9月26日 本部月次祭へ、用事で25日から出かけた。
詰所に泊まり、帰参した方々や修養科生さんと言葉を交わして、様々な喜びを頂いた。
フェイスブックに書いたことをここに記録しておく。
◆◆◆
【9月26日朝】
9月26日 本部月次祭へ、用事で25日から出かけた。
詰所に泊まり、帰参した方々や修養科生さんと言葉を交わして、様々な喜びを頂いた。
フェイスブックに書いたことをここに記録しておく。
◆◆◆
【9月26日朝】
ビックダディーとして、テレビで有名になった人が、インタビューに答えている動画ですが、
人間の本質について述べ、様々な事を考える資料となると思ったので、記録としてリンクを張っておきます。
MCの二人の表情が、とても私には印象的でした。
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昨日(9月19日)、おさしづを読むとすぐに眠くなって。。。と投稿した。
(21日このブログ投稿、22日修正投稿)
それについて、グループ内で私の体調を心配して下さる方があり、誠に申し訳ない事でした。
「復元」を研究するグループでは、順番に資料を提示しているため、昨日のおさしづを投稿しないとなると、投稿できるまで休まざるを得ないと思って、し,ばらく休みますと投稿しました。
今回のおさしづを読みながら、他の関連するおさしづを探すという作業は、私にとってはとても興味のあるもので、普通ならば眠くなるどころか次々と調べたくなり、目がさえるのが普通なのです。
それが、そのようにならないという事で、「どうした事だ。このおさしづは皆さんの目に触れない方が良いのかなぁ」などと思案していたのです。
そして、そのことが切っ掛けで、昨日久々に思い浮かぶままのブログ投稿となりました。
また、今朝、心配して下さる方の投稿を見て、私の解説抜きで資料としておさしづだけを投稿しようと、思い至り、先ほど投稿しました。
解説とは、最近ではロシアウクライナ戦争について、世界中で発信されているニュース解説を見て頂ければわかると思いますが、多種多様なのです。それぞれの思いが入ります。
また、それぞれの利害関係から、自分が有利になるようにと事実を曲げて発信される者もあります。
そうした解説は、いくつも異なる解説があれば、その解説を比較して検討する事が出来ますが、一つしか聞かなかったりすると、その解説が間違っていても本当だという事になりかねないのです。
自分で考えて、考えがまとまり、それなりの理由が述べれるようになれば良いのですが、そうならない前に、まったくの推測で解説を書いた時、それが独り歩きして大変な事になる事があると、今回のおさしづを読み、前後を調べながら思ったところでした。
勉強して物事を理解するにはとても時間が要ります。
また、その理解した事を周囲の人々が理解できるかといえば、そうでもないのです。
理解せずに、うわべだけの事で分かったような話を進めるために、次に聞いた人には違ったように伝わるのです。
伝言ゲームを想像すればよいかと思います。
簡単な一言の言葉「あ」とか「い」ならば、だれでも間違えずに伝えられるでしょう。
ところが、これが長文となり、また同じ言葉でも意味が違う言葉が使われると、何人かの人を介すと、その人たちの考え・感情でまったく違った言葉になってしまうのです。
それを心配しました。
そこで、解説をせずに、おさしづのみを資料として投稿する事にしました。
そして、今回調べていて、みかぐらうたが承認されたものであるおさしづを思い出しました。
そこで、三原典について書いてみます。
おふでさきが、他の宗教の教典と異なるものとしてよく言われる事は、
「親神様直筆の言葉(教祖直筆)」という事です。
