オークランド通信

のんびりしたお国柄が気に入りニュージーランド在住27年。仕事、子育て、生活全版にわたって語ります。

その122 おっぱいおっぱい 17-03-15

2015-04-09 09:23:05 | 第121-130回

122号    17-03-15

             おっぱいおっぱい



我が家は最近ベビーブームです。

去年10月に息子の長男K君が産まれました。
先月は、娘が次男N君を出産しました。

この二人は4ヶ月違いで、大きくなったらいい遊び相手になると思います。
娘の長男は7歳で、我が家の孫は男の子ばかり3人です。

病院のこと、ミッドワイフのことなど、いろいろ思うことはあるのですが、
今回はミルクに絞って書いてみたいと思います。


まずK君。
10月に35週、2、15Kgで産まれました。
プレミー(premature baby)で最初2日間は保育器に入ってました。
早産のため、お嫁さんのおっぱいもまだ十分にでてきてないし、
吸う力もないので、チューブを鼻から入れてミルクをやってました。
この子は泣かないし、よく寝て、世話のしやすい赤ちゃんと思ってました。
それは実は、小さいため、おっぱいを吸う力が十分備わってなくて、吸って
いても、すぐに寝こけてしまうのです。

この時期の赤ちゃん、ミルクだけで生きてるし、3時間おきにミルクを
与えなければなりません。
普通に生まれたら赤ちゃんだったら、on demandで欲しがる時に授乳
すればいいのよ、とか言ってられるけど、未熟児にとってはミルクを飲む
かどうかは死活問題です。

お嫁さんが、でるだけ母乳を与えて、その後、直径5ミリくらいの細い
チューブでミルクを直接、K君の鼻から胃に入れます。
赤ちゃんの口より高い位置にチューブ付きのミルク入り注射器を持ちます。
一人は赤ちゃんを抱いていないといけないし、絶対2人いないとできません。
このやり方で、少しずつですが、体重が増えてきました。

しかし、チューブでミルクを足してる(top up) うちは、家に帰して
もらえません。
出産前から3週間も入院してるお嫁さんも疲れが出てきました。
初めての育児もあるけど、病院での生活はひっきりなしに病室に人が入って
くるし、休まる間がありません。
やっと寝れたと思ったら、同室のお母さんの赤ちゃんが泣き出したりします。

そんなある日、ボトル(哺乳瓶)を試してみたらということになりました。
そしたらK君はすぐうまく吸えて、やっと家に帰れるようになりました。
退院したのは、2、8Kgの時だったと思います。

ここでは母乳を優先させているので、チューブは使っても、ボトルは、
最終手段です。
ボトルから飲むのは赤ちゃんには楽ですが、おっぱい吸う努力をしなくなるし、
初乳は栄養価も高いため、病院では母乳優先という方針のようです。

家に帰ってきて、自分のベッドで寝て、リラックスすると、お嫁さんのおっぱい
もだんだんでるようになってきました。

最初2ヶ月は、私が朝5時におきてK君にミルクをあげました。
一回授乳をスキップすれば、お嫁さんは6時間続けて寝ることができます。
お嫁さんの家族はアメリカにいて、彼女はここには私たち以外身寄りがないので、
私にできるだけのことをしてあげよう、と思いました。

K君は、5ヶ月になり、今週から離乳食をスタートしました。
体重も6kgとなり、標準児に追いついてきました。
家族とよそのの人の区別がつくようになり、息子(おとうさん)が帰って
くると、手足をばたばたさせて、だっこをねだります。



娘の次男N君は、帝王切開で産まれました。
2時に手術が始まって、30分後に産まれました。
陣痛から出産までの時間、普通分娩に比べると、あっけないくらい簡単でした。
3050gで、アジア人の赤ちゃんとしては標準サイズです。
手術後、リカバリールームで、N君はおっぱいを吸い始めました。

娘は第一子の時は母乳を与えなかったので、授乳は初体験です。

やはり最初の2、3日はおっぱいの出が良くなくて、N君の体重は1割ほど減って
しまいました。
母乳とTop upのミルクでも充分でなかったようで、ちょっと脱水状態になり、
おしっこが24時間出ませんでした。
赤ちゃんによっては、うんちは1日以上でないことはあるけど、おしっこが長時間
でないのは危険です。
それでTop upを40ccに増やし、3時間ごとに与える事にしました。
おっぱい吸ってる時に細い管を口元の差し込み、おっぱいと錯覚させるように
して与えます。
もっとやりやすかったのは、人差し指を赤ちゃんに吸わせながら、チューブでミルク
を与える方法です。

