そうこうしているうちに、日数が経ち、戦も膠着《こうちゃく》状態となった。
曹操はすさまじい速さで、陸口《りくこう》から長江をはさんで向かいの烏林《うりん》に要塞を築いているらしい。
おそらく動員されているのは、無理やりに働かされている荊州《けいしゅう》の将兵たちや徴収された民衆だろうと思うと、孔明も気分が塞いだ。
曹操は洞庭湖《どうていこ》で迷子になったことを教訓にしたのか、霧の立ち込める長江に、やすやすと出撃してくることはない。
そのため、周瑜率いる水軍も下手に手出しができず、ひたすらにらみ合う状態だ。
曹操に持久戦に持ち込まれると、同盟軍は不利となる。
孔明が、何とか策をひねり出して、周瑜に献上せねばと仮家で悩んでいると、韓福《かんぷく》があらわれて、ホクホク顔で言った。
「栗がたくさん採れましたので、今宵は栗のおこわを焚きますよ、どうぞお楽しみに」
どうやら栗は韓福の好物でもあるらしく、かれは心底うれしそうである。
孔明も栗のおこわが楽しみだったので、
「われらもよいところに居合わせたものです。遠慮なくごちそうになりましょう」
と応じた。
すると、おかみさんがやってきて、お客が来ているという。
子敬(魯粛)どのかな、と思い表に出て、おどろいた。
玄関口にいたのは、旅装に身をつつみ、背中に大きな葛籠を背負った、胡済《こさい》であったのだ。
「偉度《いど》、よく来たな!」
孔明が満面の笑みを見せて迎えると、胡済も、にっ、と唇を上げて、言った。
「お元気そうでなによりです。江東の民にはいじめられていないようですね」
「ばかなことを。とても良くしてもらっているよ」
「その通りのようですね。ホッとしました。
玄徳さまは、軍師や子龍どのがいじめられていないかと、そればかりを心配なさっていましたから」
劉備が心配するのは、樊口《はんこう》でのとげとげしい会談を思えば、仕方のないことであった。
「おまえはわが君の使者として来たのか? ならば、われらは無事だと、ありのままを伝えておくれ」
「そういたします。なにはともあれ、良かったです。
最悪の場合は、わたしもここに残って、ひと働きしなければいけないかもしれないと思っておりましたから」
胡済が働くという場合は、表立ってではなく、裏で工作する、ということを示す。
孔明は眉をひそめ、胡済の言わんとすることをたしなめた。
「おまえはもう『壺中《こちゅう》』ではないのだから、裏の仕事はしなくてよいのだよ」
「そうはいっても、だれかがやらねばなりますまい。あなたは人が好いから、心配です」
「心配してくれてありがとう。だが、重ねて言うぞ、おまえはなにもしなくてよい。
わたしはおまえに日の当たる道を歩いてほしいのだ」
率直に言うと、胡済は、「ほんとうに直言なさる方だ」とぶつぶつ言ったが、浮かべる表情は笑みを殺そうとしているもので、ほんとうはうれしいのだということが知れた。
それから胡済は韓福とおかみさんに引き合わされ、奥へと通された。
胡済の、気の強い性格とは似合わない可憐な美貌に、韓福もおかみさんもおどろいて、
「まあ、こんなにきれいな坊ちゃんが世にいるものなのですか」
と感心した。
胡済はかえってむっとしたが、孔明が小突いて表情をあらためさせた。
趙雲も合流し、孔明の居室でふたたび話をはじめる。
つづく
曹操はすさまじい速さで、陸口《りくこう》から長江をはさんで向かいの烏林《うりん》に要塞を築いているらしい。
おそらく動員されているのは、無理やりに働かされている荊州《けいしゅう》の将兵たちや徴収された民衆だろうと思うと、孔明も気分が塞いだ。
曹操は洞庭湖《どうていこ》で迷子になったことを教訓にしたのか、霧の立ち込める長江に、やすやすと出撃してくることはない。
そのため、周瑜率いる水軍も下手に手出しができず、ひたすらにらみ合う状態だ。
曹操に持久戦に持ち込まれると、同盟軍は不利となる。
孔明が、何とか策をひねり出して、周瑜に献上せねばと仮家で悩んでいると、韓福《かんぷく》があらわれて、ホクホク顔で言った。
「栗がたくさん採れましたので、今宵は栗のおこわを焚きますよ、どうぞお楽しみに」
どうやら栗は韓福の好物でもあるらしく、かれは心底うれしそうである。
孔明も栗のおこわが楽しみだったので、
「われらもよいところに居合わせたものです。遠慮なくごちそうになりましょう」
と応じた。
すると、おかみさんがやってきて、お客が来ているという。
子敬(魯粛)どのかな、と思い表に出て、おどろいた。
玄関口にいたのは、旅装に身をつつみ、背中に大きな葛籠を背負った、胡済《こさい》であったのだ。
「偉度《いど》、よく来たな!」
孔明が満面の笑みを見せて迎えると、胡済も、にっ、と唇を上げて、言った。
「お元気そうでなによりです。江東の民にはいじめられていないようですね」
「ばかなことを。とても良くしてもらっているよ」
「その通りのようですね。ホッとしました。
玄徳さまは、軍師や子龍どのがいじめられていないかと、そればかりを心配なさっていましたから」
劉備が心配するのは、樊口《はんこう》でのとげとげしい会談を思えば、仕方のないことであった。
「おまえはわが君の使者として来たのか? ならば、われらは無事だと、ありのままを伝えておくれ」
「そういたします。なにはともあれ、良かったです。
最悪の場合は、わたしもここに残って、ひと働きしなければいけないかもしれないと思っておりましたから」
胡済が働くという場合は、表立ってではなく、裏で工作する、ということを示す。
孔明は眉をひそめ、胡済の言わんとすることをたしなめた。
「おまえはもう『壺中《こちゅう》』ではないのだから、裏の仕事はしなくてよいのだよ」
「そうはいっても、だれかがやらねばなりますまい。あなたは人が好いから、心配です」
「心配してくれてありがとう。だが、重ねて言うぞ、おまえはなにもしなくてよい。
わたしはおまえに日の当たる道を歩いてほしいのだ」
率直に言うと、胡済は、「ほんとうに直言なさる方だ」とぶつぶつ言ったが、浮かべる表情は笑みを殺そうとしているもので、ほんとうはうれしいのだということが知れた。
それから胡済は韓福とおかみさんに引き合わされ、奥へと通された。
胡済の、気の強い性格とは似合わない可憐な美貌に、韓福もおかみさんもおどろいて、
「まあ、こんなにきれいな坊ちゃんが世にいるものなのですか」
と感心した。
胡済はかえってむっとしたが、孔明が小突いて表情をあらためさせた。
趙雲も合流し、孔明の居室でふたたび話をはじめる。
つづく
※ ここで胡済、再登場でした。
胡済の持ってきた情報とは?
次回をおたのしみに(*^▽^*)
それと、仙台も午後から一気に雪が降って、いまはあちこち積もっています。
みなさま、今日は雪に気をつけてお過ごしくださいね。
昨年、雪に滑って膝を怪我した牧知花より。