聖書しかり、お経しかり、これらはキリストや仏陀が直接書いたものではなく、周りの人々が「このように聞いた」ということを記録したものであるという違いです。
天理教でいえば、この聖書やお経・経典は、教祖伝や逸話編、教典などがそれにあたります。
ですから、今公刊されている「おふでさき」は、2代真柱様が字体を検証して作られたものです。
そして、「おさしづ」は、本席様がtお出された教祖・親神様のお言葉を、筆取りの役を仰せつかった人々が書き取ったものです。
これに関しては、筆取りの役の人が聞き間違い、書き間違いを起こすことがありますので、「おふでさき」よりは親神様の言葉としての確実性は下がりますが、それでも親神様の思いを知り、私たちの歩みを進める資料には重要なものです。
この「聞き間違い・書き間違い」の証拠となるものが、現在公刊の「おさしづ」にあります。
(これは2005年に、私がWEB上で教理勉強をしようとしていた時に発見したもので、当時比較表を作ってHPにあげていました。)
明治30年8月14日と明治31年8月14日の『永尾よしゑ身上願』というものです。以下に二つのおさしづを列記しておきます。
・・・・・・
No. :(4巻2804頁12行)
明治30年8月14日
『永尾よしゑ身上願』
さあ/\尋ねる事情/\、身上にどうも心得ん事情という。心得ん事情尋ねば事情はもうこれなか/\。これ何ぼうとも積むに積めん、事情つかえたる事情諭す。あちらこちらどんとどうもならん。今日は尋ねにゃならん日に成ったる。事情積むに積めん事情に成ったる。身上障り身上障りもだん/\ある。だん/\事情中にどうもならん事情ある。明日は今日はと思いながら、日々夜々堪えられん事情、この事情聞き取って悠っくり書き取って、さあ多く事情あちらでこちらで、これはどうも何とも言えん。言えんと言うて、諭せんと言うは分からん。これまで道すがら、善い道ばかりやない。艱難苦労いつ/\通り、よう/\日及んだる。よう聞き分け。深い話する/\。心という理をそれ/\互い/\理以て運ばにゃ、善い理というは埋みよい。理は埋みよいというはどうであろ。これ皆勝手という。勝手という理は、このやしきには一つも無い。長い年限杖柱という理は、深い理か浅い理か、これ聞き分けば何のさゝわりも無い。皆俺も/\勝手通りたる。この日が出てからどんならん。あちら又通りこちら又通り、怖わい/\と言う。今度通ろうと思て居て、その道変わりてありたら、いか程通ろと思て通れん。よう聞き分け。長い年限何処にどうという事あったんやない。杖柱という、天より入り込み始め掛けたる理聞いて居る。これまで長い年限今日から始め掛けようかと言う。杖柱という理聞き分け。聞き分けにゃならん。聞き分けして皆それ/\治まれば一時も治まる。これはこうやけれどこれでこうと、運んでからどうもならん。どんな道付けても取れて了たら通れん。三十年以来親子諸共という、これ杖柱という理、聞き分け。聞き分けば、これ重い理か軽い理か聞き分け。金銭で買われば相当の金を持って行けばよいもの。この一つ理聞き分け。今日の障りは、ほこり強いのやろうと言う。言う者は有ろまいなれど、心の理から今一時聞き分け。西とか分からん、東とか分からん。大難という中でも舵の取りようで行く。これ聞き分けにゃ分からん。今日の日明日の日分からん。続いて行けば、何処までも行けるなれど、変わりた事やと言う。世界有りてはならん。これ聞き分けて治まれば身は何でもない。出る者は勝手に出てると言う。入る道は、どうでも我が一名以て日々送り来たる。大難からおき中にさあ危ないという。どんな中でも舵一つの取りようで治まるという。
『押して、政甚の事』