娘は、出産から5日目に退院しました。
家に帰ってからは、母乳とボトル両方与えてます。


うちの孫達は、おばあちゃんが3人いるわけですが、なんと授乳の経験があるのは、
私だけでした。
たぶん30年位前は、ミルクのほうが母乳より栄養価があると思われていたようです。
現在のニュージーランドは、まず母乳で、やむをえない場合はミルク(Formula)
というのが主流です。

そうはいってもDay care(保育所)に行くようになったら、ほとんどボトル(ミルク)
になるんですけれどね。
お嫁さんは、職場復帰、K君が保育所に行くまで、なるべくたくさん母乳を与えられるよう
努力しているようです。
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その121 猫の老人ホーム 13-02-15

2015-04-09 09:15:54 | 第121-130回


121号       13-02-15

猫の老人ホーム

我が家には、SPCAから養子にした2歳のナミちゃんと、推定18歳の先輩と
いう猫がいます。

先輩は16年前に我が家がここに家を建てた時から、この辺をうろついてま
した。
その頃飼っていた雄猫のタマが先輩を慕っていたので、タマの先輩という
ことで先輩と名ずけました。
そのタマも、2年と3ヶ月前に突然死してしまいました。

5年くらい前、先輩は病気でレモンの木の下にうずくまっていました。
いつも私が近づくとこそこそ逃げるのに、その力もないのか動きません。
近くに水とキャットフードを置いておくと、食べるようになりました。
それからは、私を見るとご飯をねだるようになりました。

たぶん先輩は、どっかの飼い猫だったと思うけど、夜になってもどこにもいかず、
うちのそばに居着くようになりました。
かわいそがった主人が、、勝手口の横に猫小屋を作ってやりました。
雨よけにブルーシートをかけたので、まるで乞食ハウスです。
冬は吹きっさらしで寒いけど、先輩はマイホームがもてて嬉しそうでした。

ある冬の日、先輩は腎臓かどっかの病気らしく、ほとんど動かなくなりました。
それでもご飯の時は、顔をあげて食べてました。
もうこれで先輩ダメかなと思ったのですが、春めいて暖かくなったせいもあり
回復しました。
タマが残した抗生物質があったのを飲ませたのが、効いたのかもしれません。
若い時のケンカ傷で耳がギザギザになってます。
猫闘争にも打ち勝ち、生き延びてきた先輩はきっと丈夫な、猫なのでしょう。

充分に回復したある日、先輩をブラッシンクしてやりました。
毛が固まってこべこべのハンバークのようにへばりついていたのを、ハサミ
で切ってやりました。
毛が長いのに、歳のせいが毛繕いもしないから、あちこち汚れ放題でした。

これまで先輩は外猫でした。
ところが、去年の5月私が日本から帰ってくると、なんと先輩がリビングのソファ
に寝てたんです。
留守番してた息子に問いただすと、キャットドアの使い方を教えてやったそう
です。
どうしてと尋ねると、
だって寒くでかわいそうでしょ、と息子に言われました。
おまけに洗ってやったそうで、茶色の水が何回ゆすいでもでたよ、と言って
ました。

今も先輩は当然のように、先輩専用の椅子の清潔なタオルの上で眠ってます。

去年の12月、先輩は又病気になりました。
よだれがタラタラでて、足元もふらついてました。
これを放っておくのはかわいそうだな、と思い獣医さんに連れて行きました。
獣医さんいわく、
歯槽膿漏で歯茎が痛んでるから、歯を全部抜かないとだめですね。
あとたぶん腎臓が腫れてると思うけど、血液検査とレントゲンとらないと
治療方法がわかりませんね。
私、
それっていくらくらいかかるんですか?
獣医さん、
検査は$500、抜歯は$300くらいですね。
私、
先輩はうちの猫でもないし、最低の治療だけお願いします。
食べるにだけが楽しみなので、歯は抜かないで下さい。

ということで、週一回先輩を注射に連れて行ってます。
いつ死んでもおかしくないよな、と思っていたのに、薬が効いたのか
最近元気になりました。
獣医さんでついでに、黒猫のまいごの届けはでてないか、マイクロチップ
がはいっていないか調べてもらいました。
どっちもなしでした。
これで先輩は、正式に我が家の猫になりました。
推定18歳、人間でいうと90歳くらいですかね。


歳とった先輩は、だれにも優しいです。
ナミちゃんもおじいちゃんのように慕ってます。


ここで1月の配信が抜けたことを、お詫び致します。
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