれるような統制感が高まっている」ということだった。
政治とは息の長い取り組みである。1955年に誕生し、自主憲法創設を党是とする自民党がいよいよ国会発議を射程にとらえるまでになったのと同様、遠回りなようであって地道な「教育改革」もまた、将来にわたる有権者を「涵養」するための帰結であったと見るのは、うがちすぎであろうか。
来年度、都立中高一貫校でも採用が決まった育鵬社の公民教科書には、安倍首相の写真が15枚にわたって掲載されている。「首相はずっと安倍さん」を象徴するかのようだ。
同社の歴史教科書には大日本帝国憲法がつくられた努力と素晴らしさ、教育勅語の紹介について2ページが割かれ、日本国憲法に関しては「GHQに反対意見を言えないまま採択され、現在は改正の議論がなされている」と書かれている。
ある自民党幹部はかつて取材にこう語った。
「育鵬社の教科書がどれだけ採択されるかで、『教育改革』の真価が問われる」
育鵬社の歴史教科書の全国シェアは11年度に3.7%だったのが、15年度は6.3%に増えた。
世の中の風向きの変化とリンクした、自民党の「刷新」。それこそが、安倍長期政権の底堅さを物語っている。