兵馬は一瞬、これは聞き覚えがある声だぞ…と思った。
「あなた様は…もしかすると?」
『ホッホッホッ…なかなか冴(さ)えるのう、そなたは。さよう、姉上のお叱(しか)りを頂戴し、天界から追放された須佐之男よっ!』
「哀れなお身の上なのでございますね?」
『ホッホッホッ…こやつ、言いよるわっ、ホッホッホッ…』
「するとやはり、あなた様が人変わりの一件に関わっておられるのでございますか?」
『人変わり? おお、伊豆屋の与之助のことか。それは儂(わし)の仕業(しわざ)ではない。これでも元天界の神じゃぞっ!』
兵馬は自分で神と言うのもいかがなものか…とは思ったが、祟(たた)りを恐れてそうとも言えず、聞き流した。
「あなた様ではないということになりますと?」
『そなたには、以前からいろいろと関わりがある故(ゆえ)、助け舟を出してやろう。それは枉神(まがかみ)の仕業じゃ。…なんとか言っておったのう。そやつの仕業に相違ない』
「そやつ、とは?」
『ナントカ、カントカ申しておったが、…今は思い出せぬ。かなり出来の悪い神であることには相違ない。憑(つ)いて人変わりをさせる悪さをしおる故(ゆえ)にのう』
「お狐様でございますか?」
『いや、そうではない…。これも何かの縁(えにし)。この次、お前の前へ現れるよう、そやつに唾(つば)をつけておいてやろう。直(じか)に訊(たず)ねるがよい。おっ! もうこのような刻限か…』
「時刻までお分かりになるのでございますか?」
『むろんじゃ! 儂はこれでも神じゃぞっ!』
自分を神、神とよく言うお方だ…とは思ったが、枉神とか言う得体の知れないモノには何としても会わねばならない…とまた思い返し、兵馬は言い返さず、ふたたび聞き流した。
「はあ、それはもう十分に分かっております。なんとか、その枉神とかに会えるよう、お取り計らいのほどを…」
『分かった! 後日、ふたたび現れ、会える期日などを伝えよう…』
その後、荘厳な声は消え去り、何もなかったような静けさが戻った。兵馬は頻発(ひんぱつ)する事件ともつかぬ一件の足掛かりを、ようやく掴(つか)んだのである。
続