★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

最早や人々は空を見飽きた

2014-10-31 16:08:25 | 文学


雨は降り続いた。併し、ヘルモン山上のガルタンの市民は、誰もが何日太陽を眺め得るであらうかと云ふ予想は勿論、何日から此の雨が降り始めたか、それすら今は完全に思ひ出すことも出来なくなつた。人々の胃には水が溜つた。さうして、婦女達の乳房はだんだん青く脹らみ、赤子や子供は水を飲まされた怒りのために母親の乳首を噛んだ。
 最早や人々は空を見飽きた。高窓から首を差し出して空を仰いでゐるのを見ると、通行人は腹立たしさに歩道の上で嘲弄した。
「ああ、高窓からガルタンの太陽が現れた。」

――横光利一「碑文」

姦通と侵略

2014-10-25 18:35:24 | 文学
君かへす
朝の敷道さくさくと
雪よ林檎の香のごとく降れ

今日、教育テレビで、穂村弘氏が短歌ファーラムの司会をやっているのをみた。東直子氏と恋の歌の変遷ついてもしゃべっていたが、そのなかでやはり圧倒的だったのが、北原白秋の姦通歌。牧水の

ああ接吻
海そのままに日は行かず
鳥翔ひながら
死せ果てよいま

もよいが、接吻と死、という何か中学生的なものを感じなくはないから、白秋の犯罪的なものには負けるというものだ。

別の意味で、犯罪的なものが強い例もある。

http://www.sankei.com/life/news/141025/lif1410250016-n1.htmlで、教科書に載った池澤夏樹の文章が批判されていた。わたくしは読んだことがないのだが、「桃太郎」が侵略者として解釈されているそうである。(果たしてそうかという感じもするが、本文を読んでないので何ともいえん)で、

「おそらく伝統的な日本人なら誰もが唖然とするであろう一方的な思想と見解が、公教育で用いる教科書の検定を堂々と通過して、子供たちの元に届けられた、という事実に私は驚きを隠せない。

 例えばこの単元を用いて、偏向した考えを持つ教師が「日本人の心性とは、どのようなものであると筆者は指摘しているか。漢字4字で書きなさい」などという問題を作成したら一体どうなるか。生徒たちは「侵略思想」と答えるしかないだろう。

 歴史を超えて語り継いできたお伽噺が侵略思想の権化としてすり替わり、子供たちを巻き込んで展開されていくことなど公教育の現場ではあってはならないことだ。」


あまりに頭が×そうな文章だったので、つい習性で線をひいてしまったが……以上のようなことを義×という人間が書いて居るぞ。××に説明してもしょうがないが……この人は、「桃太郎」の歴史的変遷も知らずに教育を語っている。強盗まがいのおもしろ桃太郎を、(自覚なき)「侵略者」として解釈し直したのは、むしろ明治以来の公教育なのではなかろうか。芥川龍之介は、それをちょっと大げさに書いているだけであり、たぶん池澤夏樹だってそうなのである。この御仁は、福澤諭吉が桃太郎を盗人野郎として批判しているのも知るまい。いっそ、昔に戻すというなら、桃太郎が鬼と一緒に女を買いに行くバージョンに戻すか。おじいさんおばあさんのために鬼ヶ島に成敗しに行って財宝を持って帰ってくる、これを侵略というのである。芥川龍之介は、親切に、例えば、猿をレイプ魔じみた獣にしたててしまったが、そんな書き方はむしろ問題から逃避していると言えなくはないのだ。にこにこ顔の孝行息子の桃太郎が人殺し野郎であったことが問題なのである。そういえば、桃太郎は追い詰められたマイノリティの反逆だという説もあった気がするが、本当に追い詰められた人間が桃太郎のような話を作るのかわたくしは懐疑的である。

……こういう新聞記事のあきれ果てる体たらくをみるにつけ、つくづく文学は、早期教育が必要だと思わざるを得ない。わたくしの業界でもそうであるが、小中学校から学校の勉強サボって文学書を読みふけったタイプにはかなわないところがあるのである。

