フェンネル氏の奇妙な生活

気付いた世界の中の小さな出来事と水彩画と時たま油絵と思いついたことを爺さんが一人語りいたします。

8月も終わり

2008-08-31 01:34:38 | Weblog

ずっと昔の夏のように夜が涼しい。8月も終わりとなれば、昔は、こんなんだったよね。サマーセーターなんか着て。今では、死語に近いけど。春先にチョコっと着れるかなぐらいだけど。昔の夏には、サマーセーターを着てましたよ。綿の糸でざっくり編んだ奴とか、細番手のものとか、わりと快適で、Tシャツよりは、おしゃれな感じでしたね。それに、サマージャケット、 コットンジャケットのことだけど中には、サマーウールでできたしっかりしたものもありました。こんなのが着れるのが普通の夏だったんですよ。ここは、暖かい地方だとされるところだけど、ここで、そんなフウに過ごしてたわけでして、今と違って、半パンなんかではなく、コットンパンツにスニーカーでした。たまに、デッキシューズもありましたが、つっかけ、草履はなかったですね。そのぶん、人がしっかりしてたような気がします。このまま、秋が始まればいいのにな。

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覚えておいて

2008-08-30 01:44:35 | Weblog
外は、雨。強くはないけど外は雨。疲れているんだろうかun the au laiなんか飲みながらこんな詩を読んでいたくなった。それは、その人のことよくは知らないんだけどどこかの展覧会へ出かけたときふと目にとまって自分のノートに書き写してきたもの。
川滝かおり小詩集「おぼえておいて」という詩だった。
おぼえておいて
バス停から歩いて帰る
夜は遅く
とばす車のしぶきがレインコートにかかる
強く降る雨のなか 家への道を急ぐ私

曲がり角まできて
ふと、あなたの姿に気づく
ああ、とてもいい光景

傘をたたんで
あなたの大きなかさにすべりこむ
あなたの手にかるくふれて

覚えておこうこの瞬間
目に焼き付けておこう
雨の中に立っていたあなたの姿

おぼえておいて後で思い出そう
あなたを好きなわたしの気持・・・

殺伐とした事件が多いからかな いやされるなこの光景。女の人って、日常を切り取ってマザーシップに乗せてくるからふと疲れた心の隙間に入ってくるんだ。雨の夜は、いいんだよね、このタイプ。こんなとき、いつもノーと持って歩いてて良かったと思う。出会いは、突然やってくるから。
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小さな可能性

2008-08-29 01:42:14 | Weblog
アフガンで日本人が殺されました。何の武器も持たない善良な男でした。それどころか、アフガンの民が飢えないようにと砂漠に緑を植えていた男でした。現地の子に好かれて一緒に畑を作ろうとしてた男でした。殺したのは、タリバンという愚かな集団でした。外国が力を貸すからアフガンが自分達のものにならないというのが理由だそうです。彼らの目論見は、妄執にすぎない。言わば、狂気の発想です。その彼らに武器を与えているのは誰だ?その彼らに金を与えているのは誰だ?ここら辺りから解明していかないとこの問題は解決できないし、また、第2、第3の犠牲者が増えるだろう。殺された伊藤さんは、ほんの小さな可能性にかけて大きな夢をアフガンの将来に捧げていたのに、無残に踏みにじられた結果となった。日本にいたら、この環境が、危険かどうか判断できることが多いだろうが、情報の少ない現地では、気をつけようがないのが現実だろう。日本にも来たアフガンの大統領は何してたんだろう。こんなときこそ、タリバンを一掃できるチャンスなのに。彼らの戦術は、憎しみを高めるだけで何ら効果がないと思うけど、それこそ小さな可能性も自らの手で葬ったのだ。アフガンに散った伊藤さんに合掌。
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言葉(倭人語)

2008-08-28 10:12:44 | Weblog
卑弥呼が使っていた言葉は、日本語?という本があって「倭人語」というのだそうだが、言葉は民族の根幹だから日本人が日本語を失うときに日本人でなくなるというのは誰が言ったか知らないけれど本質をついた言葉だと思う。かつて、サンフランス講和条約締結のさい時の首相 吉田茂がアメリカ人にわかり易いように英語で演説をしようとしたところ英語が堪能な白州次郎が「日本語でやるべきだ、それが、日本民族の誇りだからだ」といって日本語でスピーチさせた話は有名だ。かつて卑弥呼の時代から500年経ってできた万葉集の解読が朝鮮語でできるような本がベストセラーとなって言語に対する歴史ロマンがひろがったものだが「万葉集は、朝鮮語では解明できない」という反論の本は、ベストセラーにならなかったから読んでないけれど、日本語は、流動的だから、大陸的な発想の原語では、解明には無理があるだろうと推察していたので後の反論の本のほうが正解なのだろう。言葉が、民族というのなら多民族の結集に言語は変化させないものだ。だから英語は、あまり、変化なく進んできている。日本語は、単一民族の特質か、侵略征服されたことがない歴史からか自分を取ってみても祖母が使っていた日本語と少し違うものを使っているし、親とも違う日本語を取り混ぜて使っている。ましてや、卑弥呼の時代となれば、どんだけ変化してきたことやら。それでも、外国語よりは、理解できるのだろうけど、音も意味もちがうだろう。でも、日本語だ。平仮名が平安時代といわれているからそれまでは、漢字表記だったのか。面白いことに奈良時代に使われていた日本語は、おおーとか いいーとか語尾をのばして話すのが特徴だったらしいから、先祖がえりというかこのまえまで、女子学生やなんかが話していた「わたしがー」とか言う言い方はまさしく倭人語の流れを汲む者だね。これが、民族の血なのかな。
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Les Aventuriers

