狐の日記帳

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2020年07月09日 19時10分59秒 | その他の日記
 以下の文は、「SYNODOS」の『自分の「ものさし」を持つということ――福島の甲状腺検査と住民の健康を本当に見守るために 緑川早苗氏インタビュー』と題した記事の転載であります。



『自分の「ものさし」を持つということ――福島の甲状腺検査と住民の健康を本当に見守るために 緑川早苗氏インタビュー』


 東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下福島第一原発事故)の後、事故当時18歳以下だった全県民を対象に、超音波機器を使って甲状腺がんの有無を調べる検査(甲状腺がんスクリーニング。以下甲状腺検査)が行われている。
 この甲状腺検査には、過剰診断(検査で見つけなければ一生症状を出さず、治療の必要がなかった甲状腺がんを見つけること)をはじめ、複数の問題があるという指摘がある。
 
 甲状腺がんスクリーニングは、受診者へのメリットが少ない一方で、過剰診断などの不利益があることから、国際的に、たとえ原子力災害の後であっても、実施すべきでないとされている。
 しかし、原発事故後の福島では、今なお甲状腺検査は続き、すでに10年目になる。
 
 福島の甲状腺検査の中心的業務に、検査が始まった当初から関わった緑川早苗・元福島県立医科大学准教授が、2020年3月末で福島県立医科大学(以下福島医大)を退職した。
 その後、甲状腺検査についての正しい情報を発信したり、不安を抱える人の相談窓口を設けたりするNPO「POFF」(https://www.poff-jp.com/)を医療関係者や住民の有志とともに発足し、共同代表を務めている。
 
 今回、福島の甲状腺検査の現場の実態と課題について伺った。(聞き手・構成 / 服部美咲)
 
 
 流れ作業のように行われる「学校検査」
 ――2020年3月末で、福島医大を退職されました。在職中は、甲状腺検査にどのように関わっていらっしゃいましたか。
 福島第一原発事故が起きた2011年3月当時は、福島医大で内科医として勤務していました。
 チェルノブイリ原発事故が起きた後、周辺地域に住む子どもの甲状腺がんがたくさん見つかりました。
 福島第一原発事故の後にも同じようなことが起きるんじゃないかという不安を、私自身も漠然と抱いたことを覚えています。
 まもなく、福島県が子どもの甲状腺検査をすることになりました。
 検査は、福島県が福島医大に委託して行っています。
 私にも「甲状腺検査を手伝うように」と声がかかり、それから検査の現場での仕事が始まりました。
 
 ――具体的にはどのようなお仕事をなさっていましたか。
  甲状腺検査そのものを担当していました。
 対象となる子どもたちの首に、超音波機器を当て、画面に映る映像で甲状腺の様子を確認するというものです。
  それから、超音波検査の結果、精密検査(二次検査)を受けるようにいわれた子たちが、安心して話せるような時間をつくるようなこともしていました。
 検査会場で恐怖や不安のあまり泣いてしまうことがよくありましたので。
 その延長で、個別に甲状腺検査についての電話相談や、甲状腺検査の説明会や出前授業などを続けていました。
 そういう意味では、検査対象の方々に最も近い場所にいたと言えるのかもしれません。
 
 ――学齢期の対象者は、原則学校の授業時間を使って一斉に甲状腺検査を受けている(以下学校検査)とのことです。学校検査の現場の様子を伺えますか。
  子どもたちは、クラスごとに検査を受けにきます。
 そして機械的に検査ブースに割り振られ、検査台に寝て、超音波機器を当てられ、出ていきます。
 流れ作業のように行われるので、なんの疑問を抱く間もありません。
  たとえば、学校の体育の授業で、「ボールをついて、校庭を1周回ってきましょう」と言われると、子どもたちはその通り、ボールをつきながら校庭を回ってきますね。
 それと同じように、子どもたちは、ごく自然な流れのままに、甲状腺検査を受けているのです。
  それでもときどき、とても心配そうな表情の子を見かけることがあります。
 検査会場で、「こんにちは」と声をかけても、ほかの子みたいに元気よく挨拶がかえってこない。
 怯えたような、不安そうな感じで立っています。
  「ああ、この子はもしかして」と思って、「検査、苦手かい?」と声をかけると、やっぱりどうも、あんまり検査が好きじゃない。
 「やっても大丈夫?」と訊くと、「やってもいい」と返ってきて、それで検査をしますね。
 すると、たとえば結節があったりするんです。
  もしかしたら、前回の検査でも「結節がある」と言われて、二次検査(一次検査で必要と判断された場合に行う精密検査。
 詳細な超音波検査、血液検査、尿検査のほか、医師が必要と判断した場合には穿刺吸引細胞診を行う)に行った経験があるのかもしれません。
  このように、自分の甲状腺について、もし何か悪いことを言われたら嫌だなという子も中にはいます。
 あるいは、家族が皆とても放射線について心配しているという場合もあります。
 超音波機器を首に当てている最中に、「放射線、入っていますか?」と訊く子もいました。
  一人ひとりの体の病気についての検査ですから、受ける・受けないの選択は、一人ひとり違っていて当然です。
 それにも関わらず、全員一律に、流れ作業のように検査を受けている今の状況には問題があると思います。
 
  福島の子どもたちの反応
 
 ――甲状腺検査の説明会の様子をうかがえますか。
  福島医大の甲状腺検査室の業務の一環として、7年ほど出張説明会を担当していました。
  当初は大人向けの説明会をしていたのですが、ある小学校の先生から、「子どもたちにも説明してあげてほしい」と依頼されました。
 そこで、2014年に、初めて出前授業というかたちで子どもたちに向けた説明会をしました。
 大学からも、その頃は「子どもたちに甲状腺や検査のことを説明するのはいいことだ」と、歓迎されていました。
  出前授業は、放射線技師や広報の方々も入っていただいて、チームとして学校に伺いました。
 小さな演劇のようなスタイルをとって、子どもたちにも参加してもらいました。
 その結果、対話も交えながら、楽しく双方向的な授業になりました。
 この頃の授業の様子は映像記録に残っています。
  授業後の感想も、「甲状腺の働きについて学べてよかった」とか「超音波検査の仕組みがわかってすごく楽しかった」とか、とても前向きで明るいものばかりでした。
  出前授業の資料は、私が広報や事務の担当の方や検査の技師たちと一緒に作って、大学の許可を得たものを使っていました。
 今は「なぜ?なに?甲状腺検査」(https://fukushima-mimamori.jp/thyroid-examination/meeting.html)としてホームページにも残っています。
 見ていただくとわかるかと思うのですが、甲状腺検査の説明に終始しており、甲状腺がんのことにはほとんど触れられていません。
  この資料や、それを使った当時の出前授業のメインメッセージは「のう胞は心配ありません」、そして「これからも甲状腺検査は続いていきますよ」でした。
  私は、甲状腺がんについてほとんど触れずに、甲状腺や超音波検査、のう胞や結節などについてだけ説明していたのですが、子どもたちは賢いので、そのうち「あっわかった!」っていうんです。
 「甲状腺に放射性物質が入ると、甲状腺がんになりやすくなるんだけど、福島では原発事故があったから、それでぼくたちに甲状腺検査をやってるんだね」と。
  さらに、「福島では、原発事故後の放射線被ばくは高くなかったから、チェルノブイリ原発事故のときのように甲状腺がんは増えないと思うよ」と説明しますね。
  すると、子どもたちは素晴らしいので、本当に素晴らしいので、「そうか、甲状腺検査を受けることで、ぼくたちは、福島は大丈夫なんだよって世界に向けて証明できるんだね」と言うんです。
  そういう反応が、福島の子どもたちからは、出てきてしまうんですよ。
 
 出前授業は、月に何回もあります。
 それと並行して甲状腺検査を実施します。
 検査では、一定の確率で甲状腺がんという判定が出てきます。
 子どもたちは、出前授業で「大丈夫ですよ」って聞いて、「福島が大丈夫だって証明するために検査を受けるんだね」って思って、それなのに、「あれ?大丈夫って聞いたのに、ぼくはがんだったんだ」あるいは自分自身ではなくても「甲状腺がんが見つかったということは福島は大丈夫ではなかったの?」という思いをするわけです。
 私は、自分が子どもたちをだましている、裏切っていると強く感じるようになりました。
 