さあ/\話し掛けたら理を分かる。何でもないよう思て居たら、ころりと違う。末代伏せ込んだ理は、親子貰い受けて伏せ込んだ。傭人とは違う。傭人なら何ぼかやればそれで十分。親子の理それ/\ある。これ話し掛けたら、ほんに成程の理分かるやろ。もう一段話。席という、席の心さしづは、席の心のさしづと必ず思うな。今日の席と言うたる。万事一時に尋ねば一時にさしづ。さしづは何処からさしづ。皆理持ったるさしづ。席と言うたて、心映りて話すれば、話する。人間心ある。人間心持っては、舵という理は何処にあるか。聞き分けてくれにゃならんで。
・・・・・
No. :(4巻3067頁9行)
明治31年8月14日
『永尾よしゑ身上願』
さあ/\尋ねる事情/\、身上にどうも心得ん事情という、心得ん事情尋ねる。事情はもうこれなか/\これ何ぼうとも、積むに積めん事情つかえたる事情諭す。あちらこちらとんとどうもならん。今日は尋ねにゃならん日になったる。事情積むに積めん事情になったる。身上障り/\もだん/\ある。だん/\事情中にどうもならん事情ある。明日は今日はと思いながら、日々夜々堪えられん事情、この事情聞き取って、悠っくり書き取って、朝多く事情、あちらでこちらで、これはどうもならんとも言えんと言うて、諭せんと言うは分からん。これまで道すがら、良い道ばかりやない。艱難苦労いろ/\通り、よう/\日及んだる。よう聞き分け。深い話する/\。心という理恐れ/\、互い/\理以て運ばにゃならん。善い理というは埋みよい。善い理は埋みよいというはどうであろう。これ皆勝手という。勝手という理はこのやしきには一つも無い。長い年限杖柱という理は、深い理か浅い理か、これ聞き分けば何の障りも無い。皆俺も/\勝手通りてる。この日が出てからどんならん。あちら又通りこちら又通り、怖わい/\と言う。今度通ろうと思うてその道変わりてありたら、いか程通ろうと思うても通れん。よう聞き分け。長い年限何処にどうという事あったんやない。杖柱という。天より入り込み始め掛けたる理聞いて居る。これまで長い年限今日から始め掛けようかと言う。杖柱という理聞き分け。聞き分けにゃならん。聞き分けして皆それ/\治まれば、一時に治まる。これはこうやけれどこれはこうと、運んでからどうもならん。どんな道付けても、逸れて了たら通れん。三十年以来親子諸共という。これ杖柱という理聞き分け。聞き分けば、これ重い理か軽い理か聞き分け。金銭では買われん。金銭で買われば相当の金を持って行けばよいもの。この一つの理聞き分け。今日の障りはほこり強いのやと言う者はあろまい。なれど、心の理から出るものは、勝手に出てると言うて居る。道はどうでも、我が一名以て日々送り来たる。大難から多き中に、さあ危ないという、どんな中でも一つの取りようで治まるという。
『押して、政甚の事』
さあ/\話し掛けたら理を分かる。何でもないよう思て居たら、ころりと違う。末代伏せ込んだ理は、親子貰い受けて伏せ込んだ。雇い人とは違う。雇い人なら何ぼかやれ。それで十分。親子の理それ/\゛ある。これ話し掛けたら、ほんに成程の理分かるやろう。
もう一段話、席という席の心、さしづは席の心のさしづと必ず思うな。今日の席と言うたる。万事一時に尋ねば、一時にさしづ。さしづは何処からさしづ、皆理持ったるさしづ。席と言うたて、心映りて話すれば、話する。人間心ある。人間心持っては、舵という理は何処にあるか。聞き分けてくれにゃならんで。
・・・・・
そして、「みかぐらうた」については、
私が学生の頃、「書き残されたものがないから、これは親神様が教えたモノかどうか分からない」などとよく言われ、それに対して反論できる証拠が教校でも示されていませんでした。
