■ハビヤン不千斎の「内なる基準」は、ハビヤンが編集した【ハビヤン抄・平家物語】に明示され、かれの思想家としての正体が隠されている。日本教の本質が凝集し、日本教徒の論理が露顕している
■ハビヤンの平家物語は、冒頭の極めつけの数行をバッサリ切り捨てる
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如し」
この数行に結晶している、「平家物語」の主題を抹殺してしまう
■その瞬間からハビヤンの「平家物語」はまったく別の旋律を奏ではじめる
【驕りを極め、人を人とも思わぬ者はやがて滅びる。世の中が「諸行無常」だからなのではない。「盛者必衰」という運命の風が吹くからではない。そのような言説はたんなる思考の放棄にすぎない
人を人とも思わぬ罪を犯した者が滅びるのは、はっきりした滅亡の原因があるからだ
清盛こそ、驕りを極め、それがもとで滅んでいった典型的な人間である。なぜなら後白河院からの過分の恩を受けて太政大臣にまで成り上がったにもかかわらず、その可分の恩を忘れ、院に反逆する悪行を犯したからである
この世は過分の恩と、それに報いる返済の行為によって秩序が保たれている。過分の恩に対する返済の行為が伴わないとき、人間の基本的な関係は崩れ、社会の秩序が破れる】
■この世は、恩を基準にした合理的な賃貸関係の世界。人間誰しも【恩という債務】を負っている。それを【人間相互債務論】という
人は誰しも【恩を受けた】と債務を感じなければならないが、【恩を施した】と権利を要求してはならない
ハビヤン版平家物語に展開される恩論の基本構造は、一方通行的な人間相互債務論にある。債権の意識を排除して無限の債務を背負い続ける人間のあり方である
■清盛は、後白河院こそ平家に恩があるといい、債権のみを主張した。出世させてもらった過分の恩を忘れ、鬼になりはてたところに、清盛の滅亡の原因が潜んでいる
「人を人とも思わぬ罪」によって滅んだのだ
■恩が真に生きている世界というのは、債権なき一方通行的な契約に行き着く。その合理的な貸借関係を平家物語の中に投影したのが【ハビヤン版・平家物語】である
そこには未開で非科学的な積極性が欠如している。信仰といった概念がそこからは見いだしがたい
人間相互債務論
それがハビヤンの批判精神に潜む「内なる基準」である。その科学的な合理性を基準にして、かれはあらゆる宗教と、この世のすべての矛盾を破した
過分の恩に基づく人間関係を絶対の基準にして、日本人の倫理的行動の特質を浮き彫りにしたのである