るるの日記

なんでも書きます

ベルサイユのばら【マリーアントワネット、40万の群衆に初めてのお手ふり】

2021-11-16 17:05:14 | 日記
■ドイツで造兵学を修め
イタリアで医学と音楽を学び
スイスで哲学を修め
パリ社交界で最後の磨きをかけるために、スウェーデンの青年貴族
ハンス・アクセル・フォン・フェルゼンはフランスにやって来た
マリーアントワネット
オスカル
フェルゼンとの宿命的な出会いはもうすぐである

■1773年6月8日
18歳の王太子と、17歳の王太子妃がはじめてパリへ正式訪問する日である。若い夫妻をひとめ見ようとノートルダムがらテュィルリー宮への沿道をうめつくした40万の群衆は、魅惑的で麗しいマリーアントワネットの姿に感激し熱狂した

★マリーアントワネット
「王太子妃という地位にあるだけで、ちょっと手を振っただけなのに、こんなにも多くの人たちの愛情を得られるなんて、なんて幸せなことなのかしら」

★オスカル
「妃殿下は、ただいまここで妃殿下に恋してる40万の人々をご覧になっているのでございます」

■もしも、、
この日の民衆の愛情と
この日の感激を、アントワネットがいつまでも忘れないでさえいたなら、、
彼女は悲劇の王妃にならずにすんだかもしれなかった

ベルサイユのばら【デュバリー夫人の罠を見抜いたオスカルのセリフ】

2021-11-16 16:39:58 | 日記
■1772年1月1日
マリーアントワネットは、はじめてデュ・バリー夫人に(フランス国王ルイ15世の愛人)声をかけた
「きょうは、
ベルサイユは、
たいへんな人です」

■マリーアントワネット
負けた。。王太子妃が、娼婦に敗れた

「オスカル、、一度だけ私はあの女に声をかけました。でももう終わりです。もうあの女には絶対にひと言だって話しかけません
フランス宮廷は堕落しました。王位継承者の妃が、娼婦に敗北したのです」

■オスカル
なんという、、
なんという誇り高い人だ
この方は生まれながらの女王
わずか16歳にして、この方の心は
すでにフランスの女王なのだ

■デュ・バリー夫人の罠
メイドが言う
「ジャルジェ夫人(オスカルの母親でアントワネット付侍女)、マリーアントワネットさまがぶどう酒をデュ・バリー夫人の私室まで運んでくださるようにとの命令です」

デュ・バリー夫人
「それは残念ですわ。アントワネットさまはつい先程退出なさいました。せっかくだからぶどう酒はいただきます。そこのロウソク係、一杯いただきなさい。」

うわぁー

毒だわ!ジャルジェ夫人!私のぶどう酒に毒を?これはマリーアントワネットさまの差しがねなの?恐ろしい

■オスカル来る
「恐ろしい方だ。自分の召使いさえ、まるで道具のように使うなんて。。
こんなちゃちな芝居が見破れないとでもお思いかデュ・バリー夫人?
あなたもそれほどばかではないはずだ。国王はもう62歳。あなたの権力はその国王の老齢の上に立っている脆いものだということがおわかりにならないか?

どのような女であれ、おそれおおくも国王が愛されたお方。今夜のことはけっして口外しないつもりゆえ、安心されるがよい
だが、おぼえておかれるがいい。このオスカルがそばにあるかぎり、だれもけっしてアントワネットさまと母上を落とし入れることはできないことを」



ベルサイユのばら【アントワネットだけが殺害ならまだよい、戦争が起きたら責任をとってください】

2021-11-16 14:51:42 | 日記
■フランス国王の愛人デュ・バリー夫人は、宮廷で人気の高いオスカルを味方につけることを企み、オスカルの母親を自分づきの侍女にしたいと王太子さまに願い出た
それを聞いた王太子妃アントワネットも、オスカルの母親を主席侍女にしたいと願い出た

オスカルは、母親を宮廷の争いにまきこみたくはなかったが、国王の命令でどちらにつくかを選ばねばならなくなった。オスカルはアントワネットつきのがましだと思い、アントワネットつきに選ぶ

翌日、アントワネットのデュ・バリー婦人に対する第1番目の勝利の噂でわいていた

■あんのじょう、デュ・バリー夫人は怒り、国王に泣きつき、国王から「アントワネットのデュ・バリー夫人に対する振る舞い」について注意と警告がはいった

これが、アントワネットの祖国オーストリアにも連絡がはいり、アントワネットの態度が政治的にまずいという形にとらえ、オーストリアの大統領からアントワネットに手紙が送られた。

