以下の文は、ダイヤモンド・オンラインの筒井冨美氏の『前代未聞!なぜコロナ禍なのに日本で“医師余り”が続出したのか』と題した記事の転載であります。
前代未聞!なぜコロナ禍なのに日本で“医師余り”が続出したのか
筒井冨美:フリーランス麻酔科医
2020.7.13 5:40
未曽有のパンデミックが起こったとき、現場では一体何が起こったのか。
特集『コロナで激変!医師・最新序列』(全12回)の#1では、「ドクターX~外科医・大門未知子~」等の医療ドラマの監修でも知られたフリーランス麻酔科医、筒井冨美氏がお涙ちょうだいメディアが決して報道しない、「コロナ禍に晒された医療界の真実」を赤裸々に暴く。
前編、後編の2回に分けてお届けする。
「ヒーロー不在」だった、日本の“コロナとの闘い”
私の職業はフリーランス麻酔科医。
特定の職場を持たず、複数の病院で麻酔を担当して報酬を得つつ、多様な医療現場の内側を見る者ならではの立場で著作も行っている。
コロナ禍による経済危機は、医師にとっても決してひとごとではなく、格差の拡大が一気に進んだ感がある。
失って困る肩書もないので、この数カ月に医療現場で起こった騒動を率直に伝えてみたい。
2019年冬、中国で発見された新型コロナウイルス(以下、コロナ)は、20年には世界に拡散し、日本社会も大きく翻弄された。
とはいえ、死者977人(7月6日時点、厚生労働省発表)は、米国13.3万人、英国4.4万人、イタリア3.5万人(7月6日時点、Worldometer)など、欧米に比べて奇跡的に少ない水準であり、結果的には「コロナ対策に成功した国」といえるが、なぜか政府や専門家会議への評価は低い。
一方で、最前線の医療従事者の奮闘が毎日のように報道され、称賛を浴びた。
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査に不可欠な臨床検査技師、重症患者に使用するECMO(体外式膜型人工肺)を担う臨床工学技士といった、これまであまりスポットを浴びてこなかった医療職も一般に知られるようになった。
コロナとの闘いは、まさに「ヒーロー不在の戦争」であり、「無名で多数の専門職がジグソーパズルのように連結することで日本を守った」闘いだったように思う。
日本では、20年1月に初めて感染者が確認されたのを皮切りに、2月にはクルーズ船のダイヤモンド・プリンセス号の集団感染騒動があったが、この頃はまだ医療機関にも余裕があった。
2月1日に始まった「新型コロナウイルス感染症発生届」が、いまだに指定用紙に手書きし、印鑑を押してファクス送信というシステムだったことに医師たちはボヤきながらも「03年のSARSコロナウイルス、15年のMERSコロナウイルスのように、そのうち終わるだろう」と考える者が多かった。
多くの医療機関での「コロナ騒動」の始まりは、2月27日の「一斉休校要請」だろう。
病院という職場は、看護師・薬剤師・臨床検査技師などの女性の専門職が多く、ワーキングマザー率も高いが、仕事の性質から在宅勤務は困難だ。
「来週からの勤務シフトどうしよう!」と、日本中の病院が大パニックとなった。
コロナ禍で起こった、医療史上初の医師余り現象
連日の報道を見て、日本中の病院で医療従事者がコロナ患者の診療に奮戦しているかのように想像する人も多いかもしれない。
しかし、実のところ、医師たちは実際にコロナ関連業務に対応する「多忙な一握り」と、「暇で困惑する多数」に分かれていた。
検診や人間ドックなどの「不要不急の診療」は休止となり、手術件数も延期になるなどして激減した。
午後3時ぐらいになると、医局には仕事を終えてダラダラする医師が目立つようになった。
「不要不急の外出は避ける」との政府広報、「志村けん死去」のショックを受けて、医療機関の受診を控える高齢者が急増した。
かつて日本中の当直医を悩ませていた「コンビニ救急」(「深爪で血が出た」など軽症なのに気軽に夜間救命救急病院に駆け込む)が激減した。
また、4月10日にはコロナの感染対策として遠隔診療が大幅解禁された。
「高齢者はインターネットに疎く対面を好む」といわれてきたが、遠隔診療にはオンラインのみならず電話診療も含まれている。
病院に電話すると近所の薬局で常用薬をもらえるというシステムは、「こりゃ楽だわ」と患者やその家族に広く受容された。
「今は病院に行っても友達がいないから」と、かつて病院や診療所の待合室をサロン化して雑談していた高齢者集団“病院サロネーゼ”も病院に来なくなった。
多くの病院で経営収支が悪化し、まずは非常勤医師が解雇された。
何となく惰性で雇っていた高齢医師は「コロナ感染が心配でしょうから」、スキル不足のママ女医は「今はお子さんが大変でしょうから」と、自宅待機という名の退職勧告を受けるようになった。
医師のバイト案件は激減し、単価も下がった。
かつては誰も目に留めなかった医師転職ネットでの地方病院当直バイトが、数分間で成約する事例が相次いだ。
12年のテレビドラマ「ドクターX」放映によって、フリーランス医師は一気に世間に認知されるようになり、大学医局の弱体化と表裏を成して快進撃を続けていた。
