女は、ぜえはあと荒く息をしながら、けんめいに刀を持ち替え、こちらに突撃しようと身を低くする。
夏侯蘭《かこうらん》は、そのあいだ、女を冷静に観察する。
手を泥だらけにして、髪を振り乱し、血の涙を流している女。
年齢は三十路前後といったところか。
血の涙を流しているところは異様だが、顔立ちはととのっていた。
「おまえは、何者だ」
野犬が威嚇するように、低く夏侯蘭が誰何《すいか》すると、女はあらい息をしたまま、短く答えた。
「貴様には教えない」
「おまえにおれは倒せぬ。その短刀をよこせ」
夏侯蘭は、じり、と前進して、女に、自分の手のひらを見せた。
「さあ、よこせ。こんなことをして、なんになる」
すると、女はうう、と獣じみた声をあげた。
ぶるぶる震えているのは、恐怖のためではなく、怒りのためであろう。
「こんなやつに、こんな小物に、ぼうやが、ぼうやが……」
女は声を震わせて、また泣いた。
「おまえたちっ、この者をやっつけておしまい! ぼうやの仇を討つのです!」
おまえたち?
他に仲間がいるのか!
夏侯蘭がはっとして顔をあげると、女の叫びに呼応して、どこに|潜《ひそ》んでいたものか、草むらから黒装束の者たちがあらわれた。
かれらはめいめい、手に武器を持ち、無言のまま、いっせいに夏侯蘭に襲い掛かってきた。
「くそっ!」
こちらは丸腰。
逃げるのは不可能。
背中を向けた時点で、無防備なそこに刃を突き立てられることは容易に想像できた。
かといって、徒手空拳《としゅくうけん》でなにができるものか。
ここで、死ぬのか。
いや、絶望するのはまだ早い。
夏侯蘭は、こちらを見て嗤っている血の涙の女を向いた。
おそらく、直《じか》に手を下すことに慣れていないのだろう。
仲間が来たことですっかり安心して、短刀を持った手を下げている。
不気味に、けたけたと甲高く笑う女に向き直ると、夏侯蘭はぱっと身をかがめ、まさに女が掘り返した土くれを、女に向けて投げつけた。
思わぬ攻撃におどろいたのか、女が袖で顔を|覆《おお》った。
まさに好機。
夏侯蘭は女の短刀を持つ手首に手刀をあてる。
女が短刀を落とした。
ひっ、と女が息をのむのもかわまず、夏侯蘭は女の腕を背後にねじりこむと、背中に回り込む。
そして、女の頭頂を飾っていた簪《かんざし》を抜き、その鋭利な先端を首筋に突き立てた。
「武器を捨てろ! おれに近づいたら、女を殺す!」
黒装束の者たちの動きがぴたりと止まった。
あいかわらずかれらは無言で、夏侯蘭を中心に円を作って取り囲みつつ、様子を見てくる。
「武器を捨てるんだ!」
二度目の呼びかけにも、黒装束の者たちは答えない。
武器を捨てる様子もなかった。
女は、腕をねじられて苦しいらしく、歯と歯のあいだから、しゅうしゅうとヘビのように息を吐いている。
そして、言った。
「おまえたちっ、わたくしに構うな、この男を殺せ!」
だが、その声にも、黒装束の者たちは答えなかった。
構うな、ということが不可能なのだろう。
緊迫した沈黙が流れるなか、つめたい秋風が通り抜けて枯草を揺らした。
膠着状態《こうちゃくじょうたい》をやぶったのは、黒装束のひとりが、
「ぐっ!」
と声を上げたと同時に倒れ込んだからだった。
「どうした!」
甲高い声で、もうひとりの黒装束の者がたずねると、倒れ込んだ黒装束が、うめくように答えた。
「石が……」
答えるのとほぼ同時に、またひゅっと石が飛んできて、みごとに別の黒装束に当たった。
「なにやつ!」
夏侯蘭を取り囲んでいた円が崩れ、黒装束は、闖入者《ちんにゅうしゃ》を見る。
夏侯蘭もまた、まさに地獄に仏の思いで、その闖入者を見た。
例の目もとの涼しい、狼心《ろうしん》青年だった。
かたわらには、巨漢の男をつれていた。
その男が石を投げたらしい。
つづく
夏侯蘭《かこうらん》は、そのあいだ、女を冷静に観察する。
手を泥だらけにして、髪を振り乱し、血の涙を流している女。
年齢は三十路前後といったところか。
血の涙を流しているところは異様だが、顔立ちはととのっていた。
「おまえは、何者だ」
野犬が威嚇するように、低く夏侯蘭が誰何《すいか》すると、女はあらい息をしたまま、短く答えた。
「貴様には教えない」
「おまえにおれは倒せぬ。その短刀をよこせ」
夏侯蘭は、じり、と前進して、女に、自分の手のひらを見せた。
「さあ、よこせ。こんなことをして、なんになる」
すると、女はうう、と獣じみた声をあげた。
ぶるぶる震えているのは、恐怖のためではなく、怒りのためであろう。
「こんなやつに、こんな小物に、ぼうやが、ぼうやが……」
女は声を震わせて、また泣いた。
「おまえたちっ、この者をやっつけておしまい! ぼうやの仇を討つのです!」
おまえたち?
