葎生ひて荒れたる宿のうれたきはかりにも鬼のすだくなりけり
長岡に住んでいた男が田を刈ろうと用意をさせていると女たちが「これは風流ですわね」と上がりこんできてしまった。慌てて家の奥へと逃げる男。女たちが、酷い家ね荒れすぎて主人もいないわ、と詠んだので対抗して詠んだのが上である。
確かに、鬼のような女たちというのはいるものである。
純潔なるものはそんなチャチなものじゃない。魂に属するものです。私は思うに日本の女房てえものは処女の純潔なる誤れる思想によって生みなされた妖怪的性格なんだなア。もう純潔がないのだから、これ実に妖怪にして悪鬼です。金銭の奴隷にして子育ての虫なんだな。からだなんざアどうだって、亭主の五人十人取りかえたって、純潔てえものを魂に持ってなきゃア、ダメですよ。
――坂口安吾「青鬼の褌を洗う女」
思うに、坂口安吾は常に何かの後の静けさに心を留めている。しかしわれわれが相手にしているのは、どかどかと部屋に上がりこんでくる女の集団であって、不良少年たちが女はいつも個人だと言い張ろうとも、女が個人であることなどほとんどない。男も同じである。