残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《霞飛び①》第二十六回
流れる額(ひたい)の汗を拭きながら二人は何やら話し合っている。玄関から上がった左馬介とは正反対の方向から歩いて近づいてくる。左馬介は半月ほど前に朝稽古は抜ける旨を長谷川に伝えてあった。僅か三人の師範代とはいえ、師範代であることに間違いはない。ただ、蟹谷や井上の時とは異なり、現場人員が極めて減ったという事実は隠しようがなかった。
「おう、左馬介。どうだ、工夫の方は?」
と、長谷川は立ち止まって一応は訊ねたが、滝壺の一件の時のような身の入れようではなかった。
「ええ…まあ、何とか、やっております…」
左馬介としても、未だ工夫の結果が出せていない以上、そう暈して返すしかない。
「ほお、そうか…。まあ、頑張ってくれい」
長谷川も深追いはしない。
「頑張って下さい…」
長谷川の言葉尻に続けるように、鴨下はそうとだけ云った。二人は左馬介とは反対方向へ歩き出した。汗びっしょりなのだから、井戸端で身体を拭くのだろう…とは、過去の経験から左馬介にも推測がつく。俄かに空腹感に苛(さいな)まれた左馬介は、握り飯でも頬張ろうと、堂所を抜けて厨房へと入った。