水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

ユーモア時代小説 月影兵馬事件帖 [スペシャル]  (20)枉神{まがかみ} <再掲>

2022年11月16日 00時00分00秒 | #小説

「ははははは…まあ、そう言うなっ!」
 兵馬は賑(にぎ)やかに呵(わら)い捨て、誤魔化(ごまか)した。
 コトが動き始めたのは、その二日後である。兵馬は奉行所勤めで、その日も内与力の狸穴(まみあな)に小言(こごと)を仰せつけられ、いくらか気疲れしていた。その帰りである。
「旦那っ!」
 奉行所の門を出て間もなく、兵馬を呼び止める者がいる。言わずと知れた喜助だった。
「おう、喜助!」
「ちょいと小耳に挟んだ取って置きの話が…」
 塀伝いの道だから、この辺りでの立ち話は憚(はばか)られた。
「ここではなんだ。三傘屋で蕎麦かうどんを啜(すす)りながら聞こう」
 腹が空いていたこともある。兵馬は喜助に軽くそう言いながら、辺りを見回すと人の気配を窺(うかが)った。
「へいっ!」
 喜助はすぐに天秤棒を担ぐと姿を消した。商いの帰りだから前後に吊るした木桶は軽い。兵馬としては喜助と話している場を奉行所の者に見られたとしても、取り分けて困るということではない。だが、何かにつけて内与力の狸穴(まみあな)にチクられては、痛くもない腹を探られる恐れがあった。兵馬はこれ以上、気疲れしたくなかったのである。
 提灯を灯した赤橙(あかだいだい)が薄暗闇に映えている。冷えも半月前よりは感じられる晩秋が訪れようとしていた。兵馬が三傘屋の暖簾を潜ると先に店へ来ていた喜助の姿が見えた。
「いつやらの話に似ておりますぜ…」
 喜助が天蕎麦をズルズルと啜(すす)りながら兵馬に告げる。
「いつやらと申すと?」
「ほれっ! 妙な出来事が続いた徳利坂の怪でございますよっ!」
「おお! あの折りのな。憶えておる、憶えておるっ! 今の銚子坂だな」
「へい、さようで…」
 徳利坂の怪は、兵馬が出食わした奇怪な出来事の一つであった。 

             続


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めげないユーモア短編集 (45)段取り

2022年11月16日 00時00分00秒 | #小説

 梅雨が明けた、とある朝、吹橋は勢いを増した焼けつくような太陽光線に耐え、めげずに畑作業に没頭(ぼっとう)していた。10時を回った頃で気温はすでに30℃を突破していた。衣類は頭から水を被(かぶ)ったような汗でビショ濡れである。吹橋は、しまった! あと数時間早く作業を始めていれば、暑くなってくる八時過ぎには終わっていたのだ。その日の作業を吹橋は軽く考えていた。小一時間で済むだろう…くらいの発想である。ところが、作業は案に比して大変で、二時間以上を要したのである。
「ちょいと休憩っ!!」
 もうダメだ…と思えた瞬間、吹橋は思わず呟(つぶや)きながら、家の中へと撤収していた。家の中は避暑地のように空調が効いてひんやりしている。地獄と極楽の差だ。吹橋は、なぜ五時過ぎから始めなかったんだろう…と、段取りの悪い自分を責めた。だが、責めてもどうなるものでもない。仕方がない、残った作業を片づけてしまうか…と、汗が引くのを待ちながら吹橋は思った。
 その後、吹橋はようやく残った作業を終え、ふたたびビッショリになった衣類を扇風機で乾かしていた。体熱と扇風機の風で、衣類は10分もしないうちに、すっかり乾いてしまっていた。
「段取りか…」
 吹橋は、完全にめげてしまい、ふたたび溜め息を吐(つ)きながら呟いた。
 めげないためには、先々を熟考(じゅっこう)した段取りが重要・・というお話です。めげやすい高齢者にとって、暑い夏や寒い冬には、特に熟考した段取りが必要なようです。^^

                   完


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