あまねのにっきずぶろぐ

1981年生
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

食卓を囲む者たち

2018-05-03 00:00:03 | 随筆(小説)
虚無、お前に美味いヴィーガン料理を作ってあげて、テーブルを囲み、一緒に食べたいよ。
俺はお前のことが嫌いであんなことを言ったんじゃないんだ。
ただお前がムカのつくことばっかり言ってきたから、俺はお前の望む通り、ムカがついただけだよ。
俺はお前にほんまに腹が立ったが、お前はまだほんのちいちゃい猿の赤ちゃんなんだと想って気を鎮めてきた。
馬鹿ね。私。あんなにハラワタ煮え繰り返るほど業火に燃えていたのに、そんな夜も、ほんのつい、大昔のことのようだわ。
もう嵐のような虚無が過ぎ去り、私の心臓は湖のように穏やかだわ。
寝る前に298円の農薬苺、三粒喰うてん。
今月も、生活費が三万円とかや。
せやさかい、おれはオーガニック生活を今月は諦め、農薬野菜、農薬豆腐、農薬パスタを歯医者の帰りに買うてきた。
久し振りやわ、農薬まみれの生活をするのはな。
今月俺は、堕落の屈辱的な一月を過ごし、何もかも、ブロッコリースプラウトをマイクにして熱唱したい。
茄子の舟で今夜も眠る。
豆腐を枕にしたら、豆腐が崩れ、絶望的になった。
納豆の掛け布団、これが全然、俺の身体を暖めてくれへん。
嗚呼こんなとき、海苔が居てくれたら、良かった。
彼奴ならきっと、この寒さから俺の身体を凌いでくれたはずなんや。
彼奴ならきっと、そのまま俺達を、巻いてくれた、その時、俺は絶対に、ブロッコリースプラウトを抱き締めていた。
そしてアボカドが全速力で走ってきて、俺の側に滑り込んで来た。
茹で上がった1㎏188円のパスタが、俺達を、ぐるぐる巻きにして、その圧力によって、豆腐がはみ出て、もう万事休すと想ったその時である。
俺達は、星空から突如現れたる巨大な白い箸に挟まれ、中空に持ち上げられた。
俺は息を飲んでじっと静かにしていた。
すると何を想ったのか、パスタはぐるぐる巻きをほどき、さらには海苔までもが、逆回転して巻きをほどいた。
俺達は、茄子の舟のなかの海苔の上で、露にされたのである。
俺は震える身体でブロッコリースプラウトを、抱き締め続け、何が起きるかわからないが、助けてくれと祈った。
寒さにも身が震え、温かい丁度良いお湯加減の味噌汁風呂に入りたいという欲望が、沸いてきたが、俺にとって丁度良いお湯加減であっても、身体の細いブロッコリースプラウトには、滅茶苦茶熱いかも知れないではないか。
俺はブロッコリースプラウトの存在を、一瞬でも忘れていたそんな欲望を沸かしたこの己れが、遣りきれなくなって、ブロッコリースプラウトを、パスタに結んでしまおうかと考えた。
もしかしたら、この俺よりも、パスタはブロッコリースプラウトとうまくゆくんちゃうか。
そうは想っても、ブロッコリースプラウトのこのあまりにも細い身体をパスタに任せるということは、俺が、ブロッコリースプラウトを投げ出すことと寸分違わぬことだと知った。
それだけブロッコリースプラウトは、細く折れやすく、弱いまだ生まれたての護ってやるべき存在として、今、俺の側に、横になっているのだ。
俺達は、降ろされることもないし上げられることもない。
俺は寒さに身が凍え、冷たい俺達は、身を暖める術を知らなかった。
もしかして、此所は巨大な冷蔵庫なのではあるまいな。
何故こんなに凍える冷たさであるのか。
俺は震えながら茄子の舟のなか、ブロッコリースプラウトを抱いて崩れた豆腐を枕にし、納豆の掛け布団を掛け、海苔と伸びたパスタの敷き布団の上で、目を瞑った。
夢うつつのなか、俺に星空から舞い降りてきた一枚の大葉が、ふわりと被さり、俺を暖めるかとしていた。
だが俺の身体は、一枚の大葉では到底、ぬくもりを、与えられることが叶わなかった。
俺は今、夢を見ているだろうか。
俺達を挟んだままのあの白い箸が、星空へ続く白い階段になっているのが見える。
俺はこの白い階段を上ってゆけるだろうか。
俺はこの白い階段を上ってゆけるのではないか。
俺はこの白い階段を上ってゆきたい。
俺はこの白い階段を上ってゆけるだろう。
俺はこの白い階段を上ってゆく。
なあ、みんなと、一緒に。
そう俺が振り返ると、そこには茄子の舟も海苔とパスタの敷き布団も納豆と大葉の掛け布団も、俺がずっと抱き締めていたはずのブロッコリースプラウトも消えて、見えなかった。
俺は想いだした。
あ、せや、あいつらみんな、俺の先週のご飯や。(よく見ると苺とアボカドもおったのである)
あれでも、海苔...海苔は買おうか悩んでやっぱり買わんかってんけどな。
ああ、俺が食べたいやつも俺の側におったんやな。
俺は中空の闇に浮かびながら、俺が今週食べたいやつと俺が食べたやつらに囲まれて一緒に眠る夢を見た。
だが俺がまた、一緒に白い階段上ってゆこうと言うと、不思議と彼らは見えなくなった。
俺は想うのだった。
今週の俺という存在は、今週、俺が食べた存在たちの見る夢であるのだと。
彼らは皆、家の中にいても静かであり、体温のない存在たちであった。