はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

臥龍的陣 涙の章 その32 その敵の名は

2022年10月21日 09時47分10秒 | 英華伝 臥龍的陣 涙の章
ところが、そうはならなかった。
ほかならぬ、劉備と趙雲の信頼関係、孔明と趙雲の信頼関係、劉琦と程子文の信頼関係、程子文と孔明の信頼関係、劉備と劉琦の信頼関係…七年間のあいだに、この地ではぐくまれてきた、ありとあらゆる絆が、男の思惑を阻んだのだ。

趙雲は襄陽城にやってくることになったのだが、『その男』はそのお陰で、かえって趙雲に手が出せなくなってしまった。
下手に動けば、襄陽城の、まだ仲間が叛乱を企てているということをしらない元々の『壷中』に、その事実を嗅ぎつけられてしまうからだ。

襄陽城の『壺中』は、捕えた斐仁を殺さなかった。
このことから、襄陽に残っている『壷中』が、前線を担当していると思われる分裂した『壷中』の動向に気づいていないことがわかる。
斐仁《ひじん》を殺してしまえば、襄陽城の『壷中』のいちばん守りたい秘密とやらは守られる。
だが、劉備の信頼は失われる。
襄陽城の『壷中』からすれば、荊州の前線を防衛する劉備は大事なのだ。
分裂した『壷中』のほうも、いま、反乱を気づかれるわけにはいかず、斐仁を生かした。

『その男』は手が出せなくなった趙雲の監視として、花安英《かあんえい》をつけた。
趙雲には隙がなかった。
それどころか斐仁の証言や、程子文の手紙などがきっかけで、『その男』が思っていた以上に早く、孔明が真相に近づいてしまった。

花安英が程子文の手紙を孔明に渡したのは、『その男』の指示に花安英が従わなくなっていることを示す。
だが、花安英の意図がどこにあるのかは、孔明にはまだわからない。

『その男』は、すべてが後手になってしまったので、焦っている。
もうなりふりを構わなくなっている。
『その男』にとって、諸葛孔明はどうでもよいのだ。
狙いはただひとり。
おのれの暗い部分を、えんえんと刺激し続ける、趙子龍。
かれを始末することだけが、目的にすり替わってしまっている。

「なかなか大胆なことをなさるものだ。諸葛孔明どの」
そうしていま、『その男』を、孔明は、まともに目の前にしている。
おだやかで、淀みのない話し方をする男だ。
人をまっすぐと見据える目線は力強い。
どっしりした大樹を思わせる風格すらある。

「わたしもあなたに直に会うのは初めてだな。
だが、よく話はうかがっていたので、初対面ではないような気がする」
男は、鷹揚《おうよう》な笑みを浮かべて、尋ねた。
「ほう、それがしの話をだれから?」
「子龍から」

その名を出すと、案の定、『その男』の落ち着いていた表面上の顔が、ほんの一瞬、ぐらついた。
垣間見える、はげしい憎悪。
ふしぎと孔明は、そこに嫌悪を抱かなかった。
哀れだと思った。

おのれを他者と比較しないで生きていられる人間がいるだろうか。
嫉妬や憧れが成長の起爆剤になり、人はそれぞれ生きていく。
この男には、醜い感情をどうしても昇華させることができなかったのだ。
憎悪があまりに膨らみすぎてしまい、おのれで抑えることすら、できなかったのだろう。

孔明には、『その男』が、はじめは趙雲にどれだけの愛情を注いでいたかがわかる。
趙雲のぶれのない強さは、まちがいなく『この男』が培《つちか》ったのだ。
おのれが庇護した少年は、目を見張るほどの成長を見せて、おのれをはるかに凌駕した。
男は人を思いのままに動かすことに快感をおぼえるたちの男だった。
趙雲が成長していき、自我に目覚めていくのを止めようがなかった。
留めておくこともできず、ただ自分は恩知らずにも捨てられたという、屈辱的な思いこみだけが残されたのだ。

趙雲に他意はなかった。
人の気持ちに鈍感であったわけでもない。
ただ、この男の求めるものに、趙雲が応じることはできなかったのだ。
その性が、趙雲とこの男では、あまりに違いすぎていた。

不意に、闇を薙ぎ払うようにして、『その男』が笑い出した。
周囲の兵士たちは怖じて『その男』を盗み見、孔明の騎乗した馬が、驚いてたたらを踏む。

「おさすが。すでに慧眼《けいがん》にて、すべてを見破られたというのか。
その口ぶりが強がりなどでなければ、それがしの名も、すでにお分かりのはず」
「潘季鵬《はんきほう》」
「そのとおり」

つづく


※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です!
おかげさまで、楽しく活動できています。
「臥龍的陣」の最終章の書き直し作業も大詰めまで来ました。
そろそろ続編の制作にもとりかかれそうです。
これからもがんばりますので、引き続き当ブログをごひいきに♪


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。