荻野洋一 映画等覚書ブログ

http://blog.goo.ne.jp/oginoyoichi

『青べか物語』 川島雄三

2014-09-21 10:12:37 | 映画
 いま神保町シアター(東京・神田神保町)で催されている特集〈作曲家・池野成(いけの・せい)の仕事〉は素晴らしい企画である。没後10年にあたる今年に、こうしてちゃんと特集が組まれることに拍手を送りたい。池野成の師匠である伊福部昭(いふくべ・あきら)については、今年が生誕100周年にあたるため、数多くの関連本が出版されて賑やかであるが、池野成という作曲家の日本映画に対する貢献度は、山本薩夫、吉村公三郎、鈴木英夫、川島雄三など300本近いフィルモグラフィを有し、師匠の伊福部に決して劣るものではないのである(伊福部とて『ゴジラ』の文脈で語られすぎのきらいがあるが)。
 今特集上映は『その場所に女ありて』と『非情都市』という、映画ファン必見の2本の鈴木英夫作品がクライマックスを形成しているのは間違いないものの、『青べか物語』(1962)の蕭々たる風情をたたえたギターのアルペジオを聴きたくなって、神保町シアターにおのずと足が向いてしまう、というのは致し方のないことである。
 森繁久彌、フランキー堺、池内淳子、桂小金治、山茶花究といった東宝の社長シリーズ常連が川島組にスライドし、そのシニックなユーモアにはまり込んでいる。森繁はいつもの鬱陶しいまでのケレン味がぐっと抑えられて、原作者・山本周五郎の分身を恥じらいと共にみごとに演じている。そして、1960年代前半(昭和30年代)は一漁村に過ぎなかった千葉県浦安の今は完全に失われた漁村風景がよりいっそう、諸行無常の念を呼び起こす(劇中、浦安のことを「浦粕(うらかす)」と呼ぶシニスムもいい)。左卜全の演じる連絡船船長が森繁相手につぶやく初恋相手(桜井浩子)との悲恋のくだりには、なんとも悄然とさせられる。左卜全の全フィルモグラフィにおいて、森繁の前で警笛をピューと鳴らす瞬間は、キャリア上最高の瞬間ではないだろうか。


〈作曲家・池野成の仕事〉は神保町シアター(東京・神田神保町)にて9/26(金)まで
http://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/