2008-08-27 22:37:45 | Weblog
懐かしい映画「冒険者たち」を、昨夜NHK衛星でやっていました。アランドロン リノヴァンチュラ ジョアンナシムカス 目を閉じてもその場面思い出せます。ジョアンナ シムカスが、当時大好きで、ずっとフランス人と思ってましたけどリトアニア系でカナダ ノヴァスコシア ハリファックスの出身ということは彼女が引退してから知りました。なんだ、赤毛のアンじゃないか?と奇妙な縁。ケベック州はカナダでも英語もフランス語も話す州だから彼女がパリへ行って映画デビューしても別に不思議はなかったのですね。この映画の中の彼女、一番輝いているように感じます。今見ても。フィルムノワール調のブランチュ-ルといいましょうか、暗黒映画の2たりを携えたと言う設定がいいですね。ジョゼ ジョヴァンニの男の哀愁の描き方、好きですね。キーパーソンをヴァンチュラに任せてドロンがなかなかいい演技を見せています。マヌー、ローランド、レティシア 忘れられない名前ですね。レティシアの遺品を届けるためにある寒村に立ち寄った二人。不思議なことに、レティシアが死んでからこの物語がぐっと好きになるんです。当時の男のファッションに先ず惹かれるんですが、ダークスーツにトレンチコート 今でもシビレマス。
レティシアの従兄弟の小さな男の子に宝捜しで得た分け前の金を渡した後、この少年と海岸で貝殻拾いをするローランド(ヴァンチュラ)に少年が「もう、貝殻拾いをしなくてもいいんだね」と問い掛けると「好きでやってるんだろうが」と答えるローランド。何気ない台詞にハットしました。つまり、ローランドの仕事に対する姿勢の一言でしたね。当時は、見落としてました。ジョアンナは僕より一回り上だからもう70近いのですか?でも、いつまでも、このままですね、僕らにとっては。僕らは、大変いい映画をたくさん見ている最後の世代かと改めて実感しました。
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美しいもの

2008-08-26 19:46:29 | Weblog
地元の新聞の片隅にだいぶ前に亡くなった中学時代の恩師の日記の抜粋が載っていた。
「あっ うつくしいな」というタイトルで。小学校の運動会で出会ったというかふと目にした光景を鮮やかに切り取って今でも僕らを教唆してくれてるように感じた。「二年生ぐらいの百メートル走で、ある片足の不自由な少女が最後になった。それでも一生懸命に走った。ゴールの間際にやってきた。ところが、彼女の前には、次にスタートした組のための赤いリボンのテープがはられている。彼女は、一瞬速度を緩め、立ち止まる。と、すぐ背後まで追っていた次の組の先頭走者がテープを切る。その少女は、ニコッと笑ってゴールラインをこえた。彼女のニコッと笑った姿を見て(あっ、うつくしいな)と僕は、涙ぐんでしまった」と書かれていた日記です。
今日オリンピックの選手団の解散式で、福田某という監督が、「高い世界のレベルを感じた。中国は、選手団に450億もの金をつぎ込んでいる。それに引き換え日本は40億だ。オリンピックで勝つためにはもっと国によるサポートが大事だ。と話しているのを聞いて僕は、ニコッと笑った少女の話を思い出した。スポーツの感動って、手段を選ばず、勝つことのみで与えられるものではないと思った。いままで、メダルがどうのこうのとマスコミに踊らされていた心に何か爽やかなものを先生が与えてくれた。恩師は、いつまでも恩師なのですね、仰げば尊し、わが師の恩・・・・・ですね。自分も、「あっ、うつくしいな」と感じるものを探して生きていきたいと思いました。
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蚊 異変

