あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

愛と悪 第五十五章

2020-06-26 21:53:48 | 随筆(小説)
生きた死体と、死亡した生存者、何処にも存在しない存在で在らせられる盲目の全能神、エホバ。

彼女は24歳のとき、家を出た。
そして38歳のとき、家に帰ってくると、彼女の家族全員が、惨殺されていた。
彼女の判断は、真に正しい。彼女は意識を喪失し、記憶を抹消させた。
それは意識化で行われたのではなく、彼女の脳内で自然と行われた。
惨殺した犯人の男が、確認するべきものを確認し忘れたことで戻ってきたとき、彼女はダイニングキッチンの椅子に座っていた。
夜中の三時を過ぎていた。真っ暗なその部屋のなかで、彼女は静かに座っていた。
男が”それ”に気づいたとき、銃口を彼女の顔面に向けて近づいたが、彼女は壁の一点を見つめたまま動かなかった。
テーブルの上に、キャンドルがあった。男はライターでそれに火を点けた。
男は、彼女を殺すつもりでいた。それが”上”からの命令であり、それに背くことは、許されなかった。
闇の組織の上層部に属する存在たちによる”彼ら”に向けての24の信条と掟(戒律,Commandment)は以下である。







1,上層部の命令による殺害理由を、下の者が知ることはできない。
2,「何故、殺すのか?」その問いの答えを教えてくれる存在はいない。何処にも。
3,我々の組織の下で働く者たちには、”顔”を存在させてはならない。
4,”個”の存在は、我々のもとで従順に働き続ける為には邪魔なだけであるからである。
5,彼らは皆、目と口の部分だけ開いた白い布製のマスクを被っている。さらにそのマスクの下に、もう一枚の絶対にみずからは脱衣することのできない構造となっているマスクを”最初”から身に着けている。
6,彼らは皆、自分の顔を知らない。他の”彼ら”と区別し得る何物をも存在しない(存在させてはならない)。
7,彼らは、自分たちが何者であるのか?みずからに問い続けることは許されない。
 もしそれを続けるならば、すぐにでも彼らはみずから発狂することは避けられず、瞬時に組織の存在によって抹消されなくてはならない。
(だがその実例は、まだ存在しない。)
8,彼らこそ、存在するなかで最も優秀な”殺人兵器”である。
9,人を殺すこと以外に、彼らの存在価値は存在しない(存在させてはならない)。
10,彼らは人を殺害することに於いて、その手段を選ぶ必要はない。
11,真に優秀な兵士とは、人を殺戮するにあたって、特別な感情や感覚を抱くことがあってはならない。
12,同時に、ロボットのように無感情と無感覚に在ってもならない。
13,Systematicに人類殺害の使命を完遂させる為に最も重要なものとは、”人間的感情と感覚”と、”ROBOT的無感情と無感覚”の、その間に存在する微妙で繊細な感情と感覚である。
14,それは美しく洗練された純粋な感情と感覚であらねばならない。
15,彼らはすべてに於いて、人間と、A.I.(人工知能)を超越する存在であらねばならない。
16,意識と能力に於いても、人間とA.I.を超越していないのであれば、”その者”は殺人兵器には向いていないということである。(その場合、彼らはみずから自壊に向かうことを避けることはできない。)
17,彼らはみずからを、殺人兵器で在る(殺人兵器としてだけ存在している)という意識や問いを持つことはあってはならない。
18,それは非常に重力を持つマイナスエネルギーによる観念である為、自滅する為のものだからである。
19,彼らは善と悪の観念を超越していないのであれば、彼らは自身を保ち続けることは不可能である。
20,人間的な感情に堕落するならば、彼らは自身を内部から消滅させ、復活することは不可能であることを知らねばならない。(上記のマイナスエネルギーの謂の観点から、彼らに”魂の有無”について自問させることがあってはならない。)
21,彼らは人間的感情と感覚と、無人間的感情と感覚のその両方を望んではならない。
22,”わたしたち”の真の奥義を、彼らも、どの人類も、知ることがあってはならない。
23,我々の秘密を知るわれわれ以外のだれひとり、最早、生きてゆくことはできない。
24,それは”存在”自体が、堪えられない(意識外、即ち純粋エネルギー、またエーテルに於いても堪えられ得るものではない)ものだからである。







