マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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興隆寺町・厄祝い賀祝のおでん盛り

2018年01月17日 09時54分02秒 | 奈良市(旧五ケ谷村)へ
シバシ」の日の午後に行われるのが「賀祝(がしゅ)厄祝い」である。

「賀祝(がしゅ)厄祝い」とは、興隆寺町に住む厄年の人、男女の関係なく厄年の人を祝う(賀祝)村行事である。

かつてはこの行事も3月1日にしていたが、祈年祭と切り離し、3月第一日曜日に移した。

祝いの場は八阪神社よりすぐ近くに建つ公民館で行われる。

厄祝いの厄男、厄女は公民館の上座に着座する。

11時半ころより始めるおでん喰い。

おでん料理は公民館内の炊事場でなく、屋外に設えた大釜で炊く。

調理する人は村の人。

おでんの材料費は村持ち。

おにぎりも作って厄男、厄女を祝う賀祝(がしゅ)に儀式はなく、自治会長の挨拶で始まったそうだ。

村の祝い事は拝見もしたいが、それはご法度。

時間を避けて訪ねることにしていた。

先に訪れたのは「シバシ」の場である。

伐り出し、割り木作業はたいへんな力仕事。

八坂神社境内の焚き場にあった雑木。

その付近はチェーンソーの切り屑が散乱している状況でよくわかる。

割り木は拝殿下の蔵に収納していた。

この量で賄う一年間の焚き木である。

しばし、境内で時間調整をしてから坂道を登って公民館に向かう。

近くまで行くとおでんの香りが漂ってきた。

美味しい香りに引き寄せられて着いたところが公民館。

只今、賀祝(がしゅ)厄祝いの真っ最中。

厄男に厄女は上座着座。

大広間に集まった村の人たちで盛り上がっていた。

一方、屋外に設えた大鍋で煮ているのは男性二人。

先日、行われた祈年祭には参列してなかった人だけに訪れた経緯を伝える。

しばらくすれば祈年祭の際にお世話になった自治会長も大鍋にやってきた。

賀祝に祝いの詞を述べた自治会長は一息ついて連絡ごとに忙しい。

ぐつぐつ煮立った大鍋。

おでんの色が食べ具合を示していた。



どれぐらいの時間で煮たのかわからないが、色合いは相当煮込んだように思える。

ゴボテン(牛蒡の天ぷらを私は昔からそう呼んでいる)にヒラテン、チクワ。

三角切りもあれば、角切りのコンニャクに揚げさんや茹で卵もある。

おでん汁をたっぷり浸みこんだダイコンもある。

定番のおでん具材に蛸にすじ肉もある。

すじ肉は上等もん。

白っぽいカラカラ乾きの冷凍ではない上等もんの牛すじ肉。

我が家のおでん料理もこれと同じようにすじ肉を煮る。

脂がトロトロに溶けたスジ肉が美味いのである。

よくみれば、具材は我が家とまったく同じというのが嬉しい。

お代わりをよそいに屋外へ出てきた男の人たちは思い思いの具材を掬って皿に盛る。

掬う道具は木地師が作ったと思われる柄杓のようだ。



これらを撮っていたころにやってきたⅠさんもお代わり。

主たる会場には上がれないが、応接間で食べてと云われて案内された部屋へお通し。

いっぱいあるから塩で味付けした大きな三角おにぎりも運んでくれた。



お昼ご飯はまだだっただけに盛ってくれたおでんは完食。

美味しいおでんは我が家と同じ味。

からしをたっぷり付けて食べるのが一番。

この場を借りて厚く御礼申し上げる。

村によって違いはあるが、賀祝はトシイワイ(年祝い)とか、賀寿、算賀の名で呼ぶ地域もある。

私が聞いている地域でのトシイワイは厄年の人だけでなく、還暦、米寿の祝いが多く見られる。

祝いの場は3時間。

終わりの〆の挨拶も自治会長と聞く。

しばらく滞在させてもらった公民館は10月第二日曜日に行われるマツリの会場にも利用される。

かつてはトーヤ家で宴をしていたが、費用負担などを避けるため公民館施設の備品を使えるようにしたそうだ。

村の行事にトーヤ制度がある村は場を公民館に移す地域が増えつつある。

それはそれでいいのだが、神社へのお渡りも公民館から出発する。

神社からそれほど離れていないから、あっという間に到着するのも難点であるが、遠く離れたお家から急坂な道を往来するのもたいへんである。

少しでも負担を軽減する。

そういうことである。

村のマツリは午後12時半に餅搗きをする。

千本杵で搗く餅搗きである。

黄な粉塗したキナコモチに醤油と味噌で包んだモチもあるそうだ。

搗きあがる時間帯は午後1時ころ。

搗きたてのキナコモチや醤油味噌モチを村の人たちがよばれる。

しかも、だ。松茸飯も炊くし、豚汁も。

これらもよばれて八阪神社へ向かうお渡りは午後2時に出発する。

短い距離になったが、トーヤのお渡りである。

また、その日は神事を終えてもまだマツリの続きのようなシシ肉焼きパーテイをしているという。

神社ごとの祭典を片づけた後宴のシシ肉喰い。

食べきれんくらいに村人をもてなす村行事。

余ったシシ肉は持ち帰ってもらう。

自治会長や祈年祭の際にお世話になった人たちから、「是非とも、来てや」、と云われたが、お腹はパンクしないだろうか、といらん心配をしてしまった。

興隆寺町の小正月のトンド焼きは成人の日。

午前7時の火点け。書初めの習字焼きをして天に飛ばす天筆(てんぴつ)の習俗もしている。

トンドの火で焼く餅は三ツ割の竹に挿して焼いている、というから、これらも拝見したくなった。

(H29. 3. 5 EOS40D撮影)