シーズン1の頃は、「麻酔科の一時的なブーム」とささやかれていたが、ネットやSNS(会員制交流サイト)の発達と相まって19年ごろには内科、精神科、訪問診療、整形外科などでもフリーランス医師を見掛けるようになったが、今回のコロナ騒動でフリーランス需要は冷え切った。
3月末に雇い止めされたのは「低スキル」「時間にルーズ」など問題のある医師が多かったが、4月に入ると真面目な中堅医師も雇い止めされるようになった。
4月末になると「○○医大のエース」的な人材から「仕事ありませんか?」というSNSメッセージが届き、私も心底ビックリした。
私自身も症例数ベースで4月は前年同月比マイナス32%、5月は同マイナス57%となった。
フリーランス医師の中でも、高リスクな資産運用を行っていた人々はさらに厳しそうだ。
株の信用取引、原油先物、(東京オリンピックを前提とした)不動産投資を行って、昨年にはセレブ生活をSNSでアピールしていた医師の中には、SNSアカウントが消滅して音信不通のケースもある。
“アウトブレークで医療システム崩壊”は本当だったのか
「本物のコロナをまだ診ていない」という医師は多い。
日本国内で確定診断されたコロナ患者は1.9万人(7月6日現在)で、日本の医師は約32万人。
「感染症指定医療機関」以外の病院に勤務する医師が出会わなくても不思議はない。
私自身もこの数カ月間で遭遇したのは「確定診断されたコロナ症例1人」「疑い症例3~4人」「コロナパニック者20~30人」である。
医療従事者たちは、むしろコロナ患者ではなく「父にPCRしろ!」「37.2度では対象外です」「だったら入院させろ!」「軽症者は自宅待機で」「父は一人暮らしだ! 何かあったらぶっコロすぞ!院長を出せコルァ!」のような、コロナパニック者との不毛な問答に時間と精神力を削られるケースが多かった。
しかも、コロナパニック者の対応には診療報酬は発生しない。
3月末から4月にかけて、ワイドショーでは大学教授やら“感染症に詳しい”医師やらWHO(世界保健機関)上級顧問を名乗る医師やらによる「東京は2週間後にはニューヨークになる」「ロックダウンしなければ、数十万人の死者」「日本は手遅れに近い」という恐ろしい予言が繰り返されていたが、医師仲間では「そんなことはないよね」と話し合っていた。
理由は簡単、「毎日いろんな病院に行っているのに、一向にコロナ患者に出会わない」からである。
また、ちまたで不足が叫ばれていた、コロナ肺炎の治療で救命の要となる人工呼吸器も実は一貫して余っていた。
感染症指定医療機関以外の病院では、アルコールやマスク、感染防護服の不足が深刻で、病院の倉庫でもアルコールやマスクは鍵で厳重管理されていたが、人工呼吸器は無造作に並んでいた。
医師専門のネット掲示板でも「○○でマスク購入可能」「防御衣がないときはワークマン製品が代用品になる(写真)」のような投稿はあっても、「不要な呼吸器を貸してください」といった投稿は全く見なかった。
3月15日、中西宏明・経団連会長は人工呼吸器の増産を呼び掛けて、日本光電などが「1000台増産」と発表している。
しかしながら、日本集中治療医学会の集計ではコロナでの人工呼吸器装着患者数は4月27日の315人をピークに低下傾向にあり、呼び掛けに素直に応じた企業が巨額損失を抱えないか心配だ。
コロナ騒動のピークを過ぎて考えるに、結局のところ一般病院を苦しめたのはコロナ患者そのものよりも、「感染疑い症例には防護服着用、濃厚接触者は2週間自宅待機」のような過剰ルール、コロナ発生届が象徴する「紙と印鑑と電話ファクスが基本」のアナログな保健行政システム、「ワイドショーに扇動されたコロナパニック者」への対応、「一斉休校によるスタッフ不足」、そして「患者の受診控えによる大幅減収」である。
コロナが正した医療界の無駄
5月下旬になると、麻酔の依頼が再び増えてきた。
アルコールや防護服も再び充足し始め、骨折などの手術は再開の運びとなった。
しかしながら20年は事実上の遠隔診療元年となり、電話再診に慣れた患者層が再び病院に足しげく通うとは考えづらく、病院サロネーゼたちも簡単には戻らないだろう。
すでにコロナ禍による経営破綻がささやかれている病院は少数ではなく、病院の統廃合が進めば、医師の淘汰も確実に行われるだろうし、若手医師に人気のキャリアのモデルコースだった眼科、耳鼻科、皮膚科の開業医も、患者の受診控えで苦しそうだ。
雇い止めされたフリーランス医師も全員が再契約できるとは思えないし、横並び固定給だったのが「売上連動制」など契約変更を求められるケースも多発しそうである。
一方で、骨折(整形外科)や尿管結石(泌尿器科)など治療の必要性が高い医療はダメージが少ない。
とはいえ、意外にも「給料は減ったけれど、4~5月は人間らしい生活ができた。元に戻りたくない」と述懐する医師も多い。
コロナ騒動は、不要不急の受診やコンビニ救急などによる医療費の無駄遣いや、勤務医の過重労働を解消するなど、今まで放置されてきた医療界の諸問題の解決に一役買った面もある。
今回の騒動で顕在化した現実は、今後の若手医師の進路選択に少なくない影響を与えるだろう。(後編の#2に続きます)
転載終わり。