 
 ――受診する当事者である子どもたちは、もしがんと診断されたときのことを十分に知らされていなかったのですね。
  子どもたち自身にも、検査で自分にがんが見つかる可能性があることや、甲状腺がんがどんな病気なのかということを、ちゃんと説明しなきゃいけない、と思いました。
 それで、出前授業の資料に甲状腺がんの説明スライドを入れました。
  甲状腺がんについて説明するのであれば、同時に、超音波で甲状腺検査をすると、甲状腺がんの過剰診断が起こるということも説明する必要があります。
  もし検査を受けて、甲状腺がんという診断が出たとしても、それは超音波検査を受けなければ一生見つからなかったものかもしれないんだということは、検査を受診する当事者に必ず伝えなければならない、大切な事実です。
 
  「過剰診断」という言葉を使ってはいけない
 
 ――子どもたちに、甲状腺がんや過剰診断などの説明をすることに、福島医大内部での反対の声はあったのでしょうか。
  出張説明会や出前授業の内容について、大学で提案しました。
 すると、「子どもたちに甲状腺がんの説明をしたい」というところまではなんとか許可を得られましたが、「過剰診断の説明をしたい」というあたりから、だんだん難色を示されるようになりました。
 それまでも、学外の専門家からは、「過剰診断になっている」というご指摘をいただいていました。
 そして、2017年4月の内分泌学会総会のシンポジウムで、私が「福島の甲状腺検査にはマイナスがあります」という内容で、大津留晶先生(当時福島県立医科大学教授・甲状腺検査をスタート時から担当)が「福島の甲状腺検査で過剰診断が起きている」という内容で、福島医大として発表をし、その場でも一定の理解を得られたように思われました。
  ところが、その後、外部の団体から、福島医大あてに封書や電話での批判が届くようになりました。
 その影響で、福島医大の業務にも支障が出るようになったのかもしれません。
  出前授業の資料の内容や、授業内容について、「甲状腺検査の説明をするときに、過剰診断という言葉を使ってはいけない」という指示が度々出るようになっていきました。
 
 ――過剰診断は、福島の甲状腺検査だけではなく、すべてのスクリーニング検査で起こるものですね。
 そうです。
 過剰診断というのは、なんらかの主義主張に基づく特殊な言葉ではなく、単純な医学用語です。
 しかし、福島医大の、検査に関わる上層部の方々は、「過剰診断」という言葉に非常にナーバスになっていきました。
 加えて、検査についての「強制的」とか「義務的」といった言葉にも敏感になっているようでした。
 たとえば、福島では、学校に通う子どもたちの甲状腺検査を学校で実施しているために、「受けなければいけない」「受けるのが当然」と、子どもや保護者の方々が思ってしまう問題が起きています。
 でも、それも指摘してはいけないと言われるようになりました。
  子どもたちは、「自分が受ける甲状腺検査にマイナスがあるんだ」ということを知らないことや、そのマイナスが具体的にどういうものなのかも知らないのに、その検査を受けるかどうかを決めなくちゃいけないんです。
 その状況そのものが、不誠実だと私は感じました。
 不誠実だし、受けるかどうかを決めるための説明も受けないままで、学校の授業時間に検査が行われているということについては、倫理的な問題があると考えています。
 
 大学の立場ではなく、住民の健康を
 
 福島医大は、甲状腺検査を県から受託して実施しています。
 その立場から考えれば、過剰診断が起きていることや、学校検査によって事実上の強制性が生まれていることは、内部から指摘されると困ることなのかもしれません。
 しかし、福島医大の立場を守るために、福島の住民が傷つくのを見過ごすことは、私にはできませんでした。
 どうしても伝えなければいけないことは、大学に許可された配布資料だけでは不十分でしたので、口頭で説明するなどの工夫をして、なんとか伝えようと努力をしてきました。
 配布資料そのものでも、過剰診断の問題点などがわかるようにしたかったのですが、福島医大の名前で出す冊子や説明会の資料などに、過剰診断の説明を入れることはできませんでした。
 
 ――だんだん大学からの規制が増え、最終的には論文を専門誌に投稿することも難しくなったと伺いました。
 
 県民健康調査の未発表のデータを使った論文を専門誌に投稿する際には、学内で審査を受ける必要があります。
 2017年に、学校検査には倫理的な問題があるということを指摘する論文について、この学内審査で「保留」とされました。
 甲状腺検査を受託する医大から出す論文として、「今は適切ではない」という意見が多くあがりました。
  通常の審査では、異なる意見があっても、一部修正するようにとの指摘がされるだけですが、この論文だけが、どういうわけか「保留」とされました。
 そこで、「保留」の期間について会議上で質問したのですが、答えを得られませんでしたので、「来週か再来週まで待って、また審査にかけていいということですか」と重ねて問いました。すると、「そういうことじゃない、しばらくだ」ということで、そのまま、2年が経過してしまいました。
  さすがに2年待ちましたので、一部を修正し、改めて会議に提出してみたんです。すると、今度は「不承認」という結果でした。
 その論文は、より客観性を保つため、海外の研究者にも共著者として入っていただいたのですが、論文の投稿自体ができないという結果をお伝えしなければなりませんでした。
 
 過剰診断をなくすことはできない
 
 ――緑川先生が甲状腺検査室を離れられたことを知り、「検査開始当初から受診者と最も近いところで働かれていた先生が」と、驚きました。
  私は、2018年4月に、甲状腺検査室から新設する健康コミュニケーション室に行きなさい、と言われました。
 新設される室は、甲状腺検査を最も理解している人が、甲状腺検査の説明をする部署であるということでしたので、本来甲状腺検査室の中に置くべきではないかと言いましたが、「そういうわけにはいかない」と言われました。
  つまりそれは、「甲状腺検査室を外れなさい」ということでした。
 さらに、当時の甲状腺検査室の責任者でいらっしゃった大津留先生も、検査の運営から外されました。
  健康コミュニケーション室に異動してもできることはないかと考え、一般検査会場で、甲状腺検査を受ける前に、住民に検査のメリットとデメリットを説明することにしました。
  事前説明の資料を作ったところ、新たな甲状腺検査室のメンバーにも共有するようにといわれ、会議に提出しました。
 結果的には、私たちが作った説明文に、大きく変更が加えられました。
 
  ――どのような変更が加えられたのでしょうか。
 
 まず、福島の甲状腺検査に、メリットはほぼありません。
 もしメリットがあったとしても、メリットを受けられる可能性は低いです。
 その一方で、デメリットは明確にあります。
 そしてそのデメリットを被る可能性は高いです。
 
 甲状腺検査そのもののメリット・デメリットのバランスがそうなっているので、資料内の説明文としても、当然デメリットの方を多く挙げる文面になります。
  この点について、「あなたの作った資料には、メリットよりもデメリットの方が多く挙げられていて、バランスが取れていない」と指摘されました。
  「事実として、メリットよりもデメリットが多い検査なので、その検査について説明すれば、メリットとデメリットの数が同じにはなりません」と言っても、「甲状腺検査のメリットを不当に少なく書いている」と聞き入れていただけませんでした。
 「住民の皆様の安心のために、甲状腺検査は非常に貢献しております」と書くように、というのです。
  2020年4月から住民の方々に送られている甲状腺検査のお知らせ文(https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/354627.pdf)にも、甲状腺検査にはデメリットと同じくらいのメリットがあるかのように書かれています。
 住民にとってメリットは少なく、一方のデメリットはたくさんある検査について説明する文章であるにもかかわらず、です。さらに、「治療の必要性が低い病変ができるだけ診断されないよう対策を講じています」という一文までもが添えられています。
 
 ――甲状腺検査のやり方によって、過剰診断をなくすことはできますか?
 
