※
徐庶は、旅の終わりに、襄陽にはもどらずに、石韜《せきとう》、あざなを広元のところへ向かった。
石広元は、もともと徐庶と同郷である。
徐庶がおたずね者になって逃亡する際に、いっしょになって付いてきてくれた若者であった。
地味であるが、気のいい青年で、孔明とはまたちがった意味で、長年、徐庶を支えてくれた人物でもある。
小さな丸い顔に、カラスの羽をふたつハの字に並べたような髭が特徴で、目も鼻もまるっこい形をしており、人柄のよさがそのまま顔にあらわれている。
石広元は徐庶が顔を出すと大変よろこんで、一家をあげて迎えてくれた。
かれは、崔州平とおなじく、すでに家に妻を迎えており、さらには故郷の両親を呼び寄せて、ともに暮らしていた。
石広元の位は郡の戸曹史主記である。
つまりは戸籍係であるが、辺鄙な土地柄で、禄は高くなく、生活は苦しい様子である。
石広元が仕官を急いだのは、早くも第一子に恵まれたからである。
崔州平とちがって実家が資産家というわけではないため、家族を養っていくために仕事が必要だったのだ。
徐庶と石広元では、石広元のほうが年下である。
二年のあいだに会わないうちに、かれはすっかり老け込んでいた。
もともと、老成したところのある青年であったが、老成などというものを飛びぬけて、一気に中年男になってしまったように見える。
生活の苦労が顔ににじみでているが、それでも、石広元の目は、生き生きと輝いていた。
これが女房をもらって家族を守っている男の顔かと、徐庶は、似たような立場にいる崔州平と孔明の顔を思い浮かべた。
崔州平や孔明の若々しさは、実社会で苦労していないからなのだろうか。
石広元の妻が挨拶にあらわれた。
愛らしい、感じのよい女で、慎ましやかな暮らしを好む石広元には似合いであった。
奥のほうからは、不明瞭ながらも、しゃべることをおぼえたらしい子供の声が聞こえてくる。
その世話に追われる妻や両親たちの姿を見る友の目は、徐庶がおどろくほど深い優しさを湛えたもので、それは、襄陽では決して見ることのなかったものだった。
最初は、お互いの近況や、共通する友のことを話していた。
酒が進んでいくと、自然と、仕官の話になった。
徐庶は、この友には、素直に心情を打ち明けることができる。
孔明に対しては、『兄』でなければならない、という気負いが出てくるため、泣き言の類いは口にできないのだ。
「参考にならないかもしれないが、やはり、実地でおのれの才能がどれほどのものか、試されるというのは楽しいものだ。
世間から見れば小さな地位かもしれないが、俺はいま、毎日が楽しくてたまらないのだ」
と、石広元は笑った。
負け惜しみなどではなく、本当にそうなのだろうと思う。
生活苦に悩まされてはいるようだが、目の輝きは、襄陽にいたときよりも強くなったように感じるからだ。
「昔の知り合いには、よく老けた、仕官して失敗したと思っているのではないか、などとからかわれるが、なに、ちっともそんなことは思っていやしない。
やはり、おのれの器を測るためには、人の中にいなければならないのだと、社会に出てからほんとうに実感するようになった。
昔はどこか、書物の言葉を借りてしゃべっていた気がするが、いまは、きちんとおのれの言葉を語ることができるのも楽しい」
「そういうものか」
応じる徐庶であったが、心のうちで、ほんとうだろうかと疑う心もあった。
徐庶の目から見ても、石広元は、地方の小役人で終わらせるには惜しい人物だと思っている。
本人が、仕官先にておのれの器を測っていると語っている以上、それを自覚しつつあるはずだ。
「一年以上も大陸をまわって、どうであった」
不意に、おだやかな笑みをたたえたまま、石広元はたずねてきた。
どう、の意味は、詳しく言われなくても明らかであった。
このところ、荊州の人間の関心時はただひとつ。
曹操は、南にやってくるのか否か、である。
「あと二年、いや、一年かな。曹操の政治力は、やはりすごい。
人の使い方が巧みなのだろう。
袁紹との戦でよほど疲弊しているだろうと思っていたが、とんでもない僻地の村でさえ、復興をはじめているのだ。
しかも上からの命令が行き届いている。
俺たちは外の人間だから、曹操のことがことさら悪く見えるのだが、しかし実際に北の人間で、曹操を悪く言うやつは、すくないな」
「毎日を平和に暮らしていければ、だれも文句は言わなくなる。
そうか、となると、曹操のところで仕官したほうがよさそうかな」
石広元はそう言って、口ひげを揺らして笑うのであるが、半ば冗談ではない証拠に、そのときは目が笑っていなかった。
「徐兄、あんたはどうするのだい。
