膠着状態がつづいた。
姜維は、続々と山林を越えて到着した部隊を整えて、文偉の三番目の策、すなわち魏延を無視するとみせかけて誘い出し、包囲する作戦に動き出した。
平原を渡る風が、ごうごうと唸りごえをあげて、山林にぶつかっている。
姿を見せぬ魏延の気配を、静けさと殺気に満ちた空気のなかに感じている。
あの男の、怒り狂っているさまが、目に浮かぶようであった。
味方同士で対峙しているこの期に及んでも、なお、自分の主張が受け入れられないことに、苛立っているにちがいない。
そろそろ、出立の準備ができたと姜維が伝えてきた。
待つあいだ、文偉はけんめいに、ほかに策はないだろうかと考えた。
魏延の陣には、何度か使者を送ったが、どれも魏延は追い返してきた。
わずかな望みを託し、手紙をしたためてみたものの、これも目を通されることなく、魏延の子によって、破り捨てられてしまったという。
頑なな男だ。
その意志の強さが、名も無き一介の辺境の部隊長を、大将軍の地位にまで押し上げた。
そして、武器であった意志の強さが、いま仇となって、ほかならぬ本人の首に、刃となって突き立てられている。
魏延本人は、そのことに気づいているだろうか?
思索にふける文偉を、声が打ち破った。
「伝令! 費司馬、都より、急使が到着いたしました!」
文偉が我に返って見れば、伝令が、その背後に、大常(天使の旗)を手にした男を伴ってあらわれた。
まちがいなく都からの急使である。
「費司馬、都の蒋長史より、密書をお預かりいたしました」
劉禅からではなく、蒋琬から、と聞いて、文偉はすこし奇妙に思ったが、しかし密書を開き、見慣れた友の綴った文字を目で追いかけてみれば、すぐにその愁眉は開いた。
「蒋長史が、宿衛の軍を率い、こちらに向かっているとのことだ!」
おお、と周囲から、歓声にも似た声が挙がった。
もちろん、文偉の心も踊った。
がみずから動くということは、成都では、孔明の後継として、蒋琬を内々に認めたということである。
それでいいのだ。思うさま、その力と名を示すのだ。
心を逸らせた文偉であるが、読み進めていくうちに、ふと、意気をくじかれるような、心を衝かれる文章にあたった。
が、いまはあえて、それを無視することにした。
そして、急使より、大常を借り受けると、何平の元へ行き、蒋琬が軍を率いて北上している旨を伝えた。
何平も喜び、その部将たちも、おおいに意を強くしたようである。
そして、文偉は馬首をめぐらせると、さまざまな説得にも耳を貸さず、微動だにしない魏延の先陣に向けて、大常を掲げて、怒鳴った。
「この旗を見るがいい! 天子の急使はわれらの元にあらわれた! さらに、成都より、蒋長史が、おまえたちを鎮圧するためにこちらに向かっておる! これでもおまえたちは、頑なに魏文長と運命を共にすると言うのか! 武器をすて、降伏せよ! いまならば罪に問わぬ!」
文偉の言葉に、何平も、呼びかけをつづけていた兵卒たちも、口々に、投降しろ、陛下はおまえたちを謀反人だと認めたのだ、と叫んだ。
天使が楊儀側にあらわれたという話は、劇的な効果を生んだ。
それまで、まったく動きのなかった先陣の部隊に乱れがある。
なにやら内部で争いが始まっているらしい。
弓隊のひとりが、なんと騎兵を射抜き、それがきっかけとなって、陣はたちまち乱戦状態となった。
これを鎮めるために、陣の背後に配されていた部隊が前進してきたのであるが、混乱をよいことに、これまた歩兵たちが仲間を助けるために騎兵を襲い始めた。
「費司馬、我らに出撃の命令を!」
何平の声に、文偉は大いに頷いた。
「よし、銅鑼を鳴らせ!」
文偉の合図と共に、出陣の合図の銅鑼が鳴らされ、混戦中の魏延の陣と、何平の部隊から、歓声があがった。
「よいか、我らは魏文長に騙され、不本意にも敵となった友を救うために、出撃するのである!
歩兵や弓兵は斬ってはならぬ、部将のみ狙え! これに逆らい、蛮勇を好み、同胞を殺した者は、厳罰に処す!