 できません。
 どんなに抑制しようとしても、甲状腺検査が無症状の方々を対象にする限り、過剰診断をなくすことはできません。
  そもそも、抑えようにも、スクリーニング検査で見つかった無症状の甲状腺がんのうち、どれが将来治療しなければならなくなるものなのか、どれが一生症状せずに終わるものなのかを、見分けることはできません。
 仮に工夫をして、将来治療すべきものだけを診断・治療できる時代になったとしても、そもそも子どもや若年者の無症状の甲状腺がんを診断すること(数十年の前倒し診断)そのものに、メリットがあるという根拠がありません。
 数十年先にはもっと良い治療があるかもしれないのですから。
  福島の甲状腺検査は、原子力災害の後、福島の住民の不安にこたえることを目的として始まりました。
 しかし、住民の不安にこたえる方法として、大規模な甲状腺検査をすることによって、かえって住民を過剰診断のリスクにさらしてしまっています。
 
 ――甲状腺検査開始時と現在とでは、検査をめぐる状況が変わりました。
 
 甲状腺検査を始めた後しばらくして、受診者にとってマイナスが多いということがわかりました。
 ですから、やり方は根本的に変えるべきでしょう。
 他県ではやっていない子どもの甲状腺がんスクリーニングなのですから、少なくとも事前説明では、新たな検査や薬の治験や臨床研究と同じように、この検査によるリスクについてきちんと受診者に説明するという形に変えなければなりません。
  今の事前説明の資料や甲状腺検査のお知らせ文では、甲状腺検査を受ける子どもたちや保護者に、甲状腺検査にメリットが実際よりも多くあり、デメリットが実際よりも少ないように誤解させてしまいます。
 
 ――福島医大の甲状腺検査担当者が、甲状腺検査のメリットを実際よりも多くあるかのように主張する理由を、どのようにお考えですか。
 
 福島県から委託を受けて、甲状腺検査を実施している福島医大に所属する医師が、甲状腺検査のマイナスを指摘するのは不自然であるという理由のようです。
 じつを言えば、住民の方からも同様の指摘をされたことがあります。
  私が、甲状腺検査には受診者にとってのマイナスがあるという説明をしたところ、「先生方は、いわばお店で甲状腺検査を売っているようなものなのですから、商品である甲状腺検査の良い点をアピールしなければいけないんじゃないですか。マイナスがあるなんて言われると、違和感があります」と言われました。
  確かに、悪いものならなぜあなたはそれを売っているんだという感覚は自然なものですよね。
  住民にも、そういう感覚を持つ方がいらっしゃるほどですから、甲状腺検査をいわば「お店で売っている」福島医大には、自分たちの売る「商品」は良いものなんだと信じたい方がいらっしゃるのかもしれません。
 科学的な事実やデータから言えることの解釈をまげてでも、甲状腺検査は良いものだし、自分たちがやっていること、やってきたことは良いことだと信じ続けていたいという強固な思いがあるように感じます。
  こういった動機に基づいて、住民への不利益を顧みず、自分たちの行いを正当化するためだけに懸命な努力を払う姿勢が見えるたび、強い違和感を覚えます。
 
 住民一人ひとりの不安を聞き取る
 
 福島の甲状腺検査は、「福島の住民が放射線被ばくによる子どもの甲状腺がんを心配して、検査を求めたために始まった」と説明されています。
 でも、一般の方々が、医療者のように、多くの選択肢の存在を知っているわけではありません。
  原発事故しばらくしてすでに予測されていましたし、最近の研究でもより確かになってきたことですが、子どもの甲状腺への被ばくは甲状腺がんのリスクを上げるようなレベルではありませんでした。
  このことを知れば、もう甲状腺検査はしなくてもいいかなと思う方はたくさんいらっしゃるでしょう。
 あるいは、検査をするにしても、高精度の超音波機器ではない方が良いかもしれません。
 2020年に、医学雑誌のLancetの内分泌・糖尿病に関する姉妹紙にも、小児がんでたくさんの医療被ばくをしたような人であっても、超音波ではなく、5年に1度の触診の方が良いという意見投稿が掲載されています。
 たとえば、年に1度病院に来て、触診して、お話をするようなフォローが適した方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 
 一人ひとりの不安やその背景事情を聞き取って、それに応じて、そのとき最適と考えられる医療や情報を選んで提供をすることが見守りでしょうし、何がその人にとって今の最適な見守りの形なのかを判断するのこそが、医師の仕事だと思います。
 
 一般の住民が超音波検査を求めているようだから、全員に一律で超音波によるスクリーニングをしましょうというのは、少なくとも医師のとるべき選択ではないと思います。

 ” First, no harm” 

 ――原子力災害などの災害時に、現地の住民の健康を調査する必要があるとき、どのようなことを注意すべきでしょうか。
 
 災害時に、被災地の住民に対して何か介入するときに、まずはなによりも、「被災者に対する害がない」ということを大前提とするべきです。
 そして、もし途中で介入に害があることが判明したら、とにかくいったんストップ、やり方を見直す。
  こう言うと、大学の内部でも随分叱られてしまいましたが、私は、これが極端に偏った考え方とは思えないのです。
 ” First, no harm” は、医師としてごく基本的な姿勢だと思います。
 
 科学雑誌の「Nature」に、災害下のさまざまな調査の行動規範についての論文が掲載されました。
 私たちはこの論文に、甲状腺検査でも同じような考え方が必要だという意見投稿をし、これが紹介されました。
 
  ――福島の甲状腺検査は、今後どのような形に改善されることが望まれますか。
 
 まず、原子力災害後の甲状腺検査全般についていえば、2018年に公開された、IARC(がん国際研究機関)の提言②で「モニタリング」と表現されているやり方が本来あるべき姿だと思います。(http://www.env.go.jp/chemi/chemi/rhm/Report1_Japanese.pdf)
  もちろん、モニタリングプログラムでも、無症状の人に検査をすれば、過剰診断は避けられません。
 でも、100mSv~500mSv以上の放射線被ばくをされた方であれば、甲状腺がんのリスクが考えられますから、ご本人の希望があれば、無症状でも超音波検査をすることがあり得ると思います。
 あるいは被ばく線量が100mSv未満であっても、一人ひとりの事情がありますから、超音波検査を受けるための公的な窓口そのものを閉ざすべきだということではありません。
  放射線被ばくによって起きた甲状腺がんであっても、それ以外の原因の甲状腺がんと同じです。
 一生悪いことをしないかもしれませんし、もし症状が出ても、それから治療をして治る確率の高いがんであることに変わりはありません。
 それをよく理解した上で、それでも検査を受けたいという方だけが、個人単位で受ける検査だと思います。
 福島の甲状腺検査については、検査の対象者は、福島第一原発事故当時18歳以下だった全県民ではなく、放射線による健康影響を心配して、個人単位で申し込んでいらっしゃった方であるべきだと思います。
  現状、特に学校検査のある年齢の子どもたちにとっては、なんとなく受けたくなくても、「甲状腺検査を受けるのが当然である」という空気の中で、あえて「検査を受けない」という選択をしなければなりません。
 それは、子どもにとって大きなストレスになります。
 
 心配されている個人の方が申し込んできたときにも、必ず、甲状腺の専門家だけではなく、放射線などの複数の専門家がチームで対応するべきだと思います。
  線量評価やリスク評価、心理的な側面からの状況などもみて、十分なコミュニケーションをとって、その上で、もし甲状腺検査を受けるのであれば、そのデメリットも十分に説明して、それから同意をとるべきです。
  こういった手間を、一人ひとり全員にかけられるわけがないともいわれるのですが、それは現状のように、原発事故当時18歳以下だった全県民を対象に考えているからだと思います。
 自分で申し込んできた方だけを対象にした場合、現状の18歳以上の方の受診率と同じくらいになると考えてみれば、今の1/10、2年間で約2万人です。
 それならば、体制によっては不可能ではないと思います。
 
 不安な人こそを苦しめる
 
 ――福島の甲状腺検査では、甲状腺検査のお知らせが対象者に通知されます。たとえば、自治体などからお知らせが通知される予防接種は「積極的勧奨」とされていますので、現在の甲状腺検査はIARCが非推奨とした「積極的な対象者の募集」に当たりますか。
  そうです。
 甲状腺検査の通知を送付した段階で、それはIARCが「推奨しない」とした積極的な募集を伴う検査です。
  甲状腺がんについての相談窓口を設置してホームページに載せるのは良いですが、そこに申し込むかどうかは住民に委ねるべきです。
  そして、放射線被ばくによる甲状腺がんが不安で、申し込んできた方がいても、「心配ならば検査しましょう」と安易に検査を薦めるべきではありません。
  人が不安を感じるときは、必ず理由があります。
 申し込んできた方一人ひとりのお話をうかがってみなければ、不安の理由はわかりません。
  対話を重ねて、放射線被ばくではないところに不安の源があることがわかったら、その不安の源に手当てをしなければいけません。
  もし本当に放射線による健康影響が心配なのだということがわかれば、甲状腺の被ばく線量を推計してみましょうということになります。
 重要なのは、このときも、「甲状腺に超音波をあてて調べましょう」とはならないということです。
 
 ――一人ひとり異なる不安には、一人ひとり異なるケアが必要になるのですね。
  そうです。
 剰え、多様な住民の不安に対して、全員一律に甲状腺検査をしてしまおうなんて、あってはいけない対応だと思います。
  もし放射線によって甲状腺がんになるのではないかと不安に思う方が、甲状腺検査を受けて、放射線とは関係なくがんが見つかったらどうなるでしょうか?
  福島第一原発事故では、甲状腺がんを引き起こすような放射線被ばくは起きていません。
 でも、甲状腺がんは、放射線とは関係なく、一定の割合で見つかるんです。
  もともと放射線被ばくを不安に思っている方が、がんだと診断されれば、容易に放射線被ばくと発がんを自分の中で関連づけてしまいます。
  「不安だから検査を受けて安心したい」という方はたくさんいらっしゃいます。
 検査を実施する福島医大の甲状腺検査担当の先生も「この甲状腺検査はたくさんの方々に安心を与えています」と言っています。
 だから不安な人は甲状腺検査を受けて安心しましょう、ということで、甲状腺検査を9年間続けてきました。
  検査をして、異常が見つからないうちはいいかもしれません。
 でも、検査を定期的に受け続ければ、一定確率でがんの診断が出ます。
 甲状腺がんは、別の原因で亡くなった方のご遺体の多くに見つかる、つまり多くの方が知らずに持っているようながんなのですから。
 