これも、2005年頃、WEB上での教理勉強の時に、おさしづを読みながら公刊していた「みかぐらうた本」の版木を作り変えてよいかと伺うおさしづを見つけて、版木が認められているならば、ましてや文字を変える事にも言及されているならば、このおさしづで十分現在の「みかぐらうた」が親神様が承認された証拠となると思い、「続ひとことはなし その2」から調べて、これもHP上に上げていました。
そして、今回見つけたおさしづを読むと、解釈を出すことについての注意が書かれていました。
今回、私が読めなくなり、躊躇していた事に対する回答がここにあったと思うばかりです。
以下に、以前HPに掲載していたおさしづを書いておきます。
※気になるところを太字にしておきました。
※また、年代を追ってみて見ると、その時その時に応じて親神様のご指示が変わってきている事がわかると思います。こうした事は、親神様のお言葉をお使う時に、とても重要な事だと思います。
・・・・・・
みかぐらうた再版、解釈についてのおさしづ
十二下り及び解釈版行についての「おさしづ」
1、明治24年7月31日
2、明治25年1月10日
3、明治26年3月31日
4、明治33年5月31日
5、明治33年7月14日
6、明治33年11月5日
7、明治34年3月29日
註;1~3、5~7は「続ひとことはな志 その二」;p100に掲載
おさしづ文
1、明治24年7月31日
『炊事場普請御許しの願』
さあ/\尋ねる事情/\、尋ねる処さあ/\普請々々一条。今一時どちらもこちらも仮家、十分の処というは先になるによって皆仮家。あちらも取り払い、何時模様変えるやら分からん。今にして今に取らんならんやら分からんで。切り無し/\と言うてある。いつまでの長い間を見ては、どういうものと思て切り無し普請。一寸年限知らしてある。十分経ち切り、一寸掛かり掛け。皆掛け出し普請。あちらも不足、こちらも不足。不足やなけらいかん。十分分かりてあるによって、一寸仮家普請にして、明日日に建て替えせんならんやら分からん。日々の処、切り無し普請という心持って、どんな建て方でもどんな事も許し置くによって、何時なりと心置き無う掛かるがよい。
『同時、巽の角伊兵衞地所に三方へ石垣の御許し願』
さあ/\決まり、一寸仮の決まりも無けらいかん。一寸仮にあちらの石、こちらの石寄せ、出けたかというは、又崩さんならんやら。何時なりと掛かるがよい。心置き無う許す。
『同時、中山会長御居間古家取り払い御許しの願』
さあ/\何時なりと、すっきり十分許し置く。
『同時、おかぐら十二下り版木、前の分損じたるに付更に版木製作の願』
さあ/\まあ今の処、別にこうという事情、実際に持たず、そのまゝじっくとして置くがよい。
『押して、暫く見合わせ置く方が宜しう御座いますや』
さあ/\まあ/\今の処、そのまゝじいと用いて置くがよい。
2、明治25年1月10日
『神楽歌本再版致しましたものにや、原版をさらえて其儘使用して宜しく御座りますや伺』
さあ/\尋ねる事情、事情々々尋ねる処、さあ/\まあ一時改めてこうという、一つには前々以てこうという。又改めて急かにゃなろまい。そこはどちらなりと事情心次第に委せ置くによって、運ぶよう。又々、変わる変わらん、万事何か尋ねて。これ運んだる処は委せ置く。
『押しての願』
さあ/\その処はこうという処、これまでよきという処委せ置く。
4、明治33年5月31日
『松村ノブの五月三日のおさしづに、天然という御言葉を下された処に、如何の処の事でありますや、押して願(尚小人義孝夜分非常に咳きますから併せて願)』