くりかえす、部将のみ狙え! われらの仲間を救うのだ!」
「狙うは、魏文長と、これに与する者どものみ! 出撃せよ!」
これに応えて、何平が全将兵に向けて突撃を命令すると、到着し、出撃の準備を整えていた王平の部隊、姜維の部隊もこれに加わり、いっせいに魏延の陣に襲い掛かった。
姜維は、続々と山林を越えて到着した部隊を整えて、文偉の三番目の策、すなわち魏延を無視するとみせかけて誘い出し、包囲する作戦に動き出した。
平原を渡る風が、ごうごうと唸りごえをあげて、山林にぶつかっている。
姿を見せぬ魏延の気配を、静けさと殺気に満ちた空気のなかに感じている。
あの男の、怒り狂っているさまが、目に浮かぶようであった。
味方同士で対峙しているこの期に及んでも、なお、自分の主張が受け入れられないことに、苛立っているにちがいない。
そろそろ、出立の準備ができたと姜維が伝えてきた。
待つあいだ、文偉はけんめいに、ほかに策はないだろうかと考えた。
魏延の陣には、何度か使者を送ったが、どれも魏延は追い返してきた。
わずかな望みを託し、手紙をしたためてみたものの、これも目を通されることなく、魏延の子によって、破り捨てられてしまったという。
頑なな男だ。
その意志の強さが、名も無き一介の辺境の部隊長を、大将軍の地位にまで押し上げた。
そして、武器であった意志の強さが、いま仇となって、ほかならぬ本人の首に、刃となって突き立てられている。
魏延本人は、そのことに気づいているだろうか?
思索にふける文偉を、声が打ち破った。
「伝令! 費司馬、都より、急使が到着いたしました!」
文偉が我に返って見れば、伝令が、その背後に、大常(天使の旗)を手にした男を伴ってあらわれた。
まちがいなく都からの急使である。
「費司馬、都の蒋長史より、密書をお預かりいたしました」
劉禅からではなく、蒋琬から、と聞いて、文偉はすこし奇妙に思ったが、しかし密書を開き、見慣れた友の綴った文字を目で追いかけてみれば、すぐにその愁眉は開いた。
「蒋長史が、宿衛の軍を率い、こちらに向かっているとのことだ!」
おお、と周囲から、歓声にも似た声が挙がった。
もちろん、文偉の心も踊った。
がみずから動くということは、成都では、孔明の後継として、蒋琬を内々に認めたということである。
それでいいのだ。思うさま、その力と名を示すのだ。
心を逸らせた文偉であるが、読み進めていくうちに、ふと、意気をくじかれるような、心を衝かれる文章にあたった。
が、いまはあえて、それを無視することにした。
そして、急使より、大常を借り受けると、何平の元へ行き、蒋琬が軍を率いて北上している旨を伝えた。
何平も喜び、その部将たちも、おおいに意を強くしたようである。
そして、文偉は馬首をめぐらせると、さまざまな説得にも耳を貸さず、微動だにしない魏延の先陣に向けて、大常を掲げて、怒鳴った。
「この旗を見るがいい! 天子の急使はわれらの元にあらわれた! さらに、成都より、蒋長史が、おまえたちを鎮圧するためにこちらに向かっておる! これでもおまえたちは、頑なに魏文長と運命を共にすると言うのか! 武器をすて、降伏せよ! いまならば罪に問わぬ!」
文偉の言葉に、何平も、呼びかけをつづけていた兵卒たちも、口々に、投降しろ、陛下はおまえたちを謀反人だと認めたのだ、と叫んだ。
天使が楊儀側にあらわれたという話は、劇的な効果を生んだ。
それまで、まったく動きのなかった先陣の部隊に乱れがある。
なにやら内部で争いが始まっているらしい。
弓隊のひとりが、なんと騎兵を射抜き、それがきっかけとなって、陣はたちまち乱戦状態となった。
これを鎮めるために、陣の背後に配されていた部隊が前進してきたのであるが、混乱をよいことに、これまた歩兵たちが仲間を助けるために騎兵を襲い始めた。
「費司馬、我らに出撃の命令を!」
何平の声に、文偉は大いに頷いた。
「よし、銅鑼を鳴らせ!」
文偉の合図と共に、出陣の合図の銅鑼が鳴らされ、混戦中の魏延の陣と、何平の部隊から、歓声があがった。
「よいか、我らは魏文長に騙され、不本意にも敵となった友を救うために、出撃するのである!
歩兵や弓兵は斬ってはならぬ、部将のみ狙え! これに逆らい、蛮勇を好み、同胞を殺した者は、厳罰に処す!
くりかえす、部将のみ狙え! われらの仲間を救うのだ!」
「狙うは、魏文長と、これに与する者どものみ! 出撃せよ!」
これに応えて、何平が全将兵に向けて突撃を命令すると、到着し、出撃の準備を整えていた王平の部隊、姜維の部隊もこれに加わり、いっせいに魏延の陣に襲い掛かった。