俺の耳にも、劉表に振られたとか振ったとか、そんな話が聞こえてきたのだがね。
ハッキリ言わせてもらえば、劉表は駄目だろう。曹操がやってくるかもしれないとわかっているのに、家督争いなんぞで家臣を真っ二つにしているようでは、袁紹の二の舞だ。
となると、もう残っているのは四つだけ。曹操、馬騰、劉璋、孫権。
さらに言わせてもらえれば、おそらくそのなかでも、もっとも将来が安泰なのは、曹操のところだろうな。
帝を擁しているのは、やっぱり強い」
「しかし、許都を見てきてわかった。
曹操のところは、士大夫が山ほどいる。
俺たちのように後ろ盾のない人間は、どこにも食い込めずに終わるのが関の山だ」
すると、酒をちびちびと進めながら、石広元は目をほそめた。
「なんだ、結局、徐兄も孔明の意見に賛成なのだな」
「なんだって?」
「いや、いつだったか、孟公威が故郷に帰りたいと嘆いていたとき、孔明のやつが
『帰ったところで中原には士大夫がいっぱいいて、自分たちのくい込む隙はない。なにも中原だけが天下のすべてではない』
とかなんとか言っただろう。つまりは、同じことじゃないのか」
「ああ、言っていたかもな」
うなずきながら、徐庶は、満腹だというのに、皿に残った料理をさらに口にした。
「曹操がだめだというのなら、あとは馬騰と劉璋と孫権だ。
しかし、どこもいまひとつ魅力に欠けると思わないか。
馬騰のところは遠すぎるし、劉璋は、人物はそう悪くないが、天下の趨勢に疎すぎるという話しだし、孫権のところは、悪くはなさそうだが、どうも孫権そのひとに、俺は惹かれぬ。
となると、あとは世をすねて隠棲する、ということになるわけだが」
徐庶は、ともに隠棲するのも楽しいと話していた、孔明のことを思い出した。
一年以上の旅のなかで、なんだかんだと、徐庶の基準は孔明だった。
つづく
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徐庶は、旅の終わりに、襄陽にはもどらずに、石韜《せきとう》、あざなを広元のところへ向かった。
石広元は、もともと徐庶と同郷である。
徐庶がおたずね者になって逃亡する際に、いっしょになって付いてきてくれた若者であった。
地味であるが、気のいい青年で、孔明とはまたちがった意味で、長年、徐庶を支えてくれた人物でもある。
小さな丸い顔に、カラスの羽をふたつハの字に並べたような髭が特徴で、目も鼻もまるっこい形をしており、人柄のよさがそのまま顔にあらわれている。
石広元は徐庶が顔を出すと大変よろこんで、一家をあげて迎えてくれた。
かれは、崔州平とおなじく、すでに家に妻を迎えており、さらには故郷の両親を呼び寄せて、ともに暮らしていた。
石広元の位は郡の戸曹史主記である。
つまりは戸籍係であるが、辺鄙な土地柄で、禄は高くなく、生活は苦しい様子である。
石広元が仕官を急いだのは、早くも第一子に恵まれたからである。
崔州平とちがって実家が資産家というわけではないため、家族を養っていくために仕事が必要だったのだ。
徐庶と石広元では、石広元のほうが年下である。
二年のあいだに会わないうちに、かれはすっかり老け込んでいた。
もともと、老成したところのある青年であったが、老成などというものを飛びぬけて、一気に中年男になってしまったように見える。
生活の苦労が顔ににじみでているが、それでも、石広元の目は、生き生きと輝いていた。
これが女房をもらって家族を守っている男の顔かと、徐庶は、似たような立場にいる崔州平と孔明の顔を思い浮かべた。
崔州平や孔明の若々しさは、実社会で苦労していないからなのだろうか。
石広元の妻が挨拶にあらわれた。
愛らしい、感じのよい女で、慎ましやかな暮らしを好む石広元には似合いであった。
奥のほうからは、不明瞭ながらも、しゃべることをおぼえたらしい子供の声が聞こえてくる。
その世話に追われる妻や両親たちの姿を見る友の目は、徐庶がおどろくほど深い優しさを湛えたもので、それは、襄陽では決して見ることのなかったものだった。
最初は、お互いの近況や、共通する友のことを話していた。
酒が進んでいくと、自然と、仕官の話になった。
徐庶は、この友には、素直に心情を打ち明けることができる。
孔明に対しては、『兄』でなければならない、という気負いが出てくるため、泣き言の類いは口にできないのだ。
「参考にならないかもしれないが、やはり、実地でおのれの才能がどれほどのものか、試されるというのは楽しいものだ。
世間から見れば小さな地位かもしれないが、俺はいま、毎日が楽しくてたまらないのだ」
と、石広元は笑った。
負け惜しみなどではなく、本当にそうなのだろうと思う。
生活苦に悩まされてはいるようだが、目の輝きは、襄陽にいたときよりも強くなったように感じるからだ。
「昔の知り合いには、よく老けた、仕官して失敗したと思っているのではないか、などとからかわれるが、なに、ちっともそんなことは思っていやしない。
やはり、おのれの器を測るためには、人の中にいなければならないのだと、社会に出てからほんとうに実感するようになった。
昔はどこか、書物の言葉を借りてしゃべっていた気がするが、いまは、きちんとおのれの言葉を語ることができるのも楽しい」
「そういうものか」
応じる徐庶であったが、心のうちで、ほんとうだろうかと疑う心もあった。
徐庶の目から見ても、石広元は、地方の小役人で終わらせるには惜しい人物だと思っている。
本人が、仕官先にておのれの器を測っていると語っている以上、それを自覚しつつあるはずだ。
「一年以上も大陸をまわって、どうであった」
不意に、おだやかな笑みをたたえたまま、石広元はたずねてきた。
どう、の意味は、詳しく言われなくても明らかであった。
このところ、荊州の人間の関心時はただひとつ。
曹操は、南にやってくるのか否か、である。
「あと二年、いや、一年かな。曹操の政治力は、やはりすごい。
人の使い方が巧みなのだろう。
袁紹との戦でよほど疲弊しているだろうと思っていたが、とんでもない僻地の村でさえ、復興をはじめているのだ。
しかも上からの命令が行き届いている。
俺たちは外の人間だから、曹操のことがことさら悪く見えるのだが、しかし実際に北の人間で、曹操を悪く言うやつは、すくないな」
「毎日を平和に暮らしていければ、だれも文句は言わなくなる。
そうか、となると、曹操のところで仕官したほうがよさそうかな」
石広元はそう言って、口ひげを揺らして笑うのであるが、半ば冗談ではない証拠に、そのときは目が笑っていなかった。
「徐兄、あんたはどうするのだい。
俺の耳にも、劉表に振られたとか振ったとか、そんな話が聞こえてきたのだがね。
ハッキリ言わせてもらえば、劉表は駄目だろう。曹操がやってくるかもしれないとわかっているのに、家督争いなんぞで家臣を真っ二つにしているようでは、袁紹の二の舞だ。
となると、もう残っているのは四つだけ。曹操、馬騰、劉璋、孫権。
さらに言わせてもらえれば、おそらくそのなかでも、もっとも将来が安泰なのは、曹操のところだろうな。
帝を擁しているのは、やっぱり強い」
「しかし、許都を見てきてわかった。
曹操のところは、士大夫が山ほどいる。
俺たちのように後ろ盾のない人間は、どこにも食い込めずに終わるのが関の山だ」
すると、酒をちびちびと進めながら、石広元は目をほそめた。
「なんだ、結局、徐兄も孔明の意見に賛成なのだな」
「なんだって?」
「いや、いつだったか、孟公威が故郷に帰りたいと嘆いていたとき、孔明のやつが
『帰ったところで中原には士大夫がいっぱいいて、自分たちのくい込む隙はない。なにも中原だけが天下のすべてではない』
とかなんとか言っただろう。つまりは、同じことじゃないのか」
「ああ、言っていたかもな」
うなずきながら、徐庶は、満腹だというのに、皿に残った料理をさらに口にした。
「曹操がだめだというのなら、あとは馬騰と劉璋と孫権だ。
しかし、どこもいまひとつ魅力に欠けると思わないか。
馬騰のところは遠すぎるし、劉璋は、人物はそう悪くないが、天下の趨勢に疎すぎるという話しだし、孫権のところは、悪くはなさそうだが、どうも孫権そのひとに、俺は惹かれぬ。
となると、あとは世をすねて隠棲する、ということになるわけだが」
徐庶は、ともに隠棲するのも楽しいと話していた、孔明のことを思い出した。
一年以上の旅のなかで、なんだかんだと、徐庶の基準は孔明だった。
つづく
※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
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昨日はマースカレーのルーでカレーを作っていたら、「当たり券」のついたプレゼント応募はがきが箱から出てきました!
このところついてるなあ、と喜んでおります(^^♪
近日中に、切手を貼って応募はがきをだす予定。
で、終わる終わると言っていて、なかなか終わらない番外編。
今週中には、かならず終わります。
続編の連載は、来週あたりからかな?
近くなったら、またご報告させていただきますね。
ではでは、みなさま、今日もよい一日をお過ごしくださいねー('ω')ノ