お寺の前にある掲示板に、時々面白いものがありますよね。
タモリ倶楽部でそんなお寺の標語特集をやっていたので、書いてみました。
かな書きの習性なのか、右下に流れていきます。
そうなると、一気にオシャレ感が出てしまうので、なんとか、ぶれるように書きました。
つまり『迷い』を演出したわけです。
内容が上から目線なので、教養あるように感じられても困ります。
何度も書いているうちに、ヘタウマな書体になっていきます。
ヘタウマな文字を何度も書いていると、馬鹿らしくなってくるのですが、経験上、そこはぐっと耐え忍んで続けていくと、なんとなくまとまっていきます。
ところがそのまとまり感があざとくなりすぎると、威圧感が出てしまうので、なんとなくおさまりがいい感じ、のところでやめるのがコツかもしれません。
つまり、未完成で良いのです。
それではもう一つ、未完成作品を(^○^)
私は大酒飲みではないのですが、大酒飲みの気持ちになって書いてみました。
シラフの時に見ても、酔っている時に見ても、ホッとする内容が、禅語のそばにいるような気にさせてくれます。
それを文字と散らしで表現するのに、少し苦労しました。
最初に書いたのはこんな感じ。
インパクト、無いですよね(苦笑)
売れなかった作家の作品がテレビで紹介された途端に突然売れだして、急遽設定したサイン会で表3あたりに書いた言葉、って感じ?
売れない作家であった事がよくわかる文字面です。
つまり、書いた本を第三者が読むことは意識しているけれど、それによって読んだ人の人生を一瞬でも変える力がある事を、本人が意識していない文字面なのです。
日記ならそれで良いですし、教科書への落書きでもそれで良いのですが、対価を払って本を購入する人の期待以上のものを書いてやろうという気概がないのです。
こういう商業作家は、売れない。
文学は面白ければ良いのでありますから、純文学であってもそれは売れないのであります。
とは言うものの、私が書いたお寺の標語は、内容はさておき、多くの人に受け入れられなければならない命題があります。
インパクトもほしいし、深みもほしいけれど、あざとすぎるのはNG
書いてみて、分かりました。
お寺の標語を書くのは難しい、、、、
いつかまた、チャレンジしてみたいと思います。