ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

認知症的傾向と暮らし

2016-07-08 11:41:40 | 日々の暮らし・思い出
おお!一カ月も書かなかった!

このブログ始めて初めてのことかもしれないねぇ。

この前、これを読んでくれてる友人がこのブログのこと言ってて、

ブログのこと思い出したくらいだよ。

その時、書くモードじゃないんだ・・とか言ったわたし。

事柄に追われていたのかもしれない。

住んでいるスペースにパソコンがなかった暮らしだったというのもある。

スマホはつかってないしね。

けれど、友人の言葉で、そうだ、書こうと思った・・・

思ってから何日も経ってる・・・

麻の布でズボンとブラウスをちくちく手縫いしていて、

それをやりたいというのが優先してるな。

そう、石垣では麻が一番!と着てみて思ったんだよ。


今、内地の我が家に帰って来てる。

懐かしのパソコンだ。

そしてやはり懐かしの我が家、わが庭。

そして懐かしの天候。

そう・・石垣の凶暴的な暑さに比べると本当に優しい天候。

こちらに帰って、あれ!?今、エアコンつけてたっけ?と思ってしまうことがあった。

あまりにも暑くない・・こんな表現は変だけれど、

暑いのが当たり前だったからだろうなぁ・・・

この快適さはエアコン・・と発想してしまったんだろう。

こっちに帰って来て、台所に立って食事の支度してるとき、

身体はもう石垣の台所を覚えていて、換気扇のスイッチを押そうとしたり、

ここは紐を引っ張るタイプなのにね。

帰って来た当初はお玉や箸や台拭きの位置なんかも石垣での置き場所に手が行ってしまった。

もう一週間過ぎたし、身体もここを又覚えなおしたみたいだけど。

九月になったら又石垣に戻る。

そうしたら、身体はまた混乱するかもしれないね。

身体っていう表現は変かもしれないけど、

こういう身体の動きって、やっぱり体得だ。


認知症的な在りようは石垣での暮らしで少し改善されたかな・・というのがあるんだよ。

車のチャイルドシートに孫を乗せて留め具で留めるのを一度で覚えられなかったんだ。

いや、一度どころか、やって見せてもらっても納得がなかったんだ。

それがある日、その仕組みがすごくクリアに見えた。

いや、わかってみると実に簡単な仕組みなんだよ。

わからなかったのが恥ずかしいくらいの。

けれど、頭の靄がとれたみたいに感じられた。

このことで思い出した・・・・

生前の母が70代後半の頃だったか、

東京の南武線と京王線の乗換の改札付近に来た時、

切符を何処へ入れるのか、どうしたらいいのか、戸惑っていて、

これこれ~こうするんだよ、と当たり前の感じで伝えた私に、

「それがわからないんだよ・・」と困惑顔で言った。

チャイルドシートに困惑した私と同じだ、と思った。

認知症でいろんなことがわからなくなるというのは

そのことのプロセスが観えなくなる、ということなのだと思う。

プロセスがぼやーっとして来るんだと思う。

そういうことをつかさどっている脳の電気信号だかがプッツンと切れてしまうのかなぁ・・

悠々自適な暮らしをしていると認知症になりやすい、と聞いたことがあるけど、

義父が亡くなって後、この地でどう暮らして行くのかがはっきりないまま、

夫はここに住んでいたいんだろうし・・・とか・・

もんもんとしていた、のは確かにあった。

認知症まっしぐら街道を歩いていたんだと思う。

いや、この地でも自分が選ばなかった暮らし方は幾らでもあっただろうけど、

そう、書いた通り、それを自分が選ばなかった。

いろんなことがなるようになった・・・

流れに乗って、行き着いたところが石垣だったという感じだ。

私の認知症的傾向がこれからどうなるのか・・

石垣での暮らしがどうなるのか・・・

わからない。

死ぬまでそこで暮らすなんて決めてない。

暮らさないとも決めてない。

どこか別の場所にまた流れて行くことがあるかもしれぬ。

どうなって行くんだろう・・というのが正直なところだ。

書き出してみたら、今日はこうなったなぁ。
コメント
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