 不安が強いからと甲状腺検査を受けた方は、そのとき、非常に苦しみます。
 不安が強い人ほど苦しみます。
 だからこそ、安心のために甲状腺検査をしてはいけないんです。
 
 医師と患者が、共に解きほぐす
 
 ――不安を抱えた方に、どのように向き合っていらっしゃいますか。
 
 大きな不安を抱えて、何件も医療機関を受診して、それでも解決しないという方が、私のところにいらっしゃることがあります。
  私は、まずその方に、「こんがらがっちゃっているよね」と言うんです。
 こんがらがっちゃっているんです。
 その、こんがらがっちゃったものを、これから一緒に解きほぐしてみましょう。
 そうやって、対話を始めます。
 
 こんがらがっちゃったものは、医師が患者さんから取り上げて、解いてしまうのではないんです。
 一緒に、「ここの結び目は、どうしてこうなっちゃったんだろうね」と考えながら、じっくり解きほぐしていきます。
 絡まったポイントを、医師と患者さんが一緒に見つけてほどいていかない限り、問題は解決しないんじゃないかな、と思っています。
 
 線量測定との決定的な違い
 
 重ねて言いますが、不安には、必ず理由があります。
 その不安も、単純に原発事故だけを原因にするものではないことがあります。
 その理由に引き比べて、過剰診断の害がどれだけのマイナスだと受け止めるのか。
 それは一人ひとり違った自分のものさしではかるしかありません。
 
 たとえば、ある方は、放射線がとても危険で、がんなどさまざまな障害を引き起こすんだという言説に影響された原因を、ご自身で分析されて、「震災と原発事故のあった年に、死産を経験したからだと思います」と仰いました。
  あるいは、もともとの持病が症状を出したことと放射線とを結びつけて不安になってしまう方もいらっしゃいます。
  住民が、自分自身のものさしで測って、自分自身で判断できるようになるサポートを続けることこそが、本来の見守りだと思います。
 
 ――福島第一原発事故の後、外部被ばくや内部被ばくを測定して対話をする取り組みがなされてきました。それらの取り組みと甲状腺検査との違いはなんでしょうか。
 
 甲状腺検査が、放射線の線量測定と大きく異なるのは、病気を診断してしまうという点です。
  空間線量測定は、環境中の放射線量を測定しています。
 ホールボディカウンターでは、体内の放射線量を測定しています。
 これらはあくまで環境のリスク因子の一つを検査しているだけで、ほとんどは精査が必要というものではありません。
 ごくまれに少し高い人がいてもそれそのものがなにかの病気だというわけではなく、そしてなんらかの対策がとれるものです。
  これらの線量測定と違い、甲状腺検査は、放射線とはまったく無関係に、個人の病気を診断して、その人のその後の人生に大きな影響を与えてしまう検査なんです。
 だからこそ、つねに、診断することの利益が不利益を上回っているのか、今のやり方が正しいのかどうかを確認し、見直していく態度が必要なんじゃないかと思っています。
 原発事故の後、甲状腺検査が始まったことは仕方がなかったと思います。
  でも、検査1巡目で116人の悪性または悪性疑いの人が見つかり、2巡目では71人が診断されました。
 そして韓国で甲状腺がんの過剰診断問題が明るみに出て、2014年にはトップジャーナルの「New England Journal of Medicine」に論文も掲載され、その後甲状腺がんの過剰診断に関する論文も増えました。
 2016年か2017年のあたりには、福島の甲状腺検査はいったん立ち止まって、現状のやり方を見直して、変えていかなくてはならなかったのではないでしょうか。
  しかし、やり方を途中から変えるのは研究上好ましくないという意見がしだいに大学の中でも主流となり、変えるべきと言うととても責められるようになりました。
 コホート研究なんだから、途中から検査の形を変えたら、これまでの検査が無駄になるでしょう、ということのようです。
  私が甲状腺検査に加わるように言われたときには、「住民の健康を見守るため」の検査だったはずなのに、そう住民にも説明して始めたはずの検査なのに、いつのまにか、これは研究になってしまっていたようです。
 
  被災者がさらに背負わされる理不尽
 
 甲状腺検査を住民の役に立つような方法に変えていくことが立場上できなくなり、論文などで甲状腺検査について発信することも許されなくなって、もう福島医大を辞めるしかないというところまできてしまいました。
  福島医大を辞めるとすれば、私はもともと臨床医ですから、通常の診療に完全に戻るというのは一つの選択肢になりえます。
  もしそうなれば、私は内分泌内科医ですから、甲状腺検査で甲状腺に異常を指摘された子の診察も当然することになるでしょう。
 テレビをつければ、県民健康調査検討委員会で甲状腺がんが●人増えましたと報道しているのを見るでしょう。
 私は検査の理不尽に気づいているのに、黙って口を閉ざして、ただ目の前の診療だけをするわけです。
 それは、私には、とても耐えられないと思いました。
 この数年間、自分の仕事の9割近くを、福島の甲状腺検査で子どもたちが傷つくことを減らす方向にできないか、ずっと模索し続けてきました。
  でも私たちは、結局それを実現できなかった。
 実現できなかったから、福島の子どもたちは、今も不利益を受け続けているんです。
 甲状腺検査の害が気づかれずに見過ごされて、このまま検査が続いてゆけば、福島の住民はずっと傷つき続けるんです。
  福島の住民は、原発事故を経験しました。
 それだけだって、十分すぎるほど理不尽な経験でしょう。
 それなのに、甲状腺検査でまた理不尽を背負い込まされるのです。
  そんな状況を傍目に、自分は目の前の患者さんだけを診て、病気が治れば一緒によかったねって。自分も満足して幸せです、って。そんなことは許されないでしょう。
 私はこの手で、3万人近くの子どもたちの甲状腺に超音波を当てたんですから。
  甲状腺検査について住民の方に本当のことを知ってもらいたいです。
 甲状腺検査によって困った状況になっている方、検査を受けるかどうか迷っている方、放射線や甲状腺がんについてご心配されている方に少しでも手が届けばいいな、と思っています。
 それで、POFFの活動をはじめました。
 
 福島の甲状腺検査のようなことが繰り返されないように
 
 ――福島第一原発事故の後、福島に必要だったものはなんでしょうか。
  大津留先生に、「被ばく医療」という特別な学問体系が、それだけで独立して存在するわけではないと教わりました。
 被ばく医療は、普段の診療の延長線上にあるんです、と。私自身も原発事故後の経験を通して、そのとおりだと改めて思います。
 原子力災害下では、医療者の生き方そのものが問われます。
 「私は放射線の専門家じゃないから、被ばく医療はできません」と言って、福島から離れてしまった方も少なくありません。
 一方で、県外からたくさんの先生方がいらっしゃって、福島の住民のために努力してくださいました。
 その中でも、一番重要なのは「普通のお医者さん」だったなと思います。
 普通の、内科や外科や耳鼻科などの、普段の医療で放射線を少しは使うし、医学の常識としての知識はあるけれど、放射線を専門にしているわけではないお医者さんたちです。 
 原子力災害があったからと特別なことをするのではないんです。
 ごく普通のまちの診療所や病院が、普段の診療の中で、放射線による健康影響についての不安とどうつきあえばいいのかということを、不安をあおる情報に惑わされずに、地元の患者さんたちとじっくり向き合っていくことがとても大切だと思います。
 そういう姿勢がないと、不安なら集めて検査をして解決してもらいましょう、という方向へ安易に流れてしまいます。
 今回の不安ってそうじゃないよね、検査して病気じゃなければ解決するような単純な話じゃないよね、って、患者さん一人ひとりの不安と向き合っていれば、わかるはずなんです。
 福島第一原発事故の直後は、初めて放射線の健康影響への不安に直面しましたから、難しかったかもしれません。
  でも、今後原子力災害が起きてしまったときには、私たちは、「あなたが、内科医として、外科医として、普段の診療の中で、患者さんの不安にちゃんと向き合えば、それで解決することがほとんどなんですよ」って言えます。
 
 せめてもう二度と、福島の甲状腺検査のようなことが、世界のどの国や地域でも繰り返されないことを願います。
                                 転載終わり。


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人はパンのみにて生くものにあらず。されどまたパンなくして人は生くものにあらず。

2020年07月09日 19時10分30秒 | その他の日記
 以下の文は、河北新報の『コロナ禍で求人悪化 氷河期世代の正規雇用難しく』と題した記事の転載であります。


『コロナ禍で求人悪化 氷河期世代の正規雇用難しく』
河北新報

 新型コロナウイルスの影響で雇用情勢が悪化し、正社員の求人数が急減している。
 今後、さらに厳しさが増すと予想され、正規雇用を望む人たちのハードルは上がる一方だ。
 就職氷河期世代の30、40代の非正規労働者からは「心が折れそう」と悲鳴が上がっている。

 「自助努力はもう限界に近い」。
 正社員を目指して求職活動を続ける宮城県白石市の男性(36)は、コロナ禍で夢が吹き消されたような感覚に陥っている。

 派遣の仕事を続けてきた。
 30代半ばを迎え、安定した生活を求めて正社員になろうと決意した。
 過去3年間は非常勤職員として、春は税務署で確定申告、夏は労働局で雇用保険の窓口業務に従事。
 残った時間を就職活動に充ててきた。

 これまで100社以上に履歴書を送ったが、大半は書類選考で落とされた。
 面接に進めた場合でも職歴の多さを指摘され「長く勤められるのか」と必ず聞かれる。

 男性は同県内の高校を卒業後、東京の私立大学に進学したが、体調を崩して退学。
 実家で農業を手伝いながら5年近く過ごした。
 今は健康を取り戻したが「一度挫折した人間は、正社員にはなれないのか」と絶望的な気持ちに襲われる。

 就職活動のために仕事量を抑えた影響で、雇用保険の加入期間が1カ月足りず失業手当はもらえない。
 社会保障の安全網から漏れ、「派遣の仕事を続けるべきだった」との後悔が時折頭をよぎる。

 苦境に追い打ちをかけたのが新型コロナの感染拡大だ。
 宮城労働局によると、3月以降、求人数は急速に減った。
 特に正社員は厳しく、5月の新規求人数は6845人と前年同期比20.9ポイント減。
 新型コロナの影響が本格的に表れるのは「これから」(宮城労働局)という。

 男性はぽつりとつぶやく。
 「目標は正社員になって年収300万円を稼ぐこと。ぜいたくな夢なんですかね…」

 貧困問題に詳しい関西国際大の道中隆教授(社会保障)は「企業が生き残りを優先して非正規雇用を導入した結果、労働者にしわ寄せが来ている」と指摘。
 「個人の自助努力では解決できない。トライアル雇用で未経験者を採用するなど、社会全体で取り組む必要がある」と強調する。

 雨宮処凛さんに聞く
 コロナ禍の影響で30、40代の非正規雇用の人たちが困窮している。
 貧困問題に取り組む作家の雨宮処凛さんに、就職氷河期世代が直面している課題を聞いた。
 (聞き手は報道部・宮崎伸一)

 生活困窮者を支援するネットワーク「新型コロナ災害緊急アクション」を3月に立ち上げた。
 ロストジェネレーションと呼ばれる就職氷河期世代の30、40代からの相談が非常に多い。
 20代からの相談も相次ぎ、若い世代が苦しんでいる現実に驚いている。

 相談者の大半は非正規雇用。
 寮やアパートを追い出され、所持金が1000円以下、中にはゼロの人もいる。
 一番先に困窮するのは、いつも非正規の人たちということが如実に表れている。

 とにかく仕事をしようと非正規で励んだつもりが、職歴だけが増えて次の就職活動が不利になるケースもある。
 頑張りがマイナスになる矛盾した構図だ。

 ロスジェネ世代は卒業時期と不景気が重なり、求人状況が非常に厳しかった。
 望んで非正規を選んだわけではなく、正規雇用で働けなかったのは本人の責任ではない。
 そうした背景を、経営者を含めて社会全体で理解すべきだ。

 失敗したらやり直しが利かない社会は、若者から活力や挑戦する意欲を奪う。
 正規雇用の立場を維持するために、劣悪な労働条件で働かざるを得ない人たちも出てくる。
 そうした社会が健全かどうか、経営者たちは考えてほしい。

 個人で取り組めることは少ないが、同じ境遇の人たちが共に声を上げ、社会に苦境を訴えて政策に反映させることはできる。                                           
                             転載終わり。


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闇よりもなお昏きもの 夜よりもなお深きもの

2020年07月08日 23時26分47秒 | VSの日記
 本日7月8日は、北条時頼が鎌倉幕府評定衆・三浦泰村を討って三浦氏が滅亡した日で、ヴァスコ・ダ・ガマ率いる船団がインド航路開拓のためリスボンを出港した日で、大北方戦争のポルタヴァの戦いが行われた日で、ルイ18世がパリに帰還して国王に復位した日で、マシュー・ペリー率いるアメリカ海軍所属の東インド艦隊艦船4隻が江戸湾浦賀湾に来航した日で、池田屋事件がおこった日で、北越戦争で長岡城が陥落した日で、第三次日露協約が調印されて内蒙古の権益地域をロシアと日本で分割することが協約された日で、孫文らが東京で中華革命党を結成した日で、アメリカ合衆国空軍が初めて女性兵士を採用した日で、GHQが警察予備隊の創設と海上保安庁の増員を日本政府に指示した日で、警視庁がD・H・ローレンス作で伊藤整訳の『チャタレイ夫人の恋人』を猥褻文書として摘発した日で、砂川事件がおこった日です。

 本日の倉敷は晴れたり曇ったりしていましたよ。
 最高気温は二十八度で最低気温は二十四度でありました。
 明日は予報では倉敷は雨となっております。お出かけの際はお気をつけくださいませ。






 枕に就いたのは黄昏の頃。
 之を逢魔時、雀色時などといふ一日の内で人間の影法師が一番ぼんやりとする時に起つた事。
 狐が十の夏の初め。

 部屋は四疊敷けた。
 薄暗い縱に長い一室。兩方が襖で他の座敷へ出入が出來る。
 詰り奧の方から一方の襖を開けて、一方の襖から玄關へ通拔けられるのであつた。
 一方は明窓の障子がはまつて、其外は疊二疊ばかりの漆喰叩きの池で金魚が居る。

 其日から數へて丁度一週間前の夜。
 夕飯が濟んで私の部屋の卓子の上で燈下に美少年録を讀んで居た。
 前後も辨へず讀んで居ると、私の卓子を横に附着けてある件の明取りの障子へ、ぱら/\と音がした。
 忍んで小説を讀む内は木にも萱にも心を置いたので、吃驚して振返へると又ぱら/\ぱら/\といつた。

 雨かしら?
 時しも夏の初め。
 洋燈に油を注す折りに覗いた夕暮れの空の模樣では、今夜は眞晝の樣な月夜でなければならないがと思ふ内も猶其音は絶えず聞こえる。
 おや/\裏庭の榎の大木の彼の葉が散込こむにしては風もないがと、然う思ふと、はじめは臆病で障子を開けなかつたのが、今は薄氣味惡くなつて手を拱ぬいて思はず暗い天井を仰いで耳を澄ました。
 一分、二分、間を措いては聞こえる霰のやうな音は次第に烈しくなつて一時は呼吸もつかれずものも言はれなかつた。
 しばらくして少し靜まると、再びなまけた連續した調子でぱら/\。

 思ひ切つて障子を開けた。
 池はひつくりかへつても居らず、羽目板も落ちず、月は形は見えないが光は眞白にさして居る。
 とばかりで、何事も無く手早く又障子を閉めた。
 音はかはらず聞こえて留まぬ。
 何だか屋根のあたりで頻りに礫を打つやうな音がした。ぐる/\渦を卷いちやあ屋根の上を何十ともない礫がひよい/\駈けて歩行く樣だつた。

 一週間經つた。
 黄昏は少し風の心持ち、私は熱が出て惡寒けがしたから掻卷にくるまつて寢てゐた。
 眠くはないのでぱちくり/\目を明いてゐても物は幻に見える樣になつて天井も壁も卓子の脚も段々消えて行く心細さ。

 枕頭へ……ばたばたといふ跫音。
 ものの近寄る氣勢ひがする。
 枕をかへして頭を上げた。
 が、誰れも來たのではなかつた。
 ちうちう鳴く奴等かしらん?
 怖ひ。

