荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『ザ・オーディエンス』 ナショナル・シアター・ライヴ2014 @TOHOシネマズ日本橋

2014-07-02 03:53:35 | 演劇
 近年シネコンでは必ずしも映画作品だけでなく、ポール・マッカートニーやローリング・ストーンズ、ビリー・ジョエル、サイモン&ガーファンクルといったビッグ・アーティストのコンサート・ムービーや、パリ・オペラ座の歌劇とバレエの公演映像が上映されるケースが増えている。かつて私の子ども時代には「フィルム・コンサート」というものがあって、来日を望めそうもない海外ミュージシャンのライヴ映像が公民館などで上映された。中学時代、四谷の公民館でフレッド・フリス(元ヘンリー・カウ)のフィルム・コンサートを見たし、新宿5丁目の黙壺子アーカイブでレッド・ツェッペリン『狂熱のライヴ』なんかを見たのもその流れである。
 1980~90年代のバブル時代前後は、日本の好景気、国際的地位の向上と共に、ピーター・ブルックのような高名な演出家とロマーヌ・ボーランジェをはじめとする豪華キャストがホテル西洋銀座に長期滞在して、銀座セゾン劇場で来日公演を打ったりした贅沢な時代もあった(当時、友人が銀座の「つばめグリル」でブルックとボーランジェが昼ご飯を食べているのを目撃したりしている)。現代でもミュージカルの分野ではブロードウェイの引っ越し公演がおこなわれたり、オペラやダンスの分野ではパリやヴッパータールからの来日もないことはない。しかし、ことストレート・プレイ(ミュージカルではない普通の演劇)における海外アーティストの来日公演となると、日本の国際的地位の低下とともに激減し、いや激減というよりほぼ皆無に等しくなった。首都・東京でさえも1年に何件もない海外演劇の来日公演を、私自身なるべく見逃さないように努めているが、しょせん雀の涙である。

 TOHOシネマズのチェーンが今年シリーズで開催中の《ナショナル・シアター・ライヴ2014》は、イギリス演劇の最高峰ロイヤル・ナショナル・シアター(ロンドン サウス・バンク)の舞台上演を、ハイビジョンの高画質で英国外の観客に見せようという企画である。そして現在上映されているのは、エリザベス女王と歴代12人の首相たちの「謁見(The audience)」を風刺的に描いた喜劇『ザ・オーディエンス』である。戯曲を書いたのはピーター・モーガンで、この人は映画界でもスティーヴン・フリアーズの『クィーン』(2007)で同種の題材を手がけたほか、ロン・ハワードの『フロスト×ニクソン』『ラッシュ プライドと友情』、クリント・イーストウッド『ヒア アフター』のシナリオも担当している。演出は『リトル・ダンサー』『めぐりあう時間たち』の監督スティーヴン・ダルトリー。主役のエリザベス2世を演じるのは、『クィーン』でも同役を演じたヘレン・ミレン。女王と歴代12人の首相たちの謁見で交わされる会話は、まさに良質そのものと言っていい喜劇に仕上がっている。ロイヤル・ナショナル・シアターの観客のヴィヴィッドなリアクションともども、伝統あるイギリス演劇の魅力をこの目で知る機会となる。
 海外演劇の日本語字幕付きシネコン上映の波は、もっと広がってもいいのではないか。ロイヤル・ナショナル・シアターのような最高峰のもの以外にも、私たちが旅行しなければ見ることのできない素晴らしい演劇は、もっとマイナーなものもふくめ、世界中にごろごろしているのだから。


《ナショナル・シアター・ライヴ2014》シリーズはTOHOシネマズ日本橋ほかで巡回開催
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