はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 三章 その12 江夏への使者

2024年01月17日 09時59分13秒 | 英華伝 地這う龍



数日後。
孔明は江夏《こうか》から戻ってこない使者に見切りをつけ、劉備とともに今後のことを相談し始めた。
だれを使者に送るのかで迷っているようすで、夜のたき火のそばで行われたその話し合いは、なかなか終わらない。
劉備と孔明のふたりは、ああでもない、こうでもないと意見を戦わせている。


そのかたわらで、甘夫人《かんふじん》と麋夫人《びふじん》が、やつれた顔をして座っていた。
敷物の上にぺたんと座ったその姿は、髪もほつれ、衣も汚れ、血色もわるい。
趙雲は夫人たちの守りとしてかたわらにいたが、やがて、阿斗をあやしていた甘夫人が顔を上げた。
「お疲れですか。水でも持って参りましょうか」
趙雲は心配になって声をかける。
朝から晩まで、ゆっくりした行軍とはいえ、馬車での移動。
揺れっぱなしのなかにいては、両夫人ともに、いつ具合が悪くなってもおかしくなかった。


だが、甘夫人は気丈だった。
趙雲のことばに首を振る。
「ありがとう、疲れてはいないわ。
それよりも子龍や、どこからか子供の泣き声が聞こえます。
親からはぐれてしまったのではないかしら」
言われて耳をかたむけると、たしかに、野営している民の集団のなかから、悲痛な子供の泣き声が聞こえてきた。
迷子か。
「親からはぐれてしまった子や、疲れているお年寄りは、守ってあげねばなりませぬ。
わたしたちのことは、ほかの者が見てくれましょう。
行って、迷子を助けてお上げ」
「わかり申した。あとの守りは叔至《しゅくし》に任せます」
そう言って、趙雲は傍らに控えていた陳到《ちんとう》に目で合図した。
陳到の妻子も甘夫人と麋夫人の世話をしてそばにいる。
陳到としても、この場でみなを守っていたいだろう。


甘夫人のとなりでは、甘夫人の抱く阿斗のちいさな手をとってあやしている麋夫人がいる。
その顔が、夜闇のなかにいるということを引いてみても、あまりに蒼かったので、おもわず趙雲はたずねた。
「馬車に酔われたのではありませぬか、薬をお持ちします」
だいじょうぶ、と麋夫人はか細い声で答えるが、それを甘夫人がさえぎった。
「我慢はいけないわ。道中ながいのです。
子龍や、申し訳ないけれど、薬を持ってきておくれ」
趙雲はすぐさま侍医を見つけだし、かれの頓服《とんぷく》を分けてもらい、麋夫人に届けた。


さて、迷子である。
趙雲は張著《ちょうちょ》をつれ、泣き声を頼りに、子供の姿を探した。
すると、しばらくして張著が指さした。
「あれではありませぬか」
それぞれが火のまわりで車座になっている民のあいだで、あたりを不安そうにきょろきょろ見回しながらべそをかいている童子がいた。
もはや大人たちは見知らぬ子どもの世話ができる余裕がないようで、童子がべそをかいていても、世話をしようとしない。
よくない傾向だな、と苦りつつ、童子に近づこうとする直前、旅装の男がふらっとあらわれて、童子に声をかけはじめた。
父親か、あるいは親族かな、と様子を見たが、どうもおかしい。
たき火の明かりに照らされる童子の顔が、緊張でひきつっているのだ。
まさか、人攫《ひとさら》いか。


どうしても襄陽城での陰惨な出来事が思い出され、趙雲は足音も荒く旅装の男と童子に近づいていく。
とはいえ、そこは冷静沈着を旨とする趙雲であったから、すぐに旅装の男に殴りかかることはしなかった。
殺気を押し殺し、たずねる。
「おまえ、その子をどこへ連れて行く」
旅装の男が振り返った。
身の丈八尺ある自分と、ほぼ同じ背丈の、精悍《せいかん》そうな男である。
目鼻立ちがくっきりとしていて、顎ががっしりしていた。
男は目をぱちくりさせて、趙雲と張著をそれぞれ見比べる。
「あんた、この子の親御さんかい」
親御さんときたか。
「ちがう。おれは趙子龍という」
「劉豫洲《りゅうよしゅう》さまの主騎どのだぞ」
と、張著がことばを添える。


すると、旅装の男は童子の手をとったまま、むっとした顔をした。
「親じゃないなら、なんでおれに声をかけた」
「むしろそれはおれの台詞だな。親じゃないのに、なぜその子の手を引いている」
すると、勘がいいたぐいの男らしく、合点がいったという顔をして答えた。
「ああ、おれが人攫いじゃないかと思ったわけだな。
ちがうぞ、この小僧がわんわん泣いてうるさくて眠れんから、親を探してやろうと思ったのだ」
「ほんとうか」
「ほんとうだとも。といっても、証拠はないが」
「おまえ、名は?」
「名乗らなきゃならんかね」


ふざけた男である。
ちょっと出方を変えたほうがよいかなと思っていると、いつの間にか、あたりに人だかりができていた。
たき火の周りに集まっていた人々が、趙雲と男の口論に気を惹かれ、集まって来たらしい。
と、人の輪のなかから、きゃあっ、という声が聞こえたかと思うと、やせ細った中年女が飛び出してきた。
「阿惇《あとん》! あんた、こんなところにいたの! 
急にいなくなるもんだから、探し回っていたんだよ、このばか!」
童子は、わあっと声を放って泣いて、女の腕の中に飛び込んでいった。
どうやら、親が見つかったようである。


「おい、それはそれとして、名を」
名乗れ、と男のほうを向いたが、旅装の男は忽然と姿を消していた。
「張著、あいつはどこへ行った?」
「申し訳ありませぬ、見失いました」
なんだか狐狸《こり》の類に化かされた気分である。
しかし、足元を見ると、男がいた証拠に、大きな草鞋の足跡がくっきり残っているのが、たき火の明かりでよく見えた。







翌朝、劉備と孔明の長い話し合いがまとまった。
江夏の劉琦のもとへ、関羽と孫乾《そんけん》が向かうこととなったのだ。
孔明は関羽に、この任務の重要性を滾々《こんこん》と言い聞かせた。
関羽もそのことばのひとつひとつを受け止め、はっきりとした声で言った。
「かならずや、劉公子から船を借りてまいります、どうかそれまでご辛抱を!」
だれもが、関羽が船とともに戻ってくれば、漢水《かんすい》を楽に下れるようになるとわかっていた。
関羽が旅立つときには、みなが快哉をあげて見送った。
関羽は、
「わしに任せておけ! みな、わしが帰るまで、無事でな!」
と元気に言って、孫乾とともに馬を東へ走らせていった。
勢いよく飛び出した人馬のたてる砂塵が、次第に大気にまじって消えて行ってもなお、人々は関羽たちへの期待と応援のことばを口にし続けていた。


つづく


※ いつもお付き合いくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
本日より通常運転でまいります!
そして、ブログ村に投票してくださったみなさま、どうもありがとうございましたー!(^^)!
やる気も倍増! とってもうれしいです! これからもがんばりますよー!
ようし、今日も張り切ってまいりましょう!

今日は、夜あたりに近況報告も更新いたしますので、よろしかったらあわせてごらんくださいませ。
でもって、明日から張郃どののエピソードが入ります。
明日もどうぞおたのしみにー(*^▽^*)


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