水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《霞飛び①》第二十九回

2010年06月14日 00時00分00秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《霞飛び①》第二十九
「そりゃ、そうでしょう。代官所から下賜(かし)される金も続いているんでしょ?」
「ああ、それか…。それも有るのよ。だから、入り用より出用で困るくらいなのだ」
「贅沢な悩みじゃありませんか。商人(あきんど)ならば御の字なんでしょうがねえ」
 鴨下と長谷川は顔を見合わせ高らかに笑った。左馬介も、その笑いの輪へ加わった。
 次の朝、いつものように妙義山へ出かけた左馬介が洞窟へ入ると、いつもは灯っている筈の燭台の火が点けられていない。中は全くの暗黒の闇であった。その時、どこからか幻妙斎の声が降り注ぎ、左馬介の両耳へ届いた。
「左馬介…。飛び降りの妙は、この洞窟の今に隠されておる…。儂(わし)の云う意味が今、分かれば、自ずと道は開けようぞ…」
 大きくもなく、そうかといって小さくもなく、しかも何処から聞こえてくるのかさえ分からないのだが、幻妙斎の声であることは疑いようもなかった。左馬介は一端、外へ出て、辺りの樹々に目を凝らした。次の瞬間、左馬介の背後で微かに動く者の気配がした。


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