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帯とけの拾遺抄
藤原公任撰『拾遺抄』の歌を、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観に従って読んでいる。
公任の捉えた和歌の表現様式は「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを優れたりといふべし」という優れた歌の定義に表れている。公任の撰んだ歌には、品の上中下はあっても、「清げな姿」「心におかしきところ」時には「深い心」の三つの意味が有る。
拾遺抄 巻第九 雑上 百二首
とち ところ たちばな すけみ
四百八十九 おもふどちところもかへずすみへなむ たちはなれなば恋しかるべし
とち ところ たちばな (藤原輔相・物名の歌の名手)
(思い合う者どうし、所も変えず住み、過ごしていたい、たち離れたならば、恋しいだろう……思い合う伴侶、和合の極みで・変わることなく、す見て過ごしたい・すごすぞ、絶ち離れたら乞いしがるだろう)
言の戯れと言の心
「とち・ところ・たちばな…植物の名、音を借りただけのこと、歌の清げな姿に植物の紋様が付いている」。
「どち…同士…友…伴…伴侶」「ところ…所…住所…処…山ばの頂上…宮こ」「すみ…住み…す見」「す…洲…おんな」「見…覯…媾…まぐあい」「なむ…その情態の実現への強い意志を示す…したい・しよう」「たち…接頭語…出で立ち…絶ち」「恋し…乞いし…求める」「べし…推量の意を表す…するだろう…確実な推測を表す…きっとする」
歌の清げな姿は、竹馬の友とは同じ里で孫ができても共に遊びたいものだ。
心におかしきところは、思い人と和合したまま山ばの峰でいつまでも過ごしたい。
さはやけ (すけみ)
四百九十 春風のけさはやければうぐひすの 花のころもはほころびにけり
さはやけ (藤原輔相・物名の歌の名人)
(春風が今朝速く吹いたので、鶯の花の・梅の花の、衣はほころびて・つぼみは花開いて、しまったことよ……春情の心風が、今朝・帰りがけに、はげしく吹いたので、春告げる女の衣は、再び・開いてしまったなあ)
言の戯れと言の心
「さはやけ…野菜の名という・詳細不明」。「春…季節の春…春情」「風…季節風…心に吹く風…厭き風や心も凍る寒風もあるがここは春情の風」「けさ…今朝…男の帰る時」「うぐひす…鶯…春告げ鳥」「鳥…言の心は女」「花…美しい女花…男木の花」「ころも…衣…心身を包んでいる物…心身の換喩」「ほころび…破綻…つぼみが開く…身も心も開く」「に…ぬ…完了」「けり…詠嘆」
歌の清げな姿は、春風、清々しい朝、鶯、梅の花のほころび、春の風情。
心におかしきところは、朝、両人に吹いた激しい春情の心風、花の衣のすそを吹き返す。
『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。