水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユ-モア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  (13)枉神{まがかみ} <再掲>

2022年11月09日 00時00分00秒 | #小説

 一年(ひととせ)が巡り、また一年が通り過ぎた。兵馬は相も変わらずお芳の置屋通いを続けている。この一年で変わったことといえば、女中頭(じょちゅうがしら)のお粂の腰患(こしわずら)いで年若なお里が大抜擢され、俄かに女中頭の代役をすることになった変化である。お里は年の頃なら十八、九のおぼこ娘だったが大層、気走りのする娘で、お粂のお気に入りだった。だが、物事は思いに任せず、お粂の後釜(あとがま)を狙っていたお熊にすれば、面白いはずがない。お熊はすでに三十路を過ぎた古株だった。何かにつけてお里に邪険・・とはいっても嫌味の一つも吐こうか…といった程度だったが、それでもおぼこのお里とすれば奉公し辛(づら)く、思い悩んでいた。
 その日も兵馬が番屋に立ち寄ったあと、屋敷に戻ったときだった。
「ったくっ! お粂さんに見込まれたんだから、もう少ししっかりしてくれないとね…」
 どこからともなくお熊の愚痴が兵馬の耳に届いた。兵馬もお里がお熊に時折り甚振(いたぶ)られていることは知っていたが直接、その事実を知らされたのはこの時が初めてだった。
『お、おいっ! 身内の諍(いさか)いはやめてくれよ…』
 兵馬は心の中で疎(うと)ましく思った。奉行所では内与力の狸穴(まみあな)のご機嫌取りに疲れ果てて帰って来たのだから、せめて屋敷内では気分よくいたかったのである。
「おいっ! 帰ったぞっ!」
「は~ぁ~いっ!」
 お里の若々しい声が間髪入れず兵馬の耳に撥(は)ね返ってきた。お里にすれば、イビるお熊から逃れたかった訳だ。
「お帰りなさいましっ!」
 愛嬌のある元気な声をかけられ、兵馬とすれば気分の悪かろうはずがない。框(かまち)を上がると、刀と脇差を腰から抜き、お里へ手渡した。
「何ぞ、変わったことはなかったか?」
 訊(たず)ねるでなく、兵馬はお里に声をかけた。
「はい、旦那様。今日はこれといって…」
 口が裂けても、お熊さんにイビられました…などとは言えないお里だった。
「そうか…。ほれっ! 蔦屋(つたや)の田楽だ。包んでもらったから、あとで食すがよかろう…」
「有難う御座いますっ!」
 育ち盛りである。お熊にイビられた鬱憤(うっぷん)も、蔦屋の田楽で吹き飛ぶお里であった。お熊は本来、性悪(しょうわる)女ではなかったから、兵馬としてはお里のイビりが少し解せなかった。実はこのとき、得体の知れぬ物の怪(け)がお熊に取り憑(つ)いていたのだが、兵馬はその事実に気づいていなかった。

             続


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

めげないユーモア短編集 (38)ネット注文

2022年11月09日 00時00分00秒 | #小説

 ネット注文をし、数日してその商品が到着したのはいいが、思っていた商品より大きさが違う・・という理由でネット申し込みの中継企業にキャンセル手続きをした魚之目(うおのめ)は、キャンセルの後、ついうっかり勘違いをし、合う大きさの同じ商品を注文してしまった。その夜、商品の出品者から交換方法のメールが入ったから、さあ、大変! 魚之目は、どうしたものか…と思い倦(あぐ)ねた。ともかく、めげずにメール内容に従い、交換手続きをしよう…と眠れない枕元で深ぁ~~く考えた挙句、魚之目は次の日の朝早く、交換商品を梱包(こんぽう)し、郵便局で送料分の切手を買い求めて同封したあと、出品者へ簡易書留便で送り、夜、その旨をメールで出品者に知らせた。すると、次の朝、出品者からまたメールが入り、返品と交換の手続きは違うことが分かった。魚之目としては、すでに交換手続きで出品者へ送ってしまっていたから、どうしようもない。メールの最後を読むと、中継企業には再注文した商品の契約がまだ生きているからキャンセルして下さい。こちらからは出来ません・・との内容だった。キャンセル手続きをすれば、出品者はキャンセル出来るというシステムらしい。魚之目は、めげずに手続きを続けてよかった…と思いながら、再注文をキャンセルし、事なきを得た。
 ネット注文で縺(もつ)れた場合、めげずに落ち着いてコトに処せば、注文は案外、上手(うま)く進行する・・というお話である。コトが縺れても、めげていい加減にしてはダメなんですよ、皆さん! 気長に進めましょう!^^

                   完


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする