舞い上がる。

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ちひろBLUESこと熊谷千尋のブログです。

映画「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」観てきました。

2020-08-30 23:31:49 | Weblog


8/30(日)、ユナイテッド・シネマ新潟で「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」を観てきました。
新潟市内では、ユナイテッド・シネマ新潟のみでの上映。





予告編はこちら。



第二次世界大戦前の時代、イギリスのジャーナリスト、ガレス・ジョーンズが世界恐慌の時代に繁栄するソ連の資金源という謎を調べるために現地に向かい、そこで地獄のような真実を目撃する、という実話を元にした映画。
スターリン政権下の社会主義のソ連の民衆への弾圧と搾取、それを巧みに隠蔽する情報操作の恐ろしさ、さらにその中でジャーナリストとしてどうあるべきかさえも描いたという、非常にハードで社会派な内奥でした。

ジョーンズはヒトラーに取材経験があり、力を持ち始めたヒトラーの脅威を主張するが、誰も聞く耳を持たない、という場面が冒頭に登場します。
そこで、ヒトラーが力を持つ前にソ連を味方につけ対抗するために真実を知っておく必要がある、と思ったのがそもそもの彼がソ連を取材しようと思った動機でした。

しかし、ヒトラーの独裁政治もさることながら、実際にソ連で目撃したスターリンの恐怖政治は想像をはるかに超える地獄だったという衝撃に彼は直面することになります。
ヒトラーの恐怖を描いた映画は多いですが、スターリンの恐怖を描いた映画は個人的にあまり見たことがなかったので、僕自身もジョーンズと同じような衝撃を感じることができました。

そもそも、最初に彼はモスクワに向かうのですが、この時点から様々な不穏な要素が満載です。
イギリスからモスクワにかけた電話が重要な会話の時に切れる、モスクワに到着してもビザでは一週間の滞在予定のはずなのにホテルが2日しか予約されていない、そのホテル以外の場所への宿泊は禁止されている、現地で出会った人が監視されている、などなど、明らかに隠蔽と情報操作がなされているのです。

しかも記者達は政治に対する批判をまったくせずに、寧ろ自宅をアヘン窟みたいにして乱交パーティみたいなことばかりしているという、バブルみたいな状況になっている。
明らかにこの状況はおかしいと思ったジョーンズは独自に調査を開始すると、友人の記者が不審な死を遂げたことを知り疑惑は確信に変わっていく。

さらに、都市部のモスクワではなく地方のウクライナにこそ隠された秘密があるという部分までは知るのですが、そこには旅行が禁止されていて、真実に辿り着けないままイギリスに帰されてしまう。
それでも、事態の深刻さを知った彼はどうしても自分はジャーナリストとして真実を知る必要があると思い、今度は監視の目をかいくぐり非合法でウクライナを訪れます。

そこで彼が目撃したのは、民衆は強制労働と搾取によっていつ死んでもおかしくない貧困に追いやられ、道端では人がバタバタ死んでいくのに誰も気にも留めず、しかもそれがすべて隠蔽されて偽りのソ連の繁栄が築かれていたという地獄のような現実だったわけです。
中でも、そんな状況で人々が生き延びるためにとった手段というのが普通の常識では考えられないような衝撃的なもので、実際そこでジョーンズは精神崩壊レベルで苦しむわけですが、詳しくは書かないけど塚本晋也監督の「野火」を思い出すほどの衝撃でした。

しかも彼はスパイとして追われる身となり、命懸けで奔走することとなるのですが、ソ連の権力者による汚すぎる脅迫で完全に精神的に支配されてしまい、正義感の強いジョーンズの心が折れる様は見ていて本当に切なかったです。
しかも、モスクワの記者もそうだし、イギリスに帰ってからもジョーンズはプロパガンダ記事を書けと強制されるという、権力の前でいかにジャーナリズムは無力なのかという現実に直面させられてしまいます。

それでもジョーンズは、真実を伝えるというジャーナリズムを守るために奔走することになるわけですが、詳しくは書きませんがいわゆるハッピーエンドでは全然ないわけです。
それでもひたすら重苦しい2時間の映画の中で、終盤の5分くらいだけはちょっとだけ報われた気持ちになる展開もなくはないのですが、それもつかの間で、どうしてあんなに命懸けで取材した彼がこんな目に…みたいなとにかく切ない映画なんですよね。

だから、とにかく重苦しく悲しい気持ちなる映画なんですけど、何が悲しいってこれがフィクションではなく実話を元にした映画ってことなんですよね。
普通の映画だったら何らかのカタルシスが最後にあって報われてもいいようなところを、ひたすらジョーンズを突き放し続けるような結末を迎える映画になっていて、これが戦争を前にしたジャーナリズムの現実なのかとまったく救われない気持ちになってしまいました。

とはいえ、考えてみれば、当時のソ連の地獄のような真実が現代では明るみになり、こうしてこんな映画が作られているのも、ジョーンズという人物がいたからに他ならないと思うのです。
なので、確かにジョーンズ一人の力では恐怖政治や戦争は止められなかったとしても、二度とああいう悲劇を繰り返さないためにこうして映画によって真実を伝える人達が現代にはいることもまた事実であり、この映画そのものが彼への追悼となっているのかなと思いました。
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