本日8月6日は、二十一代集の最後の『新続古今和歌集』が完成した日で、尼子勝久らが自刃し尼子氏が滅亡した日で、羽柴秀吉が近衛前久の猶子として関白の位に就いた日で、ベルリンのブランデンブルク門が竣工した日で、ランツ2世が「神聖ローマ皇帝」の称号を自ら放棄して神聖ローマ帝国が名実ともに解体した日で、戊辰戦争の官軍側戦死者を祀る神社として東京招魂社(現靖国神社)が創建された日で、オーストリア・ハンガリー帝国がロシア帝国に宣戦布告した日で、セルビアがドイツ帝国に宣戦布告した日で、広島市へ原子爆弾が投下された日で、日本の静止通信衛星「さくら2号b」がN-IIロケット4号機で種子島宇宙センターから打ち上げられた日で、国連安保理がイラクのクウェート侵攻への経済制裁としてイラクに対し国連加盟国が全面禁輸を行うという内容の決議661号を採択した日(経済制裁は昔でいう城攻め・兵糧攻めであってその意味では日本は太平洋戦争後に何度も何度も戦争に参加しているので日本が太平洋戦争後に戦争をおこなっていないというのはおかしいような気がする)で、上海協力機構加盟5か国(中国・ロシア・ウズベキスタン・キルギスタン・タジキスタン)がテロ対策を目的とした合同軍事演習を実施した日です。
本日も倉敷が晴れのち曇りでありました。
最高気温は三十三度。最低気温は二十七度でありました。
明日は予報では倉敷は雨となっております。お出かけの際はお気を付けくださいませ。
ある日の事。
倉敷美観地区の大原美術館の門の下にぼんやり空を仰いでいる一人の愚か者がありました。
愚か者の名は狐といつて元は蝶よ花よと言はれて育つたにもかかわらずぽんこつでぼんくらで怠惰な性のままぼんやりと生きてゐるのです。
哀れなる哉。愚かなる者。狐は呆けた顔でぼんやりと空を仰いでゐたのでございます。
何しろ倉敷美観地区といへば名だたる観光地ですから往來にはまだしつきりなく人や車が通つてゐました。
門一ぱいに当たってゐる油のやうな夕日の光の中に老人のかぶつた帽子や女の金の耳環や男の持つ寫眞機が絶えず流れていく容子はまるで画のやうな美しさです。
しかし狐は相変わらず門の壁に身を凭せてぼんやり空ばかり眺めてゐました。
空にはもう細い月がうらうらと靡いた霞の中にまるで爪の痕かと思ふ程、幽かに白く浮かんでゐるのです。
「日は暮れるしお腹は空くしぼんやりと生きてきて此の儘で佳いのかしらん? というぼんやりとした不安に襲われるし、こんな思ひをして生きてゐる位ならいつそ倉敷川へでも身を投げて死んでしまつて鯉の餌になつた方がましかもしんない」
狐は獨りさつきからそんな阿呆な取りとめもない本気でないことを思ひめぐらしてゐたのです。
すると何処からやつて来たか、突然狐の前へ足を止めた老人があります。
それが夕日の光を浴びて大きな影を門に落とすとぢつと狐の顔を見ながら、「お前は何を考へてゐるのだ」と突然に横柄に狐に言葉をかけました。
「私ですか? 私は理由もなく不安な気分が治まらずほとほと困り果ててどうしたものかと考へてゐるのです」
老人の尋ね方が急でしたから狐はさすがに眼を伏せて思はず正直な答えをしました。
「さうか。それは可哀さうだな」
老人は暫く何事か考へてゐるやうでしたが、やがて往來にさしてゐる夕日の光を指さしながら、「では俺が好い事を一つ教へてやらう。今この夕日の中に立つてお前の影が地に映つたらその頭に当る所を夜中に掘つて見るが好い。きつとお前の不安が治まるものが埋まつてゐる筈だから」
「ほんたうですか」狐は驚いて伏せていた眼を挙げました。
「嘘ぢや。その道は混凝土ぢや。掘れぬわ。ふおふおふおふお。早く家に帰つて飯をたらふく喰いぐつすりすやすや寝るがよい。ふおふおふお」
不思議な事に老人の声はするものの老人は何処に行つたのか周囲にはそれらしい影は見当たりません。
その代わり空の月の色は前よりもなお白くなつて休みない往來の人通りの上にはもう気の早い白鷺が寝床を捜してひらひら舞つてゐました。
「揶揄われた。orz。見知らぬお爺さんに揶揄われてしまつた。orz。やれやれ」
狐はやはり夕日を浴びて大原美術館の門の下にぼんやりと佇んで空ばかり眺めていたのでありました。
「今日はたらふく食べて早くぐつすりすやすや寝やう」
狐はそう呟いてやがて帰路についたのでございます。