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帯とけの拾遺抄
藤原公任撰『拾遺抄』の歌を、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観に従って読んでいる。
公任の捉えた和歌の表現様式は「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを優れたりといふべし」という優れた歌の定義に表れている。
拾遺抄 巻第十 雑下 八十三首
なぞなぞものがたりし侍りける所に 曽禰善忠
五百十三 わがことはえもいはしろのむすび松 ちとせをふともたれかとくべき
なぞなぞ遊びした所で (拾遺集では曽禰好忠・公任の父の頼忠らとほぼ同じ年配の人・通称、曾丹)
(我が、ことは・なぞなぞは、とても答を言えないだろう、岩代の結び松よ、千年経とうとも、誰が解くだろうか……我が事は、恥ずかしくて・とても言えないだろう、いわ白の結びまつよ、千年経ても誰が解くかと、解けそうもない)
言の戯れと言の心
「なぞなぞものがたり…二組に分かれ謎々を出し合い答えの優劣を争う…謎々合わせ」
「えもいはし…えも言わじ…とても言えないだろう」「いはしろ…岩代…所の名…名は戯れる。岩白、女白、女の色の果て方」「岩・石・磯…言の心は女」「白…色の果て…色情の果て方…おとこのものの色」「むすび松…結び松…絡み合ったまま成長した松が枝」「松…待つ…言の心は女…木の言の心は男なので、松は例外であるため、紀貫之は土佐日記で、松と鶴(鳥の言のは女)と友だちだとか、亡き女児を小松に喩えたりして、それとなく言の心を教示している」「とく…解く…(なぞなぞに)解答する…(結ばれた枝を)解く…結ばれた身を解き離れる」「だれかとくべき…誰が解きことが出来ようか・出来ないだろう…だれが解き離れようか・離しはしないだろう」「べき…推量・可能・意志などを表す多義性のある言葉…べしの連体形、体言が省略されてあるが体言止め、余韻・余情のある言い方」。
歌の清げな姿は、作ったなぞなぞを、自ら愛で、勝ち誇った。
心におかしきところは、契り結んだ女の深情けに、色男振りを誇った。
野宮にて斎宮の庚申し侍りける時に、よるのこと松の風にいるといふ
ことをよみ侍りける 斎宮女御
五百十四 ことのねにみねの松風かよふなり いづれのをよりしらべそむらん
野宮にて、斎宮が庚申した(信仰上徹夜で眠らず過ごす)時に、夜の琴、松の風に入ると云うことを詠んだ、(斎宮女御・徽子女王、元斎宮が叔父にあたる村上帝の女御となり、後に娘の内親王も斎宮に卜定されたので、伴に伊勢に下向する)
(琴の音に峰の松風の音、交わり響き合って聞こえている、どちらの尾峰より・どの玄の緒より、奏ではじめた調べでしようか……異の声に、峰の女心に吹く風の声、交響して聞こえる、どちらのお方により、奏で初めたのかしら)
五百十五 松風のおとにみだるることのねを ひけばねのひのここちこそすれ
(おそらく娘の斎宮の歌・母への返歌として聞く)
(松風の音に、乱れる琴の音を弾けば、初子の日の・初めて弾いた日の、心地がします……女の心風の声に、乱れる異性のねを、ひけば、初ねの日の心地がする)
言の戯れと言の心
「野宮…未婚の内親王が卜定により斎宮となり、伊勢に入る前に精進潔斎する所…これより、天皇が退位されるか身内に不幸の無い限り、異性と接することのない、清き暮らしが続く」。
「こと…琴…事…異…異性」「みねの松風…峰の松に吹く風(音)…ものの山ばの頂上の女の声」「松…待つ…言の心は女」「かよふ…交流する…交響する…交合する」「お…尾ね…峰…男…おとこ」「らん…らむ…推量する意を表す…原因理由などを推量する意を表す」。
「みだるる…乱れる…混合する…淫るる」「るる…る…受身・される意を表す…自発・自然にそうなる意を表す」「ひけば…弾けば…(小松を)引けば…(少女を)引けば・めとれば…(根を・おとこを)引けば…ことがおわれば」「ねのひ…子の日…正月の初子の日…春の野で、小松引き若菜摘みする若人の交歓の日」。
歌の清げな姿は、母は、松風の音に交じる琴の音に、斎宮になった娘の心情を思う。娘は、子の日に初めて弾いた琴を思う。
心におかしきところは、初寝のことを心配する母。今、初根を引き上げられる心地がすると応える娘。
清げに包んで、生の心を相互に聞き合う。これが相聞歌。普通の言葉では、語り合えないこと。
『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。