舞い上がる。

日々を笑い、日々を愛す。
ちひろBLUESこと熊谷千尋のブログです。

人は誰しも語り部で、僕達は未来の歴史を生きている。

2022-06-11 23:38:49 | Weblog


6/10(金)、夜景が似合うちひろBLUESです。



突然ですが、いわゆる「オタク」って、流行や周りの意見に左右されずに自分が好きになった作品をとにかく愛する人、だと思っていたんだけど、学生時代に当時ちょっと流行っていた「オタク」という人達の世界に入ったらその中にまた流行り廃りがあることを知りました。
当時「オタク」の人達が敵視していた「リア充」という人達の世界と、基本的に何も変わらないと思ったんですよね。

しかも、あれから10年以上が経ち、SNSが登場してからはその流行り廃りの速度が凄まじく加速している印象があって、一年どころか一ヶ月どころか下手したら一週間くらいで流行が変わったりするわけです。
そんな流行に人間が左右されまくる時代に、もしも自分が好きになったものを好きでい続けられるとしたら、もうそれは才能だろと思うんですよね。

で、僕はそういう流行にまるで左右されない人間で、アニメはそれなりに好きで見るのですが好きになる作品のツボがことごとくいわゆるアニメオタクの人達の流行と合わず、流行っているアニメがまったく分からないのです。
それで、2018年に「やった!ついに『フリクリ』が映画化!」とか、2020年に「『うちのタマ知りませんか』が16年ぶりに新作!」とか、たいしたブームにもならなかったアニメに一人で盛り上がっていたわけです。

でも、そういうところが僕の才能だし、僕のチャームポイントなわけです。
みんなが同じものしか好きじゃなかったら面白くないので、これからも自分なりの視点で自分の好きなものを好きだと言い続けて生きていこうと思います。

そして、自分の表現活動も周りの流行に左右されずに、とにかく好きなことを貫きたいと思っています。
まあでも、こういう自分の表現、自分の生き方を見付けられたのも本当に最近のことで、それまでは本当に周りにも振り回された詩たくさん迷ったりもしましたが、それでよかったと思っていました。

今の若い人達って、SNSがあればいくらでも自分の作品を発表できるの羨ましいですが、若い天才みたいな人達がいくらでもいるから無駄に自分と他人と比べてしまって劣等感とか持ってしまうかもしれないですよね。
もっとじっくり色んなことを迷ったり勉強したり吸収したりして、時間をかけて作品を作ってもいいんだぜと、大人の僕は思います(僕自身がそうだったので、僕は時間かけすぎかもしれないけど)。

例えば最近、Twitterを見ていたら、日本型のアイドルビジネスと世界の音楽市場の比較みたいな話が出てきたのですが、そういう話はその分野に詳しい人達に任せて、僕は新潟でカナビスのあやちむという人物を掘り下げるという、自分にしか専念したいと思ったわけです。
これぞまさに、堀潤さんが言っていた「小さな主語」ってヤツですよ。

自分がSNSやブログ、トークイベントをやっているのは、自分の人生や周りの文化を記録に残すためにやっている部分が大きいです。
しかし、だからと言って全部を記録に残せるわけではなく、公にできない出来事も色々あるわけで、そういうものは口承で伝えていくしかないと思うので、自分は現代の語り部になりたいと思っているんですよね。

これだけスマホやSNSが普及して誰もがあらゆる記録を残せる時代になっても、それには限界があり、その時代にその場所にいた人でないと知り得ないものがほとんどだと思うんです。
でも例えば、僕が尊敬する作家である、画家で作家の瀬尾夏美さんと映像作家の小森はるかさんが東北の被災地でしている創作活動なんかは、記録に残らないものを記録に残す作業で、芸術にはそういう力があると思うんです。

それから思ったのは、プロインタビュアーの吉田豪さんのサブカルチャー周りの歴史的な証言を集めるライフワークや、今年亡くなった有名なアイドルオタクのつまさんの「記録がないものはなかったことにされるから誰かが記録に残す必要がある」という言葉とかは、アニメ「平家物語」の主人公びわが、平家の人達の栄枯盛衰を未来に語り継いでいくようなものだと思うのです。
人は誰しも語り部で、僕達は未来の歴史を生きているわけです。そう、このブログもまた…
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