 しばらくすると再び、しと/\しと/\と摺足の輕い譬えば身體の無いものが踵ばかり疊を踏んで來るかと思ひ取られた。
 また顏を上げると何にも居らない。
 其時は前より天窓からの景色が重く見えた。
 顏を上げるが物憂かつた。

 繰返へして三度、また跫音がしたが其時は枕が上がらなかつた。
 室内の空氣は唯彌が上に蔽重つて、おのづと重量が出來きて壓へつけるやうな重さ。
 鼻も口も切なさに堪へられず、手をもがいて空を拂ひながら呼吸も絶え/″\に身を起こした。
 足が立つと思はずよろめいて向うの襖へぶつかつたのである。
 其のまゝ押開けると、襖は開いたが何となくたてつけに粘氣りけがあるやうに思つた。
 此處では風が涼しからうと、其れを頼みに恁うして次の室へ出たのだが矢張り蒸暑い。
 押覆つたやうで呼吸苦い。
 最う一つ向うの廣室へ行かうと、あへぎ/\六疊敷を縱に切つて行くのだが瞬く内に凡そ五百里も歩行いたやうに感じて、疲勞して堪へられぬ。
 取縋るものはないのだから、部屋の中央に胸を抱いて、立ちながら吻と呼吸をついた。

 かの恐しい所から何の位ゐ離れたらうと思つて怖々と振返へると、ものの五尺とは隔たらぬ私の居室から不気味な気配がする。
 ちうちう鳴く奴等ぢゃない!
 大きな蒼白い不気味な何か!
 薄ぼんやりと揺ら揺らふらふらとゆつくり近づいてくる!

 思はず駈け出した私の身體は疊の上をぐる/\まはつたと思つた。
 其のも一つの廣室を夢中で突切つたが、暗がりで三尺の壁の處へ突當つて行處はない。
 此處で恐しいものに出遭うのかと思つて、あはれ神にも佛にも聞こえよと泣き叫んだ。
 恐しいものに出遭つた時に唱えるやうに教えられていた呪文を叫んだ。
 そして熱に魘されながら叫んでいた私は其の儘気絶した。

 其の時、何が現れたのか知らない。
 熱に魘されていたので幻を見たのかもしれない。
 禍々しき昏いぼんやりとした蒼白い何か。



 気絶していた狐は家の者に起こされた。
 其処にはもう禍々しき昏い蒼白い何かはいなかつた。
 其の時以来、禍々しき昏い蒼白いものを見ていない。
 呪文が効いたのかしらん?

 でも時々、暗闇の中に奇妙な気配を感じる時がある。
 闇の中で息を殺し此方をぢつと見る不気味な気配。
 そんな時は其処から直ぐに離れるやうにしている。




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『マックス&エリー 15歳、ニューヨークへ行く!』

2020年07月08日 16時52分28秒 | 映画・ドラマに関する日記
 昨日の夜は、映画『マックス&エリー 15歳、ニューヨークへ行く!』のDVDを観ていました。

 1962年。
 アメリカのカリフォルニア州の田舎町で暮らすエリーは、交通事故で母親を亡くしてしまう。
 父親はショックで仕事に身が入らない。
 幼い兄弟の世話をしながらエリーは落ち込んでいた。

 ある日、エリーは親友のマックスから母親の憧れの人・ルーズベルト元大統領の夫人エレノアからの手紙を受け取る。
 2人はエレノアに会いにニューヨークへ行くことにした。
 カリフォルニアからニューヨークへは3000マイルあるのだが……。

 監督は、ケビン・コノリー。
 出演者は、イザベル・ファーマン、リアナ・リベラト、ジョエル・コートニー、ジョシュ・ルーカス、ルーク・ウィルソン、ジェシカ・アルバ、パトリック・シュワルツェネッガー、など。



 少女2人のニューヨークまでの珍道中を描いたコメディです。
 レトロでお洒落なコメディでありました。
 面白かったですよ。
 楽しめました。


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信用は鏡の硝子のようなものである。ひびが入ったら元通りにはならない。

2020年07月08日 15時20分08秒 | その他の日記
 以下の文は、中央日報日本語版の『韓国企業、過去に中国に米国製「レーダー部品」販売…最近公開された理由は?』と題した記事の転載であります。



『韓国企業、過去に中国に米国製「レーダー部品」販売…最近公開された理由は?』中央日報/中央日報日本語版 2020.07.08 08:02



 京畿道城南市(キョンギド・ソンナムシ)に本社がある通信・ネットワーク会社A社は2013年5月、米国で生産された電力・電波増幅器を購入した。
 中国に輸出するための流通業務だった。

 問題は米国がこの増幅器を戦略物資に指定し、中国など特定国に輸出されるのを統制している点だ。
 対空ミサイル(Antiaircraft Missile)レーダーなどの部品として使用される可能性があるからだ。

 しかしA社はこの増幅器の最終使用場所を韓国または香港として虚偽書類を作成し、通関当局に提出した。
 韓国のある公共機関が使用することになったという内容の書類も添付したが、虚偽であることが調査で分かった。

 米検察はA社が翌年までこうした手法でおよそ20回にわたり計81万ドル(約8730万円)分の統制物資を搬出したと見なした。
 そしてA社と同社のB代表を武器輸出統制法(Arms Export Control Act)違反容疑などで米裁判所に起訴した。

 こうした内容の起訴状を米司法省がワシントン連邦地裁の承認を受けて最近公開したことが8日、確認された。
 非公開文書に指定されてから3年後だ。

 この起訴状が公開され、韓米2国間貿易関連法律諮問市場で話題になっている。
 ワシントンに事務所を置くローファームのコブレ&キム(Kobre&Kim)のパク・サンユン弁護士は中央日報との電話で「米国で起訴状が公開されるのは異例ではない」としながらも「ただ、公開の時点とその事由に注目する雰囲気がある」と伝えた。

 パク弁護士は「実際、米現地では中国・イラン地域への関連物資搬出事件の捜査・裁判が多数進行中であり、一部の事件で弁護人として活動している」と話した。
 国内ローファームのC弁護士も「米中貿易紛争の中で、中国に物品を搬出する企業に対する集中調査が始まる信号という見方がある」と伝えた。
 米国が韓国企業に対する戦略物資搬出取り締まりを強化する過程で、A社の事件に対する後続処理協力を韓国政府に要請し、その結果を受けた米司法省が起訴状を公開する可能性があるという分析だ。

 実際、米司法省は起訴状公開申請書に「該当事件に対する調査内容は韓国で刑事事件手続きが進行される過程を通じて公論化された」と書いている。
 こうした公開事由は異例というのがパク弁護士の説明だ。
 この事件に関する韓国法務部・検察の公式発表はなかった。
 A社側は「米国から関連の連絡を受けたことはない」という立場だ。

 パク弁護士は「米司法省の立場では、A社代表など関係者の身柄を確保できず、韓国側に関連情報を移管した後、後続状況に関する通報を受けたことを公開申請の事由に書いた可能性がある」とし「疑問はA社の事件1件だけのための協調なのかということ」と話した。

 これを受け、こうした米当局の集中調査が中国と活発に事業をする国内企業の活動に支障を与えるのではという懸念も出ている。
 C弁護士は「実際、最近の米中対立政局で米国政府の標的調査を受けたと訴える依頼人がいる」とし「米国を舞台とする韓国の貿易関係者に警戒心が生じている状況」と伝えた。

 法律市場のこうした解釈と似た意見が学界からも出ている。
 チョン・インギョ仁荷大学国際通商学科教授は「韓国が中国と密接な関係を持つという見方が米国社会に存在するため、米中対立状況で韓国企業に対する米当局の取り締まりの強度が強まるという解釈が可能だ」と述べた。
 続いて「取り締まり事例が米当局内部で公論化されれば、通関手続きが強化されて追加の摘発件数が増え、監視がさらに強まるという悪循環を警戒する必要がある」と話した。
                             転載終わり。


 つまり、韓国政府は戦略物資の管理がまるでできていないということになります。
 戦略物資の管理が出来ない国に野放図に物資を輸出すると軍拡競争を促進させることになります。
 そして、核兵器を作る際に必要となる物資を戦略物資が管理できない国に輸出すると、世界中に核兵器が拡散してしまう恐れがあります。
 このような国に対しては、輸出管理の強化をしておく必要があります。


