はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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青嵐に笑う その6

2022年02月02日 13時07分30秒 | 青嵐に笑う


思い出されるのは春のこと。
趙雲が孔明の主騎になったばかりの頃の話である。

孔明は、束縛されることが、やはり嫌だった。
だから、主騎はいらないと、劉備に訴えた。
しかし、劉備は首を縦に振らず、代わりに言った。
「子龍は、おまえの一番邪魔にならないヤツだぜ」
「邪魔にならないとは、細作のように人の気配を消す訓練を積んでいるから、というたぐいのことでございますか。気配を消されていようが、そこに『いる』のは間違いないでしょう。わたしは、だれかがそばにいると、集中できない性質なのです。主騎はいりませぬ」
口を尖らせると、劉備は、いやいや、技術がどうとかいう話じゃない、と手を振った。
「ともかく口は重いし、秘密は守れといったら、かならず守る。でもって頭もいいから、指示以上のことも楽にこなしてくれる。
おまえは、横からああだこうだと言われるのが嫌なほうだろう。子龍はよほどでないかぎり、口をはさんでこない。それどころか、あいつに、口をはさまれたときは、これは不味い事態だなと、自分を点検するいい機会になるという、おまけつきだ」
「そのような貴重な人材でしたら、わが君がずっとお側に置かれては如何ですか」
「いじわるを言うなよ。子龍は、おまえより五つ上なんだ」
「それは本人の口から聞きました」
すると、劉備は、顔をぱっと上げて、びしりと孔明を指さした。
「それ!」
「どれでございますか」
「おまえ、子龍にそれを聞いて知ったか? それとも子龍が言ったので知ったか?」
劉備の問いに、孔明は首をかしげて、どうであっただろうかと考える。
「本人から聞いたような」
「そうそう。おまえには言えるようなのだ。子龍は、よほどでないかぎり、自分のことを自分からいわないんだ。ところがだ、あいつは、おまえには言うんだよ。おまえら、普通にしゃべれるだろう?」
「普通に。たしかに、世間話などはいたしますが」
「世間話していると、どっちかが聞き手になる一方だったり、語り手になる一方になったりして、なんだか疲れる相手っているだろう。子龍は、おまえにとってはそうじゃないだろう」
「たしかに、対等、というと言葉がまちがっているかもしれませんが、たがいに、ふつうに意見をやりとりいたします」

あたりまえのことではないか、わが君はなにを言わんとされているのだろうと怪訝に思っていると、劉備は、ずいっと身を乗り出してくる。
「それ。そこがとても重要なのだ」
「それ、とは?」
「普通に、ってところだよ。子龍は、おまえが相手だと、自分のことを打ち明けるのに抵抗が無い様子なのだ」
「おかしなことをおっしゃいます。それでは、子龍は、ほかの者たちには、ほとんど自分のことを語らぬようではありませぬか」
「うん、そう。そのとおり」
あっさりと劉備は答え、孔明をうろたえさせる。
「それで、よくいままでやってこられましたな」
「そこがそれ、あいつ、公孫瓚のところで身につけたのだろうが、そういう処世術には慣れててな、本当にソツがない。頭がいいから、相手の先をうまく読んで、合わせて、するり、するりと世の中を渡っていっちまう。だから問題も起こさないかわりに、自分の腹を打ち明けられる仲間が少ない。
わしを慕って来てくれた奴だが、どうも十五のときと、変わってない部分があるなと、心配しておったのだ。ところが、ありがたいことに、軍師があらわれた。おまえは子龍のこころの救い主だ」
「おおげさでは」
「おおげさではないぞ。子龍は軍師にはこころを開いている。わしからすれば、びっくり仰天だよ。それほどに、あいつは内気なやつなんだ」

孔明は、趙雲の落ち着いた佇まいを思い出していた。
内気なのは確かだろう。
たまに笑い方に慣れていないような表情をする。
部下には慕われているようだが、その隙の無い様子を、逆に麋芳や劉封などはうとましく思っているようだ。
孔明からいわせれば、隙が無い人間をうとましく感じるのは、狭量のあかしではないかというところであるが。

「わが君は、子龍が内気だと心配なのですか」
「それはそうだよ。わしは、あいつには大きな夢を見てもらいたいのだ」
「夢、ですか」
「大志と言い換えてもいい。あいつは本来、おまえやわしの主騎を務めるだけの人間じゃない。大軍を統率できるだけのでっかい器量を持っている。だが、わしのところでは、その才覚を開く機会がなかった。だが、これからはちがう。わかるだろう」
「曹操は確実に襲来してくる」
「そうだ。そのとき、わしたちは曹操に立ち向かうために、最大限の力を発揮しないと生き残れないだろう。新野に籠城することになるか、劉州牧のところへ逃げ込むことになるか、それはわからないが、どちらにしろ、戦うことになるのだ。雲長もいる。益徳もいる。だが、まだ手が足りない。わしを慕ってくれる民を守るためにも、大きな器を持つ、大将が必要だ」
「それが子龍だと」
「そうだ。あいつなら、いま以上に成長できるはずだ。だが、あいつは気持ちが優しいうえに内気なのが弱点だ。優しい大将なんて、矛盾している。それはわかるだろう」

孔明はうなずいた。
たしかに将に慈悲は必要だが、それは日常に発揮すべき優しさとは種類がちがう。
劉備はそのことを言っているのだ。

「優しさを捨てろとは言えない。それは、あいつの宝物のようなものだ。だが、内気なのは話がちがう。有能であるがゆえに抱えすぎて、自滅してしまっては意味がないのだ。
あいつには、もっともっといろんな人間と触れ合って、大きな人間に成長してほしい。そのためには、おまえの力も必要なのだ。わかるな」
「わかります」
「では、もう答えは出ているだろう」
劉備はそういうと、孔明に対し、頭を下げた。
「わしは、子龍の見る大きな夢を受け止める、でっかい器でありたい。そうなるためにも、やっぱりおまえの力が必要なのだ。おまえは、わしと子龍の両方にとって、大事な人間なのだよ。だから、すまぬがわがままはひっこめて、わしの言うとおりにしてくれないか」

そこまで言われては、孔明はわがままを抑えるしかなかった。
そこで、趙雲から主騎を辞退しないかなと観察していたが、そのうちに、趙雲の人柄に触れ、劉備の言うとおり、かれがそばにいることを許すことになったのだ。

つづく

(2006/08/13 初稿)
(2021/11/26 改訂1)
(2021/12/20 改訂2)
(2021/12/26 推敲1)
(2022/1/3 推敲3)


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