「日本人の心性とは、どのようなものであると筆者は指摘しているか。漢字4字で書きなさい」

こんなクズみたいな問題を国語教師が出すか?そして「侵略思想」と答える奴なんかいるか?確かにいる。この記事レベルの頭脳の人間である。

接吻は死語だった

2014-10-24 22:52:17 | 日記


新聞に「人生相談の今昔」みたいな記事があって、戦後「セップンしてしまいました」とか「性的交渉を持ってしまいました」とかの相談が増えたとか何とか書いてあったが、細君によれば、もう「接吻」は死語だそうである。

わたくしは職業柄、「接吻」か「口吸い」が普通だと思っていたのであるが、世の中変わるものである。

呪!80万アクセス

2014-10-24 15:59:14 | 日記


そういえば「ツイン・ピークス」が2016年にまたつくられるそうである。わたくしも田舎もんであるから、森とか山に対する恐怖はわかる。それが非常にキリスト教的に内面化してしまうとどうなるか、という話として受け取った覚えがあるが、そもそもどういう筋だったか忘れた。なんか「Xファイル」の記憶と混じっている気がするし……

http://www.youtube.com/watch?v=nNHsA4WIFvc


確かに不在の主人公であるローラが「25年後に会いましょう」と言っていたのであった。我が国の実在感希薄な英霊たちと違って何という迫力であろう。なんだか知らんが、期待大である。


壁丼

2014-10-23 16:46:27 | 食べ物
http://www.asahi.com/articles/ASGBP4S5SGBPUTIL01X.html?iref=comtop_6_02

いま壁ドンというのが流行っているそうであるが、これを現実にやったら、確実に肉食系セクハラパワハラ非モテコミュ障のレッテルをはられ社会から葬り去られるであろうから男子は気をつけた方がよい。

わたくしなど、壁に手をつく前に相手におなかが当たってしまうだろうし、女子の方が背が高いから下手すると、壁ドンではなく、顔面ドンとか、肩ロース丼とかになってしまう可能性が高い。

また、わたくしの人生の法則からして、うまく壁に手をついたと思ったら暖簾だったとか、警報器を押してしまったとか、絶対そういうことになる。

先日、授業で、「学生が貧乏になったので恋愛する暇がなくて草食系が増えた」説について検討してみたが、世間のくだらない心配をよそに、学生たちはわたくしの昔と一緒で過剰に恋愛におぼれもせず、お金の使い方もまあ普通であり、特に特徴は見つからない。壁ドンで顰蹙を買いそうなやつはいないとみた。

私流の壁ドン


ひねもす、空で鳴るのは

2014-10-22 23:29:22 | 文学


菜の花畑で眠つてゐるのは……
菜の花畑で吹かれてゐるのは……
赤ン坊ではないでせうか?

いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑に眠つてゐるのは、赤ン坊ですけど

走つてゆくのは、自転車々々々
向ふの道を、走つてゆくのは
薄桃色の、風を切つて……

薄桃色の、風を切つて
走つてゆくのは菜の花畑や空の白雲
――赤ン坊を畑に置いて

――中原中也「春と赤ン坊」

うちわとかね

2014-10-21 12:45:17 | 日記


「金だけに興味がある」といって批判するだけでは足りない。彼らの目標は思想統一だからである。だから、かかる連中を利用して出世を目論む場合、阿諛だけでは足りないことを理解しなければならなかったはずである。二人の大臣が辞めるのをみてそんなことを思った。

しかし、そんな生ぬるい「政治」はいやだと思う場合も問題だ。大阪市長とザイトク会の殴り合い寸前の罵りあいが映像で流れていたが、彼らの暴力への欲望も一部だけ理解できるというものである、安寧秩序より正義だというわけだ……。確かに、彼らがやっているのは、面子の問題――自分が自由に振る舞える範囲の拡大、つまりヤンキーの喧嘩のようなものであって、(彼ら自身が言っているように)「政治」ではない。

という風に傍観していたら、だいたい似たり寄ったりの人間が仲良く茶番劇をやっていたのだった、というのが歴史の教訓である。だいたいヤンキーまんがの最終局面は、旧友の対決ではなかろうか……