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織女し 船乗りすらし真澄鏡 清き月夜に雲たちわたる

2020年07月07日 23時36分05秒 | 季節の御挨拶
 本日7月7日は、持明院統の光厳天皇が京都に復帰した後醍醐天皇によって廃位された日で、ルーアンで25年前のジャンヌ・ダルクの処刑裁判の判決破棄が宣言された日で、武田晴信が父・信虎を甲斐から追放した日で、フランスの私掠船によるアメリカ商船への攻撃を受けてアメリカ議会がフランスとの条約を破棄した日で、華族令が制定された日で、岩崎彌太郎が工部省長崎造船局の払下げを受けて長崎造船所として造船事業を始めた日で、ハワイのアメリカ合衆国への併合・ハワイ準州の設立を定めたニューランズ決議が発効された日で、盧溝橋事件が起こった日で、日本で奢侈品等製造販売制限規則が施行された日で、サイパン島の日本軍守備隊が玉砕した日で、名古屋市中区大須で共産党名古屋市委員会が計画して朝鮮人の組織である祖国防衛隊とも連携しながら実行に移された無届デモのデモ隊が周囲に火炎瓶を投げつけて大須地区が大混乱に陥った大須事件が起こった日で、ソロモン諸島がイギリスより独立した日で、ロンドン同時爆破事件が起こった日で、七夕です。

 本日の倉敷は雨でありましたよ。
 最高気温は二十四度。最低気温は二十二度でありました。
 明日は予報では倉敷は晴れとなっております。




 今日は七夕ですね。
 織姫と彦星が万座の前で公開プレイをする日で、願い事を書いた短冊や飾りを笹の葉に吊るしてお星様に願い事をする日だそうです。
 私も短冊にお願い事を書こうと思ったのですが、お願い事があまりに多すぎて一つに絞れません。
 私の中の幾千幾万の私が一斉にそれぞれ自分勝手に様々な欲望に塗れたお願いを申し立てるのです。
 私の脳内評議会でお願い事を1本化すべく協議を重ねたのですが、まとまる気配はありませんでした。
 「それならばいっそ『望みが全て叶いますように』という案なら如何?」と提案した莫迦もいましたが、「虫がよすぎる」と却下されました。


 私は欲深い人間です。
 お星様。
 出来ることなら欲深い私を、慾はなく決して怒らずいつも静かに笑っている、一日に玄米二合と味噌と少しの野菜を食べ、あらゆる事を自分を勘定に入れずに、よく見聞きし分かりそして忘れず、野原の松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋にいて、東に病気の子供あれば行って看病してやり西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い南に死にそうな人あれば行って恐がらなくてもいいと言い北に喧嘩や訴訟があればつまらないからやめろと言い、日照りの時は涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き、みんなにでくのぼうと呼ばれ、褒められもせず、苦にもされず、さういふ人間にして下さい。
 お願いします。


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『夜行』/森見 登美彦

2020年07月07日 22時15分16秒 | 小説・本に関する日記
 昨日の夜は、森見登美彦の小説『夜行』を読み返していました。

 十年前。京都で学生時代を過ごしていた主人公は英会話教室の仲間六人で鞍馬の火祭を観に行った。
 鞍馬の火祭の最中、仲間の一人である長谷川さんは突然姿を消した。彼女はそのまま行方不明となった……。
 十年後。久しぶりに残りの五人は再び鞍馬の火祭を観に行くことにした。 
 ひとまず宿に入り、食事を取りながら近況を語り合う。
 主人公が偶然入った画廊で岸田道生という画家の「夜行」と題された一連の銅版画を見たという話から、それぞれが旅先で出会った不思議な経験を語りだし……。



 森見登美彦の『きつねのはなし』や『宵山万華鏡』の路線の怪異譚です。

 静かで端正で落ち着いた文章。
 不気味で寂しくて物悲しくて怖い。
 何が起こっているのか分からなくて不安になる。
 世界は私達の知らないことで満ちていてそして突然知らない世界に連れていかれてしまうこともある。
 そんなお話です。



 謎は謎のままごろんと投げ出されていて謎解きがない。
 それが不気味さを呼び……。
 そして最後に森見登美彦お得意のアクロバティックな展開がなされ、それでも謎は謎のまま不思議な余韻で終わるのです。

 ぐいぐいと加速して疾走するのではなく、静かに静かに不気味さを増しながら私達に迫るのです。


 妖しく怪しく寂しく怖く美しい夜のお話。
 面白いですよ。
 堪能いたしました。



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「何故共産主義には独裁が出て来てしまうんでしょう? 酷い矛盾ですよね」「共産主義が無謀な理論だからですよ。無謀な理論を理性で説得するのは無理で力と恐怖で押さえるしかない。だから独裁しかありえない」

2020年07月07日 22時14分27秒 | その他の日記
 共産主義は、社会を構成する人達が生産した富を社会で構成する人達全員で平等に分配することで平等な社会を作ろうとします。
 しかし、生産された冨の内で数値化できないものや数値化することが難しいものには対応することが出来ないので平等に分配することは不可能となります。

 長い間に多くの人の目に晒されて評価されて評価が決まっていくもの。
 研鑽の末に可能となる技術を使って作られたもの。
 芸術やサービス業や音楽や思想や宗教や文化に関わること。
 それらの数値化することが難しい富に対しては共産主義では平等に分配することは不可能となります。

 しかし、共産主義体制では数値化することが難しい富も平等に分配せねばなりません。
 なので、数値化することが難しい富は共産党が勝手に評価して分配していきます。
 そうなれば、当然、人々の間で不満が出てきます。
 数値化されにくい冨は各々の人が評価するしかなく、その評価は多くの人の評価が集積したもので決定するしかないからです。勝手に共産党が評価を下したならば多くの人に不満が生じます。
 不満が出るのであれば、公平に平等に分配したことにはなりません。
 それでは共産主義に反することとなってしまいます。
 共産党が共産主義に反することをしてしまう。ということになります。


 この命題に共産主義の人達は今のところ何も回答を出せていません。




 共産主義は多くの矛盾を抱えた主義で、上に上げた例は一例に過ぎません。
 理論的に無理が生じる考え方で、矛盾を解消する為の理論の再構築はいまだ成されていません。
 宗教の一つと考えるならば成立しますが、経済理論や社会体制の理論として考えるならば無理があります。





 人が生み出す富には数値化できないものや数値化しにくいものがあります。
 それらが数多く豊かに存在している社会こそ豊かな社会です。
 ある人にとっては全く役に立たないものが数多く存在することが出来る。多くの選択が可能な社会。そのような社会こそが豊かな社会だと私は思うのです。

 ある集団が決めた価値観しか存在することが出来ない共産主義国家のような社会はまっぴらごめんだし、そのような社会では私のような人間は生きていけないだろうな、と思うのであります。



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気高き空。高らかに弱さを叫び、身に纏った誇りを捨ててしまおう。

2020年07月07日 13時02分34秒 | 休日の日記
 本日は私はお仕事がお休みの日であります。
 一日中お部屋の中でだらだらしたかったのですが、今日はこれからお出かけしてきます。
 何とか張り切って頑張ってお出かけしよう。と思っているところなのでございます。


 では皆様。
 素敵な火曜日をお過ごしくださいませ。


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松明花(モナルダ)その13。

2020年07月06日 23時56分18秒 | お花に関する日記
 本日7月6日は、テーバイを中心とするボイオティア同盟軍がスパルタを中心とするペロポネソス同盟軍を破った日で、北条泰時・時房の鎌倉幕府軍が後鳥羽上皇方を破って京都を占領して常駐を始めた日で、トマス・モアが外患罪で処刑された日で、寛政異学の禁がはじまって昌平坂学問所で朱子学以外の学問の教授が禁じられた日で、ルイ・パスツールが自身が開発した狂犬病ワクチンを初めて人間に接種した日で、ハワイ王国国王カラカウアがアメリカ系移民の蜂起に押されてアメリカ人の権利を大幅に認めハワイ国民の権利を奪う銃剣憲法に署名した日で、日本統治下の台湾・台南庁で抗日武装蜂起が起こった日で、ファイサル・イブン・フサインと英軍将校トーマス・エドワード・ロレンス率いるオスマン帝国への反乱軍がアカバを奪取した日で、安田善次郎寄付による東京大学安田講堂が完成した日で、社会大衆党が解党して大政翼賛会に合流した日で(社会主義者が陸軍統制派や革新官僚に迎合・接近して国家全体主義の社会を作っていったのだけれどもそのあたりのことは日本の今のリベラルの人はスルーしてるよね。都合の悪いことをスルーするなら信用されないよ)、行方不明となっていた国鉄総裁の下山定則が轢死体で発見された日で、終戦を知らずにマリアナ諸島アナタハン島で暮らしていた元日本兵19人と女性1人が帰国した日で、日比両政府がフィリピンのモンテンルパ刑務所に収監されていた日本人戦犯106名の減刑・釈放に合意した日で、東京・天王寺の五重塔が放火心中により焼失した日で、リクルートコスモスの未公開株の譲渡先が首相の竹下登ら政府・自民党要人に及んでいたことが判明した日です。

