水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《霞飛び②》第十回

2010年06月25日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《霞飛び②》第十
市之進が跡目を継いだ折りの源五郎は、そんな幼少ではなく、もうすっかり青年だった現実からしても明らかに妙だ。あり得ないのだが、夢だから致し方ない。左馬介の目線で夢は進むのだが、左馬介がそれぞれに話しかけても誰も気づくことなく、まるで左馬介が存在しない幽霊か何ぞのように展開するのである。当然、夢なのだから仕方がないのだが、夢の中の左馬介は依怙地になって喚(わめ)いているのである。自分は、ここにいると訴えるのだが、清志郎、蕗、市之進、源五郎とも、そ知らぬ態なのだ。左馬介は堪らず、源五郎の肩を揺り動かした。指先に感触はあった。ハッ! と驚いた素振りで、それまで気づかなかった源五郎が振り返った。そして訝しげに左馬介を見た。眼と眼が合った。次の瞬間、左馬介は頭から浴びせられる水を感じた。驚いて後方を振り向くと手桶を持った父が立ち、怒った顔で左馬介を見下ろしていた。たぶん何かに怒ってぶっ掛けたのだろう。そこで夢はプッツリと切れ、左馬介は目覚めた。
 両瞼を開けると、空から大粒の雨滴が、左馬介めがけて落ちていた。着物は既に、かなり濡れていた。左馬介は慌てて立ち上がると、急いで道場めがけて走った。雨脚が強まっていた。道場へ入ると、もう雨は本降りに強まって、辺りは雨一色である。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第一回)

2010年06月25日 00時00分00秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                     
    第一回
 いつの間にか沙汰止みとなった時研(時間研究所)の会合だったが、所員証だけは、いつ村越さんからお呼びがかかるかも知れないから、机の引き出しの中へ入れて保管しておいた。村越さんや悟君とも、あれ以来、会ってはいない。私は会社勤めで齷齪(あくせく)しているが、その後、奇妙な出来事は起こらず、安堵(あんど)している一方で、ある意味、気抜けしたような空虚な日々を過ごしていた。事態が一変したのは、そうした日々の続くある一場面からである。
 この日も私は仕事を終え、ようやく解放されたようなゆったりとした気分でデスクの椅子に腰を下ろしていた。同じ課の多くは一人、また一人と自分の仕事に切りをつけると去り、気づけば課内に人っ子一人いず、私一人がぽつねんと居る、といった有様だった。
「なんだ! 塩山さん。まだおられたんですか…」
 課内に突然、入ってきて、声をかけたのはガードマンの禿山さんである。なんだとは、なんだ! と、多少、イラッとしたが、よく考えればそんな時間なんだ…と、腕時計を徐(おもむろ)に眺めて怒りを鎮めた。
   


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