「おいおい、たったひとりの丸腰の男相手に、多勢《たぜい》で向かうは卑怯であろう」
どこか呑気に、旅装束の狼心《ろうしん》青年は、襲撃者たちに言う。
「それに、そいつはおれの朋友《とも》だ。殺さないでもらおうか」
「知ったことかっ」
吐き捨てるように言ったのは、例の小柄な血の涙の女だった。
「おまえたち、先にこいつらを始末しておしまい!」
黒装束の者たちは、返事をするまでもなく、こんどは狼心青年たちに向かっていく。
すると、狼心青年は驚く様子もなく、静かに、手にしていた槍の穂先をあらわにした。
となりの巨漢もまた、それに倣う。
黒装束の者たちは、鳥のように高く飛び上がり、狼心青年たちに斬りかかる。
その数、五人。
だが、巨漢の男は、狼心青年と同様にまったく動じなかった。
腰を落として力を入れると、
「ふんっ!」
と気合を入れざま、手にした槍でもって、黒装束の者のうち、ひとりを薙ぎ払った。
すさまじい力であった。
そいつは、飛ばされて、近くにあった木の幹《みき》に激突して果てた。
さらに、一人が腹を横から打たれて、そのまま槍の動きとおなじように、真横に飛ばされる。
そのまま、そのとなりにいたもう一人に激しい勢いでぶつかった。
槍がしなる。
そこへ、打ち落とされた者たちを、狼心青年が容赦なくみずからの槍で突き倒していった。
一方的な虐殺となった。
黒装束の者たちの悲鳴が響く。
「おのれっ!」
残った三人が、いっせいに狼心青年に向かう。
だが、巨漢の男は、体躯《たいく》に見合わぬ速さで、かれらの前に、壁のように立ちはだかった。
手にした槍をぶうん、と振り回して、狼心青年に近づかせない。
巨漢の男は、表情ひとつ変えず、さらに攻撃を加える。
槍のあまりの速さについていけず、その穂先をかわしきれなかった黒装束の腹を、槍の柄の部分で思い切り突いた。
ぐえっ、とカエルが踏みつぶされたような声が出る。
旗色悪しと見て取ったのだろう。
女は、自由になっている手のほうで、隠し持っていた針を取り出した。
しまった、と思う間もなく、夏侯蘭《かこうらん》は手に針を突き立てられていた。
するどい痛みに、おもわず力をゆるめると、その隙をついて、女は素早く夏侯蘭の腕から逃げた。
ねずみもかくやという身のこなしであった。
女は、街道ではなく枯草の野のなかに突っ込むようにして消えた。
夏侯蘭は、女を追おうとしたが、狼心青年に止められた。
「待て、夏侯蘭。丸腰で追いかけて行って、無事で済む相手ではないぞ」
「しかし……」
言いつつ狼心青年と、つれの巨漢を振り返る。
かれらは大立ち回りをしたあとでありながら、涼しい顔をして槍の手当てをしていた。
巨漢のほうは、倒された黒装束の顔をたしかめていた。
だれもが絶命していた。
夏侯蘭もその顔をたしかめたが、見知った者はいなかった。
「助かった、礼を言う。貴殿らはあの女が何者か、知っているのか?」
夏侯蘭がたずねると、狼心青年はこともなげに答えた。
「知っているとも。『無名《むみょう》』の女で、姓名は劉雅《りゅうが》、あざなを伯姫《はくき》という女だ」
「劉雅……その名に心当たりはないぞ。なぜおれを狙う」
「いや、心当たりはあるだろう。劉雅が掘り返そうとしていた土の下に、なにがある?」
「『狗屠《くと》』の首だ」
「劉雅は、『狗屠』を『狗屠』たらしめた女なのだ。
つまり、無辜《むこ》の女たちを殺せとそそのかした張本人なのさ。
しかし、意外に情が濃い女らしいな。
吐き気がするほどおぞましい性癖を持っていると聞いていたのに」
「『狗屠』を退治したおれを殺しにきたというのか」
夏侯蘭は唖然とした。
劉雅とやらの、あまりの自分勝手な憎しみに、唖然とするほかなかったのである。
「しかし、夏侯蘭よ、わたしは正直なところおどろいたぞ。
わずかな情報をたよりに、よく女房どのの仇討ちに成功したな。
そのあたりをくわしく聞こうと思って常山真定まで足を運んだのだが……正解だったようだ。
野っ原で話し込むのもなんだし、おまえの家に連れて行ってはくれまいか」
つづく
どこか呑気に、旅装束の狼心《ろうしん》青年は、襲撃者たちに言う。
