荻野洋一 映画等覚書ブログ

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『舞妓はレディ』 周防正行

2014-09-24 12:21:47 | 映画
 このところシリアスな作品が続いた周防正行としては、1996年の『Shall we ダンス?』以来じつに18年ぶりとなる娯楽作である。下敷きとなった『マイ・フェア・レディ』(1964)は、ロンドンの下町英語(コックニー・イングリッシュ)しかしゃべれない花売り娘(オードリー・ヘプバーン)の発音を、言語学者(レックス・ハリソン)が上流階級の英語(クイーンズ・イングリッシュ)に矯正する物語であった。ジョージ・キューカーのカラフルな映画世界への憧憬の表明といえる。そして、今作では鹿児島弁と青森弁のハイブリッドという、日本列島を縦断するなんとも荒唐無稽な訛りを発明して、昨年ブームとなったNHKドラマ『あまちゃん』の訛るアイドル像(三陸訛りや琉球語 [ウチナーグチ]など )の競演に目配せしているだろう。
 しかし、ナンセンスなアナグラムで塗り込めていくというのは、周防作品としてはごく最初期からの得意技であった。古くは『シコふんじゃった。』(1991)において「教立大学」の相撲部という、監督自身の母校たる立教大学の一文字のみの転倒によって現実世界からの手品のような離脱へとスイッチを入れつつ、「本日医科大学(ほんじついかだいがく)」などという人を喰った語呂合わせ、さらにはジャン・コクトー来日時の大相撲についてのエッセーをからめて、ナンセンス・コメディの学究的アプローチを推進していた。『舞妓はレディ』の「レディ」とは「Lady」であるだけでなく、「L」と「R」の発音差を有しない日本語の特性によって「Ready」つまり「舞妓はまだ仕込み中」をも意味づけているはずである。
 今作の舞台となる京都の花街(かがい)の「下八軒(しもはちけん)」もまた、北野天満宮(京都・上京区 別名「下八社」)そばの実在の花街「上七軒(かみしちけん)」のアナグラムである。上七軒といえば、J.O.(ゼーオー)から東宝京都に亘って活躍した戦前の名匠・石田民三が戦後に46歳の若さで監督業を廃業し、お茶屋の旦那に収まった場所である。
 したがって本作はジョージ・キューカーによるミュージカル・コメディないしはバーナード・ショーの戯曲の翻案となっているだけでなく、戦後、下火だった上七軒のすべての芸妓と舞妓を集め、祇園甲部の「都をどり」に対抗して始められた「北野をどり」の創始者である石田民三へのオマージュともなっているのである。このような何層にも折り重なる演出の意図をこそ感受すべきハイブラウな作品であろう。お茶屋遊びの仕上げとしての「雑魚寝」、そして本作のクライマックスとしての「見世出し」など、周防ならではの題材研究が念入りになされていることが察せられる。埼玉県川口市のSKIPシティに建てこみされたオープンセットの配置ぶりもじつに素晴らしい。

P.S.
サウンドトラック盤の13曲目、主人公・春子役の上白石萌音とバイト舞妓の役の松井珠理奈(SKE48)、武藤十夢(AKB48)トリオによる和風ラップ『きついっしょ』は映画未使用の楽曲だが、なかなかの名曲である。


TOHOシネマズ有楽座(東京・ニュートーキョー)ほか全国東宝系で上映中
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