宮沢賢治の詩集を借りてきてよんだ。
「永訣の朝」という詩…彼の妹さんのトシさんとの別れの日に作ったものらしい。
きょうのうちに
とおくへいってしまうわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
うすあかく・・・
・・・最初の5行です。
なんだろう・・詩集を最初から声に出して読んでいたんだけど、
この詩を読みだしたら急に嗚咽みたいに泣いてしまった。
思ってもみないこういうことに自分でびっくりする。
声を出して読んでいる私に宮沢賢治の魂みたいなのが来ちゃったんだろうか・・と後になって思った。
そして、こんなことを思う私なんだとそれにもびっくりした。
嗚咽しながらずっとよんでるとき、
自分の弟を何故か思う自分になってしまった。
(こうなるともう宮沢賢治の魂は居なくなってるね。)
弟は生きている。
ついこの前、母の一周忌で会った。
それなのにそんなことを思う私なんだと思った。
声を出して読むというのは黙読と違って何かあるのかもしれない。
いつの頃の昔か、忘れたけど、
日本では 本を読む=音読 だったということが書かれた本を読んだことがある。
「永訣の朝」という詩…彼の妹さんのトシさんとの別れの日に作ったものらしい。
きょうのうちに
とおくへいってしまうわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
うすあかく・・・
・・・最初の5行です。
なんだろう・・詩集を最初から声に出して読んでいたんだけど、
この詩を読みだしたら急に嗚咽みたいに泣いてしまった。
思ってもみないこういうことに自分でびっくりする。
声を出して読んでいる私に宮沢賢治の魂みたいなのが来ちゃったんだろうか・・と後になって思った。
そして、こんなことを思う私なんだとそれにもびっくりした。
嗚咽しながらずっとよんでるとき、
自分の弟を何故か思う自分になってしまった。
(こうなるともう宮沢賢治の魂は居なくなってるね。)
弟は生きている。
ついこの前、母の一周忌で会った。
それなのにそんなことを思う私なんだと思った。
声を出して読むというのは黙読と違って何かあるのかもしれない。
いつの頃の昔か、忘れたけど、
日本では 本を読む=音読 だったということが書かれた本を読んだことがある。