「それに、そいつはおれの朋友《とも》だ。殺さないでもらおうか」
「知ったことかっ」
吐き捨てるように言ったのは、例の小柄な血の涙の女だった。
「おまえたち、先にこいつらを始末しておしまい!」
黒装束の者たちは、返事をするまでもなく、こんどは狼心青年たちに向かっていく。
すると、狼心青年は驚く様子もなく、静かに、手にしていた槍の穂先をあらわにした。
となりの巨漢もまた、それに倣う。
黒装束の者たちは、鳥のように高く飛び上がり、狼心青年たちに斬りかかる。
その数、五人。
だが、巨漢の男は、狼心青年と同様にまったく動じなかった。
腰を落として力を入れると、
「ふんっ!」
と気合を入れざま、手にした槍でもって、黒装束の者のうち、ひとりを薙ぎ払った。
すさまじい力であった。
そいつは、飛ばされて、近くにあった木の幹《みき》に激突して果てた。
さらに、一人が腹を横から打たれて、そのまま槍の動きとおなじように、真横に飛ばされる。
そのまま、そのとなりにいたもう一人に激しい勢いでぶつかった。
槍がしなる。
そこへ、打ち落とされた者たちを、狼心青年が容赦なくみずからの槍で突き倒していった。
一方的な虐殺となった。
黒装束の者たちの悲鳴が響く。
「おのれっ!」
残った三人が、いっせいに狼心青年に向かう。
だが、巨漢の男は、体躯《たいく》に見合わぬ速さで、かれらの前に、壁のように立ちはだかった。
手にした槍をぶうん、と振り回して、狼心青年に近づかせない。
巨漢の男は、表情ひとつ変えず、さらに攻撃を加える。
槍のあまりの速さについていけず、その穂先をかわしきれなかった黒装束の腹を、槍の柄の部分で思い切り突いた。
ぐえっ、とカエルが踏みつぶされたような声が出る。
旗色悪しと見て取ったのだろう。
女は、自由になっている手のほうで、隠し持っていた針を取り出した。
しまった、と思う間もなく、夏侯蘭《かこうらん》は手に針を突き立てられていた。
するどい痛みに、おもわず力をゆるめると、その隙をついて、女は素早く夏侯蘭の腕から逃げた。
ねずみもかくやという身のこなしであった。
女は、街道ではなく枯草の野のなかに突っ込むようにして消えた。
夏侯蘭は、女を追おうとしたが、狼心青年に止められた。
「待て、夏侯蘭。丸腰で追いかけて行って、無事で済む相手ではないぞ」
「しかし……」
言いつつ狼心青年と、つれの巨漢を振り返る。
かれらは大立ち回りをしたあとでありながら、涼しい顔をして槍の手当てをしていた。
巨漢のほうは、倒された黒装束の顔をたしかめていた。
だれもが絶命していた。
夏侯蘭もその顔をたしかめたが、見知った者はいなかった。
「助かった、礼を言う。貴殿らはあの女が何者か、知っているのか?」
夏侯蘭がたずねると、狼心青年はこともなげに答えた。
「知っているとも。『無名《むみょう》』の女で、姓名は劉雅《りゅうが》、あざなを伯姫《はくき》という女だ」
「劉雅……その名に心当たりはないぞ。なぜおれを狙う」
「いや、心当たりはあるだろう。劉雅が掘り返そうとしていた土の下に、なにがある?」
「『狗屠《くと》』の首だ」
「劉雅は、『狗屠』を『狗屠』たらしめた女なのだ。
つまり、無辜《むこ》の女たちを殺せとそそのかした張本人なのさ。
しかし、意外に情が濃い女らしいな。
吐き気がするほどおぞましい性癖を持っていると聞いていたのに」
「『狗屠』を退治したおれを殺しにきたというのか」
夏侯蘭は唖然とした。
劉雅とやらの、あまりの自分勝手な憎しみに、唖然とするほかなかったのである。
「しかし、夏侯蘭よ、わたしは正直なところおどろいたぞ。
わずかな情報をたよりに、よく女房どのの仇討ちに成功したな。
そのあたりをくわしく聞こうと思って常山真定まで足を運んだのだが……正解だったようだ。
野っ原で話し込むのもなんだし、おまえの家に連れて行ってはくれまいか」
つづく
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ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)