他に仲間がいるのか!
夏侯蘭がはっとして顔をあげると、女の叫びに呼応して、どこに|潜《ひそ》んでいたものか、草むらから黒装束の者たちがあらわれた。
かれらはめいめい、手に武器を持ち、無言のまま、いっせいに夏侯蘭に襲い掛かってきた。
「くそっ!」
こちらは丸腰。
逃げるのは不可能。
背中を向けた時点で、無防備なそこに刃を突き立てられることは容易に想像できた。
かといって、徒手空拳《としゅくうけん》でなにができるものか。
ここで、死ぬのか。
いや、絶望するのはまだ早い。
夏侯蘭は、こちらを見て嗤っている血の涙の女を向いた。
おそらく、直《じか》に手を下すことに慣れていないのだろう。
仲間が来たことですっかり安心して、短刀を持った手を下げている。
不気味に、けたけたと甲高く笑う女に向き直ると、夏侯蘭はぱっと身をかがめ、まさに女が掘り返した土くれを、女に向けて投げつけた。
思わぬ攻撃におどろいたのか、女が袖で顔を|覆《おお》った。
まさに好機。
夏侯蘭は女の短刀を持つ手首に手刀をあてる。
女が短刀を落とした。
ひっ、と女が息をのむのもかわまず、夏侯蘭は女の腕を背後にねじりこむと、背中に回り込む。
そして、女の頭頂を飾っていた簪《かんざし》を抜き、その鋭利な先端を首筋に突き立てた。
「武器を捨てろ! おれに近づいたら、女を殺す!」
黒装束の者たちの動きがぴたりと止まった。
あいかわらずかれらは無言で、夏侯蘭を中心に円を作って取り囲みつつ、様子を見てくる。
「武器を捨てるんだ!」
二度目の呼びかけにも、黒装束の者たちは答えない。
武器を捨てる様子もなかった。
女は、腕をねじられて苦しいらしく、歯と歯のあいだから、しゅうしゅうとヘビのように息を吐いている。
そして、言った。
「おまえたちっ、わたくしに構うな、この男を殺せ!」
だが、その声にも、黒装束の者たちは答えなかった。
構うな、ということが不可能なのだろう。
緊迫した沈黙が流れるなか、つめたい秋風が通り抜けて枯草を揺らした。
膠着状態《こうちゃくじょうたい》をやぶったのは、黒装束のひとりが、
「ぐっ!」
と声を上げたと同時に倒れ込んだからだった。
「どうした!」
甲高い声で、もうひとりの黒装束の者がたずねると、倒れ込んだ黒装束が、うめくように答えた。
「石が……」
答えるのとほぼ同時に、またひゅっと石が飛んできて、みごとに別の黒装束に当たった。
「なにやつ!」
夏侯蘭を取り囲んでいた円が崩れ、黒装束は、闖入者《ちんにゅうしゃ》を見る。
夏侯蘭もまた、まさに地獄に仏の思いで、その闖入者を見た。
例の目もとの涼しい、狼心《ろうしん》青年だった。
かたわらには、巨漢の男をつれていた。
その男が石を投げたらしい。
つづく
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