アントワネットはデュ・バリー夫人に対する態度を改めたか、、?
答えは否である
一切無視の態度は変えなかった

■これはフランス国王ルイ15世の命令をも無視したということだ。
命令に従わないアントワネットに対して国王はしびれをきらし、アントワネットの教育係を呼び「態度を改めた方が身の安全だと、わからせてくれ」と頼んだ

■アントワネットに教育係は、宮廷で国王にさからったり、都合の悪い人物をかたづけた「毒薬」について話して聞かせた
「アントワネットさまお一人がかたづけられるのならばまだいい。国王は事よっては、オーストリアとの戦争も辞さないほどのご立腹
そうなると、母親マリア・テレジアさまが生涯最大の力をそそぎ込んで成立した、オーストリア・フランス同盟はどうなります?
同盟が破れ、戦争をするようなことになれば、それはすべてアントワネットさま、あなたの責任でございますよ」

わかりました
あの女に一度だけ声をかけます
でもこれは、私の意思ではありません。オーストリアのお母さまのためです

■しかし、アントワネットがデュ・バリー夫人に声をかけようとした日、その時に、「もう退出の時間です」と、オールドミスのおば君たちがアントワネットを連れ出し、声かけを邪魔した

国王「もう、我慢ならん!オーストリア・フランス同盟は破れた!戦争だ!」

■1972円1月1日
アントワネットがベルサイユに来てから2年たって、初めてデュ・バリー夫人は、最初のことばをかけてもらった
「きょうは、、ベルサイユは、たいへんな人ですこと、、」


ベルサイユのばら【どちらにつくのが得か?次期フランス国王妃アントワネットか、現フランス国王愛人か】

2021-11-16 13:51:23 | 日記
■貴族夫人たち
キャー
オスカルさまー
アンドレさまー
ところで、今日はアントワネットさまは、どなたに真っ先にお声をかけてくださるかしら

■アントワネット
「こんにちわ。オスカル・フランソワ。こんど私の午後のサロンにいらっしゃいな」

ほらね!

オスカル
「せっかくながら、アントワネットさま、オスカルは女とはいえ軍人でございます
私のすべきことは、おしゃべりやダンスではなく、フランスと王家をお守りすることだけでございます」

■ひそ、ひそ噂話し
【アントワネットさまは
国王の愛人で宮廷一の権力がある
デュ・バリー夫人には、まだ一度も
お声をおかけになりませんが、みなの前でアントワネットさまは夫人を公然と無視するつもりなのでしょうか
夫人は身分や育ちがいやしくても、後ろには国王がついています
それにしても、オスカルはどちらにつくのか?】

■アンドレ
おべっかつかいの貴族どもがさわいでいるぞ。マリーアントワネットか
デュ・バリー夫人か。どちらにつくのが、自分の得になるのか?

■オスカル
「私はどちらにもつかん!
このおもしろい女の一騎討ちを
ゆっくり観戦させていただくのさ」





ベルサイユのばら【フランス国王の愛人VSマリーアントワネット】

2021-11-16 13:12:53 | 日記
■オスカルは、近衛連隊長付大尉となっていて、マリーアントワネットがベルサイユ宮殿へ行く道中にフランス王家の一族として待ちうけていた

■1770年5月16日
ベルサイユ宮殿内の
ルイ14世寺院で
6000人の貴族、僧侶の列席のもとに、正式な結婚式が執り行われた
マリーアントワネット14歳

★メイド
「このベルサイユでは
公式の場で、身分の低い婦人から
身分の高い婦人に声をかけることは絶対に許されません
王妃がお亡くなりの今は、王太子妃であるアントワネットさまが宮廷で一番地位の高い女性ですから、どうぞ宮廷の婦人たちにことばをおかけくださいませ。みんなアントワネットさまのお声を待っておりますから」

★マリーアントワネット
「宮廷でいちばん地位の高い女性
だれも私に声をかける人はいない
みんな私から声をかけられるのを待っている、、あぁなんて素敵なの」

「みんなが私を見ている
私の美しさに夢中で見とれている
あぁ、、すばらしい」

「このヨーロッパ一の
フランス宮廷の、、、
私は今、ベルサイユの女王」

■「なんなの、この女
なんて高慢ちきな態度で
あつかましそうに
この私をじろじろ見つめるなんて
いったい、、」
フランス国王の愛人
デュ・バリー伯夫人
下層階級の生まれで、下町で娼婦をしていた
デュ・バリー伯爵と書類だけの結婚をし、翌日に伯爵を毒殺
宮廷に出入りするようになり国王の愛人となり、ぜいたくしほうだい
この女にみんなは、へいこらしている