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水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《霞飛び②》第十四回

2010年06月29日 00時00分01秒 | #小説

         残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          《霞飛び②》第十四
鴨下は、どうも剣士というよりか調理人に向いている風であった。
 鍋の近くには三ツ葉の数本が適度に刻まれて小皿に盛られている。念の入ったことに、その前には更に漆椀が置かれていて、至れり尽くせりに準備されている。こういった気配りは鴨下の生まれ持っての性分なのだろう。それが、外見の風貌とは全く異なっている点で、左馬介を笑わさずにはおかなかった。
 椀に汁を装って三ツ葉を入れ、それを持ってふたたび堂所へと戻る。長谷川の横の席へ座り、椀を置くと鰻重の蓋(ふた)を取る。夏場だから、まだ充分に暖かい。雨勢は少し弱まったようで、薄墨色に染まった空の塩梅も、少し薄まったようである。それでも、まだいつもの雨以上には降っていた。
「どうやら、峠は越えたようですね」
「…そうだな」
 鴨下が廊下の方を見て云い、長谷川が朴訥(ぼくとつ)に答えた。
 夕方には、あれほど降っていた雨が止んだ。いつ止もうと左馬介はよかった。明日からの行方(ゆくえ)が全く見えない左馬介である。新しい剣技を編み出す稽古の方法は勿論だが、何処で如何なる技を…など皆目、定まらないのである。定まらぬと云うより見当がつかないと表現した方が的(まと)を得ているのかも知れない。


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スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第五回)

2010年06月29日 00時00分00秒 | #小説

  あんたはすごい!    水本爽涼
                                                                                                                                                            
    第五回
「ダブルでいいわね?」
「うん…」
「ママ、ダブル…」
 早希ちゃんは注文をママに入れ、ツマミの焼きスルメにマヨネーズを添える。そしてその小皿をカウンターへ置いた。
「仕事じゃないんでしょ? こっちへ来なさいよ」
 椅子に座りながら、早希ちゃんは私をカウンター席へ誘った。会社での接待は必ずと云っていいほど、この店を使わせて貰っていたのだが、いつも座るテーブルは決まっていた。私が他のテーブルへ座っている姿を誰も見た者がないほどの徹底ぶりで、或る種、拘(ごだわ)りの域を超えているようでもあった。店の二人が、そのような私の徹底ぶりを、どの程度、変に思っているか訊いていないので分からないが、私としては別にどこへ座ってもいいのである。しかし、その席がどうも落ち着くのだ。それで自然と無意識に腰を下ろしているという、ただそれだけの話だった。
 私はカウンター席へ移り、椅子へ腰を下ろした。丁度、ママが水割りを作り終えたところで、私が座ると同時にタイミングよくグラスがテーブルへ置かれた。


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