残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《霞飛び①》第二十二回
今は、日々の朝稽古が隔日の通い稽古に形を変えたのだ…と思えば得心もいく。左馬介にとって、たちまちの問題は、幻妙斎が示した“飛び降り技”の克服であった。この教示が霞飛びに続く前段の修行となる…と聞けば、左馬介としては剣の道を究める一段階として絶対に越えねばならないと思えるのだった。幻妙斎の教示は剣筋を向上させ、究める上で的(まと)を得ているのだろう…とは、左馬介にも思えた。しかし、飛び降りの感性は、身体で会得しない限り、いくら考えても無駄なのだ。そこが、今迄とは違った。昨夜は眠気に襲われて、そう深く考えるでなく寝つけた。そして寅の下刻となり、今は卯の下刻である。左馬介は布団から離れると、いつもの所作で動きを進めた。
道場に適当な飛び降りが出来る練習の場がないかと左馬介が見回ったのは、朝餉から暫く経った頃である。鴨下と食後の片付けを終えると、少なからず自由な時が訪れる。それは毎度のことで、鴨下、長谷川とも各自、思い思いに過ごすのが常だった。左馬介は外へ出て、約五尺という高低差がある場を探した。意識して探せば探すほど見つからない。というのも、道場は全体として平坦で、高低差がある場が少なかったからである。それは最初から分かっていることだった。