 本日の倉敷は雨でありましたよ。
 最高気温は二十五度。最低気温は二十三度でありました。
 明日も予報では倉敷は雨となっております。お出かけの際はお気を付けくださいませ。





 上の写真に写っているお花は、「松明花(モナルダ)」です。
 松明花のお花に関しては、2019年6月15日の記事2018年6月22日の記事2017年6月16日の記事2016年6月11日の記事2015年5月29日の記事2014年6月14日の記事2013年6月13日の記事2012年6月22日の記事2011年6月17日の記事2010年6月23日の記事2009年6月20日の記事2008年6月22日の記事もよろしかったらご覧くださいませ。
 2019年と2018年と2017年と2016年と2015年と2014年と2013年と2012年と2011年と2010年と2009年と2008年の松明花のお花の記事です。


 松明花のお花の花言葉は、「燃えるような恋」です。


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花は一瞬にして咲かない。大木も一瞬にして大きくはならない。一日一夜の積み重ねの上にその栄光を示すのである。

2020年07月06日 23時18分36秒 | サッカーに関する日記
 昨日は明治安田生命J2リーグの第3節の日。
 我らがファジアーノ岡山は、アウェのヤマハスタジアムでジュビロ磐田様と対戦でありました。
 試合結果は、1-1でありました。
 得点したのは、清水 慎太郎選手であります。


 いまだ負けは無し。
 よいですよよいですよ。
 リーグ戦は勝ち点の積み重ねで順位が決まります。
 粘り強く勝ち点を重ねていきましょう。

 次はホームでの試合です。
 楽しい試合を期待していますよ。



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『海に降る』/朱野帰子

2020年07月06日 22時37分38秒 | 小説・本に関する日記
 昨日の夜は、朱野帰子の小説『海に降る』を読み返していました。

 JAMSTEC・海洋研究開発機構に勤務している天谷深雪は、有人潜水調査船「しんかい6500」のパイロットを目指している。
 しかし閉所恐怖症を発症して「しんかい6500」の乗れなくなってしまう。
 同じ時期、海洋研究開発機構の広報部に中途採用で新人が入ってきた。
 新人の高峰浩二は、深海生物学者の父親が18年前に見た未確認深海生物を見つける為に「しんかい6500」に乗ることを目的として海洋研究開発機構の中途採用に応募した、と言う……。
 しかし、広報部の人間が「しんかい6500」に乗って深海に潜ることができる可能性はほとんどない……。

 宇宙飛行士よりも遥かに数が少ない深海のパイロットを主人公にした深海探査にまつわるお話です。
 TVドラマになっているようですね。TVドラマはまだ観ていません。



 世界には未知なるものが溢れている、と思わせるわくわくするようなお話です。
 そして、私達が使っている様々なものは多くの人が綿々と受け継いだ技術の賜物で、その技術やノウハウや知識や見識は易々と失われてしまう可能性がある、と教えてくれるお話です。
 夢を目指すこととその先にあるものについてのお話でもあります。

 停滞すれば様々なものが失われていきます。
 過去から延々と受け継いできた様々なものも停滞すれば簡単に途絶えてしまう可能性が高くなります。

 わくわくするお話でありました。
 そして私達には大きな大きな可能性がまだまだたくさんあることを教えてくれるかのようなお話でありましたよ。

 面白いですよ。
 お勧めです。



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ストケシアその9。

2020年07月05日 23時51分55秒 | お花に関する日記
 本日7月5日は、フランスとスコットランドがイングランドに対抗するための同盟を結成した日で、アイザック・ニュートンの『自然哲学の数学的諸原理』が刊行された日で、ベネズエラがスペインからの独立を宣言した日で、水戸藩脱藩の攘夷派浪士がイギリス公使ラザフォード・オールコックらを襲撃した事件が起こった日で、姉小路公知が暗殺された日で、カメルーン全土がドイツの勢力下に置かれた日で、陸軍軍法会議が磯部浅一ら二・二六事件の軍関係者17人に死刑判決を出した日で、イギリスとフランスのヴィシー政権が国交断絶した日で、朝鮮戦争で烏山の戦いが行われた日で、アルジェリアがフランスより独立した日で、中華人民共和国総書記のダン・シャオピンとソ連首相のニキータ・フルシチョフが会談(イデオロギー論争で対立し7月20日に会談は決裂)した日で、パキスタンでムハンマド・ジア=ウル=ハク将軍がクーデターを起こしてズルフィカール・アリー・ブットー首相ら閣僚を逮捕した日で、スコットランドで世界初の哺乳類の体細胞クローンである羊・ドリーが生まれた日で、モスクワ郊外のコンサート会場でチェチェン独立派テロリストによる爆破テロ事件が発生した日で、北朝鮮によるミサイル発射実験が行われた日で、中華人民共和国新疆ウイグル自治区ウルムチ市でウイグル人住民が漢族住民・武装警察と衝突して多くの死亡者を出した2009年ウイグル騒乱が起こった日です。

 本日の倉敷は曇りでありましたよ。
 最高気温は二十八度。最低気温は二十二度でありました。
 明日も予報では倉敷は雨となっております。お出かけの際はお気を付けくださいませ。



 上の写真に写っているお花は、「ストケシア」です。
 ストケシアのお花に関しては、2019年6月14日の記事2018年6月14日の記事2017年6月12日の記事2015年6月5日の記事2014年6月21日の記事2012年6月16日の記事2011年6月21日の記事2010年7月2日の記事もよろしかったらご覧くださいませ。
 2019年と2018年と2017年と2015年と2014年と2012年と2011年と2010年のストケシアのお花の記事です。

 ストケシアのお花の花言葉は、「追憶」或いは「清楚」です。


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『マン・アップ!』

2020年07月05日 22時55分00秒 | 映画・ドラマに関する日記
 昨日の夜は、映画『マン・アップ!』のDVDを観ていました。

 主人公のナンシーは数年前に彼氏と別れてから恋愛に対して臆病になり積極的になることができずにいる。
 そんな彼女が、ある日、誤解からある男性のデートの相手と間違われてしまう。
 その男性は友人に女性を紹介されてその女性に初めて会う。ナンシーが持っていた本と同じ本が目印だった。

 ナンシーは誤解を解こうと思ったが、気が合いそうな彼との出会いを不意にするのがいやで、彼のデートの相手と偽る。
 二人は楽しい時間を過ごす……。
 のだけれども……。

 監督は、ベン・パーマー。
 出演者は、サイモン・ペッグ、レイク・ベル、ロリー・キニア、ケン・ストット、ハリエット・ウォルター、オリヴィア・ウィリアムズ、シャロン・ホーガン、オフィリア・ラヴィボンド、スティーヴン・キャンベル・ムーア、ポール・ソーンリー、ディーン=チャールズ・チャップマン、など。
 ロマンティック・コメディ映画です。



 中盤あたりまでで気になりそうなことを終盤できちんと潰しているのですっきり。
 面白かったですよ。
 楽しめました。


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仙翁(センノウ)その11。

2020年07月04日 23時47分27秒 | お花に関する日記
 本日7月4日は、サラーフッディーンによりエルサレム王国の十字軍が壊滅した日で、新田義貞が鎌倉に攻め込み鎌倉幕府が滅亡して北条高時ら一族約800人が自刃した日で、湊川の戦いが行われた日で、江戸幕府が第3次鎖国令を発布した日で、アメリカ独立宣言が公布された日で、戊辰戦争で上野戦争が行われた日で、サンフォード・ドールがハワイ共和国の建国を宣言した日で、第二次日露協約が調印されて日露両国が満洲での権益の確保を確認した日で、メフメト6世がオスマン帝国の皇帝に即位した日で、自民党の竹下登幹事長が経世会を発足させた日です。

 本日の倉敷は雨が降ったりやんだりしていましたよ。
 最高気温は二十四度。最低気温は二十度でありました。
 明日は予報では倉敷は曇りとなっております。



 上の写真に写っているお花は、「仙翁(センノウ)」です。
 仙翁のお花に関しては、2019年6月12日の記事2018年6月20日の記事2017年6月15日の記事2016年6月9日の記事2015年6月7日の記事2014年5月23日の記事2013年8月8日の記事2012年5月29日の記事2011年7月21日の記事2008年7月29日の記事もよろしかったらご覧くださいませ。
 2019年と2018年と2017年と2016年と2015年と2014年と2013年と2012年と2011年と2008年の仙翁のお花の記事です。




 仙翁のお花の花言葉は、「孤独」・「機転」・「恋のときめき」です。


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