はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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赤壁に龍は踊る・改 二章 その10 悪い知らせ

2025年01月12日 09時58分25秒 | 赤壁に龍は踊る・改 二章
「それと、あまりよくない知らせがございます」
胡済《こさい》はそう切り出し、孔明よりも趙雲のほうを気にしつつ、言った。
「長沙《ちょうさ》におられた黄漢升《こうかんしょう》(黄忠)どのが、曹操軍に降ったそうです」
「なんだと、なぜ? 連れて行った子供たちはどうした!」
身を乗り出し、詰め寄ろうとする趙雲に、胡済は冷静につづけた。
「まだはっきり事情はわからないのですが、漢升どのは、やむなく長沙太守の韓玄に降ったようです。
わたしの兄弟たちが集めてきた話によれば、長沙に戻った子らも無事だとか」
「軟児の一家は無事なのか?」
孫軟児《そんなんじ》は、わけあって、趙雲が救った娘である。
「戦や小競り合いがあったわけではないようなので、無事でしょう。
長沙太守の韓玄という人物、悪評がある人物ではないようですし、なにか漢升どのに事情があったのでは」
趙雲は「どういう事情だ」と悔しそうに言って、床に目を落とした。


「お気持ちはわかりますが、いまはどうしようもありませぬ。しかし漢升どのなら、軟児や、ほかの子供たちを守ってくれるでしょう」
「そうだよ、子龍。もしかしたら、漢升どのは子供たちを守るため、あえて曹操軍に降ったのかもしれぬ。
きっと功名心や野心などで降ったのではない」
「それはわかるが」
と言いつつ、趙雲は暗い顔でため息をついた。


さて、これはしばらく落ち込む顔だな、どうしたら励ませるだろう……と、孔明が思案している途中で、趙雲が、ぴくりと身を動かし、さらに腰を浮かせた。
「どうした」
「いや、枯れ葉を踏む音が同じところでしている。どうも垣根の向こうにだれかいるようだ」
それを聞いて、察しのいい胡済も腰を浮かせ、窓と孔明のあいだに身を滑らせた。
仮に窓から飛び道具が入ってきた場合に備えたのだろう。
趙雲もまた、剣の柄に手をやって、外を警戒する。
だが、趙雲が気づいたのが早かったおかげで、垣根の向こうの何者かは、何も仕掛けてこなかった。


「偉度、軍師を頼めるか。おれはさっきのやつを追いかけてみる」
「分かりました、お気をつけて」
その短い会話だけで、趙雲はすぐさま草履をはくと、足早に垣根の向こうへ飛び出していった。
残された胡済は、万が一に備えてか、窓を完全に締め切り、長剣を手にする。
剣を持たせると完全に戦士の表情に変わる。
さすがの孔明も近づきがたく思うほどだ。
胡済の厳しい横顔を見ながら、この子はずいぶん大人っぽくなったなと安堵する。
胡済が別の名まえで襄陽城にいたころは、これほど立派な姿になるとは想像もしていなかった。


ところが、胡済は孔明の目線が気に入らなかったようで、憮然として外を気にしたまま言う。
「わたしの顔になにかついていますか、さっきからじろじろと」
「おまえは子龍の前では大人しいのに、わたしと二人になると容赦がないな」
「べつに、どちらがどうと区別はしていませんよ。
あなたのほうがわたしと二人になると気を抜くのでは?」
「それこそ区別はしていないつもりだが」


その後、趙雲を待つあいだ、孔明は胡済とよもやま話をして過ごした。
ぶっきらぼうながらも、胡済は孔明の質問によく答え、とくに劉琦の病状についてはくわしく語った。
劉琦の状態は上向かず、側で看病をしている者たちや、|伊籍《いせき》たちをはらはらさせているという。
「どの薬もなかなか効かず、お苦しそうです。見ているとつらくなります」
襄陽城《じょうようじょう》での苦労が、もともと病弱だった劉琦の身体をとことん痛めつけてしまったのだ。
せっかく重い軛《くびき》がとれ、これから人生が開けるかもしれないというのに、気の毒というほかない。
「劉公子はほんものの劉琮が亡くなったことをご存じありませぬ。
人づてに、にせの劉琮が曹操に青州牧に任命されたと聞いて、遠くに追いやられて気の毒だというほどでして。
ほんとうに、お人柄がよすぎるといいますか、わたしのほうが泣けてきます」
胡済は語っているうちに、ほんとうに泣きたくなってきたらしく、何度も山猫のような大きな目を瞬かせた。
そうしていないと、涙がこぼれてくるのだろう。


孔明より胡済のほうが長く劉琦の側にいた。
劉琦のよいところは、余さず知っているからこそ、余計に悔しく、また、悲しいのだ。
孔明も、なんと声をかけるべきか迷っていると、ちょうど趙雲が帰って来た。
手ぶらである。
収穫は何もなかったようだったが、しかし意外なことに、趙雲の顔はすっきりとして、落ち着いていた。
なにか良いことがあったらしい。
「だれか知り合いにでも会ったかい」
孔明がたずねると、趙雲はそうではない、と言いつつ、外へ出た後のいきさつを語りだした。


つづく

※ 次回か、次々回で二章は終わりとなります。
四章目までは原稿がありますが、三章目に入る頃合いで、二日置きに更新となるかもしれません。
まだ決めかねています。
決まりましたらまた連絡させていただきます。

では次回もお楽しみにー(*^▽^*)


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