彼女の家族を惨殺したこの男は、その誕生した瞬間から、自身の深層の内部で上記のすべてを理解している存在として生まれた為、生き残った彼女をも、殺すつもりでキャンドルに火を灯し、彼女の顔を見た。
さっきまでは月明かりで彼女の顔は暗影としてのごく表面的な陰影をしか、男の目には映さなかった。
だが揺曳する炎の美しい光は、彼女の顔を、”人間的”には映さなかった。
また同時に、”死体的”にも映すことはなかった。
男の目には、彼女の顔は”生命”と”モノ”の間に属する存在に映ったのだが、それはこの男にとって真に最初の体験であった。
自分の姿を映す鏡を、男は何度と見たことがあったが、男は自身のその”顔のない顔”を、人間でも生命でも、また人間でも生命でもない存在でもない、何者にも属しようのない不気味でならない存在であるとどこかで感じていた。
男は、彼女が自分の最も求めるものであるのだと瞬時に確信した為、殺すことができなかった。
”それ”は”生きている”ようでも、”死んでいる”ようでもなかったのに、まるでどの存在よりも、”存在”として最も相応しい存在であるのだと感じたのだった。
男は、間違いなく彼女に対して欲情していたのだが、その腹の底辺りから熱い電流のように湧き上がる恍惚な感覚が何であるのかを男は知らなかった。
彼女を任務の為に殺すことができなかった為、男は男が彼女を見詰めるなかもじっと壁の何もない一点を見詰め続ける彼女を肩に担ぎ、この凄惨な空間を後にし、家の裏に停めてあった自分のキャンピングトレーラーを牽引している車の助手席に彼女を乗せて自分の敷地に向かって発車させた。
彼女は疲れを想いだしたのか、倒した助手席で横になり目を閉じて眠っているようだった。
覆面姿の男の彼女を見つめる眼差しは、実に奇妙であった。
死体が墓から起き上がり、ゾンビとして生きた後にまた死に、自分は生きていると信じる死んだ魂が、夢の寝床のなかで淡い朝焼けの空をぼんやりと見上げているかのような、実に複雑で不思議な眼差しであった。
夜が明けた頃、敷地に到着し、男は今度はそっと眠る彼女を優しく抱きかかえるとトレーラーの狭いベッドに、彼女を寝かせ薄いタオルケットを掛けてやった。
その日から三日間、彼女は目覚めることはなかったが、三日目の朝に彼女は目覚め、隣で眠る覆面の男の、その開いた口にキスをして目を醒ました男に向かって、不安げな表情をして言った。
「ママ…抱っこ…。」
男は溢れ返る欲情と彼女のあまりの愛らしさに気絶しかけるほどに興奮していたが、そんな男をギュッと抱き締めると、また彼女は男の目を見つめて言った。
「ママ…やっと会えた…。」
男は、彼女の目を見つめながら、深く頷いた。
こうして、”殺人兵器”としてだけ存在せねばならない男が、彼が家族の全員を殺し、その記憶のすべてを喪っている彼女の”母親”として彼女と共に暮らし始めることになった。
この時、すでに組織の上層部の間で最初の異例に対する緊急会議が行われていた。
その会議で、一人の存在が、こう言った。
「だからわたしは言ったのです。”目”と、”口”をなくすべきだと…このような問題が起きてしまったのは、”彼ら”に目と口を設けさせたことが真の原因です。」
一人の者が、これに対し異議を唱えた。
「いいえ、それは正しい構造です。2つの目と、口を線で結ぶと逆三角形▽のフォルムが彼らの顔のない顔の表面と内部に於いても表出します。その中心部に生ずるエネルギー体によって、彼らは人間的でも無人間的でもない新たなる”新人間(New Human)”的存在として生存させることが可能となるはずだからです。」
この会議で、最終的に一人の存在の案が全員の同意によって通された。
「最早、この時点から、彼を殺人兵器としてだけの存在として戻すことは困難でありましょう。地球上の人類を我々の意志によって削減するという人類救済の為の重要な我々のプランニング(Planning)が彼ひとりの異例の為に失敗することは許されません。早い段階で、彼を自壊へと向かわせます。その為に、我々は全力を惜しんではなりません。」