2008-08-25 19:46:35 | Weblog
家にいるのは、やぶ蚊とアカイエ蚊。秋口にハマダラ蚊と思ってましたら今年は何と新種の出現です。いつもの蚊のようにふわふわと周りを飛んであわよくば血を吸おうと恥ずかしながらトマルのではなくむしゃぶりつくように遠慮会釈なくどこにでもとまってひたすら血を吸う小さな蚊が出現しました。家の中では、まだ出会っていませんが、犬小屋の近くとか公園で最近見かけるようになりました。黒い羽で、蛾のようにとまり思いっきり血を吸うてとても刺された後が痒いのです。はじめは、蚊ではないのかなと思っていましたが、叩いてみると蚊です。大きさはやぶ蚊を少し横に広げたくらいで、とまっているのを見るとごく小さな蚋かといったところでしょうか。とにかく我が家では初めてです。去年は見たことがなかった。これは、北京から飛んできた外国の蚊ではないかと疑っています。地球温暖化に加え、オリンピック開催中雨が降らないようにと空にロケット弾を打ち上げたりするものだから低気圧の移動の伴って日本に流れてきたのではないか。そう言えば、日本の蚊とちがって、効率主義すぎるから。犬小屋で2個燃やしてる蚊取り線香や2個の液体蚊取りなんかものともせずひたすら刺しにくるのに不気味さを感じる。蚊も国際化となれば、こちらも対策を練らなくてはいけないな。パンプがしょっちゅう網戸をあけるし、オランジュは、毎日網戸をすかしてモーニングとディナーにやってくるから。ウルーもこっそり開けては出たりするから。でも、殺虫剤は、動物を飼っているとおおっぴらには使えないから。悩むよね。
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Bolt

2008-08-24 18:39:05 | Weblog
Thunder Boltまさに不意打ちの衝撃でした。ジャマイカの100mと200m、の世界新アスリート ウサインボルトさんが四川省の震災被害者に500何十万かの寄付をしたという話が今日の新聞に載っていました。驚きましたとともにやはり世界中が気にかけているんだと言うことを改めて知らされました。自国は、被害者に10秒ほどの黙祷も開会式では示さなかったのにとも思いました。今日は、閉会式ですがどのようなセレモニーになるのでしょう。ジャマイカという貧しい国で、靴を買うこともできず、裸足で走った幼年期があるから被害者に自然と慈しみの気持がデルのかな。名誉は勝ち取るけど富は分配する、どこかの各社社会の頂点でのさばってる人に「見習え!」といいたいですね。Boltは、北京オリンピックで衝撃でしたが、それ以上に、北京で衝撃でした。中国の人は、どのような受け止め方をしたのでしょうか?
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recieve the batton

2008-08-23 20:39:32 | Weblog
400mリレー良かったですね。日本人らしいプレーでした。バトンを繋ぐという行為に日本人らしさが見えていました。アメリカ、イギリス他走ることが速い国が次々とバトンミスをして失格になっていく中で、しっかりとバトンを受け継ぎ勝った日本。自分の走りを次に伝えていくという競技に面白さを感じました。個人で走ったら敵わない相手にもバトンを繋いで走ったら勝ってしまうなんて他の競技にはない深さを感じます。確かに、速い国がきれいにバトンを繋いできたら太刀打ちできないのですが、そうは、問屋が卸さないので面白いのです。みんなで、一つのことを成し遂げるというのは、日本人に向いてますからね。第4走者の朝原が試合が終った後のインタビユーで「表彰式が楽しみです」と言った言葉にすべてが表れているように感じました。嫌味ではなく、爽やかにこの言葉が聞こえたのは自分だけではないように思います。塚原、高平には、今後の期待と末続には、朝原のようにアンカーとしての存在を今後アピールしてもらいたいです。目標に向かってエネルギーを爆発させるのですから燃え尽きると思うのですが、ロンドンでも見せてくださいね。バトンを受け継ぐ者として・・・・・。
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irie Bolt

2008-08-22 20:04:29 | Weblog
モンクに珈琲ソフトクリームの話とBoltの200m世界新で優勝の話とごちゃ混ぜで話したらモンクから、そのコヒーは、イリ-Boltと呼ばれているのかと聞いて来た。メールとかは、この手の誤解はよくあるもので苦笑してしまう。どうしても制限があるからごちゃ混ぜで書くとどこからどこまでがどの話でと分からなくなってしまう。ましてや、うるさかったから、By the way というのも省略したから尚の事だ。でも、そのアイデア、悪くはないから、自分達の間だけで「そう呼ぼう」と提案してあげた。それにしても、Bolt選手の200mの記録は、凄いものだそうで自分達にはどれだけ凄いのか実感として分からないが、一所に走ったアメリカの選手が舌を巻いてたから相当凄い記録なんだろう。何でも、100年は、抜かれないだろうという記録を破ったそうだから。まさに、サンダーボルトだね。ジャマイカの新聞のスポーツ欄を見てみるとBoltも載ってたけどヴェロニカ キャンベルの話が載っていて、まだまだ競技を続けるって楽しそうに語っていた。ジャマイカの選手は、屈託がなくノンストレスのように見受けられるからそれが強みなのかな。でも、彼らは、非常に努力することを僕は、モンクから学んでいるから楽しそうに見える彼らの話に重みを感じる。irieとは、パトワ語で「すばらしい」と言う意味。残念なことにジャマイカでは、珈琲を飲む習慣がないそうだから当分は自分達だけがイリ- ボルトをたべることになるだろう。
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