さあ/\尋ねる事情/\、さしづあれど、事情どういう事もこういう事も、皆さしづ以て順序の理。所々それ/\皆んな治まりある。身上から又々尋ねる処、よく事情諭す。分からにゃ尋ね返やすがよい/\。これではとんと分からんと言えば、尋ね返やすがよい。中にも諭したる。又候々々重ねて尋ねにゃならん。さあ/\これ聞き分け。前々に天然自然と諭したる。天然自然というは、誰がどうする、彼がこうしょうと言うても出来ん。独り成って来るは天然の理。金でどうしょう、悧巧でどうしょうというは、天然であろまい。世上から見て、珍しいなあ。何処から眺めても成程、というは、天然に成り立つ理。この理聞き分け。思案してみよ。それより明らかは無い。この道理皆伝え。銘々治め。内々それ/\治め。それから始まった道。急いても出来ん、又しょうまいと思ても出来て来るは、天然の道と言う。よう聞き分け。どれから眺めても成程と言うは天然。これ聞き分け。身上案じる事要らん。案じる事要らんと言うたら、案じた分にゃならん。ついに案じる事要らんようになる。だん/\もう仕舞なったなあ、どうや知らんと言うて、又一つの理も取り直し/\、そら一つ肥するも同じ事。これ一つ理を悟ってくれにゃならん。
『押して、たゞ今おさしづを承りし処、今度中西牛郎に十二下り解釈を致させて居りますが、この件に掛かりますや願』
さあ/\尋ねる事情/\、それ天然と言うたるで/\。これ一つに悟ってくれ。何程発明利巧な智者や学者でも、行くものやない。たゞ言葉で八方という。未だ鮮やか分からん。急いた処が行かん/\。この道何も紋型無い処から、天より天降りて始め掛けたる道。誰も分からんから、天より天降りて始めた道。誰が掛かりたかて、そら分からん。そこで、どうしょうこうしょうと思たて、一時成るものやない。なれど、何年経ったて通り抜けにゃならん。どうで危ない所も、怖わい事もあろ/\。年限重ならにゃ出来やせん。だん/\道理から、だん/\ほんに珍しい事しよったなあ、悪い事も聞くなれどなあ、そうやないなあと、明らか重なりて往還の理と諭し置こう。
『押して、中西はそのまゝ仕事をさせて宜しきや』
さあ/\どういう事もこういう事も、皆あちらでもこちらでもする。これが誠や。それ/\出て来る。連れ戻ったる。怖わいと言うて来るものやない。皆肥や。どんな者もこんな者も、年限の内に立ち寄る。金銭出したとて雇われん。一つどういう、こういう、掛かりた処が出けん。どれだけ悪口言う者もある。言うた処がそら世上へ知らすのや。そこでぼつ/\掛かるがよい。この道具に使う。急いた処が行くものやない。ぼつ/\掛かるがよい。
『松村吉太郎五月十七日身上のおさしづにどんと治まって云々は、こたまの事情に掛かりたるように思いますが、こたまの件は如何致して宜しきや』
さあ/\尋ねる処/\、悪い者やなかった。善かろうと言うてしたる事はどうもならん。悪い者やなかった。悪い風に誘われ、余儀無い一時の道を失うたる。そこで、銘々親に代わって、心に掛かれば、心に掛からんように明らかして了うがよい。
『前川の方片付けたら宜しい御座りますや』
さあ/\片付けて了え/\。
『こたまの籍を引き取りまして宜しきや』
さあ/\どうも一時、どうしょうと言うた処が行こまい。悪い風に誘われ、取り損いはどうもならん。これまでさしづ及んだる。風に誘われたのは、銘々の恨みと諭し置こう。
『又梶本楢治郎昨年より分教会へ連れ帰り居るが如何致して宜しきや』
さあ/\尋ねる処/\、一つと言うや二つ。道理という、どうもならん/\。一人はどうもならん。こうと言うた処が、風に誘われ、又銘々思う存分、心を吐いた処が日々添わん。人に治める処は、治めにゃならん。放って置かれん。年限理を以て改めてやれ。心から改まらにゃ、改まりたとは言わん。口で言うた処が、心に改まらにゃ、真実改まったと言えん。これだけ諭したら、どんな事も分かる。
『押して、そのまゝ分教会に置く事願』
さあ/\どうも、さあ一時どうしょうと言うても、どうもならん。ほんの言葉一つで、今日から分ける事出けん。何か天然の道理持たにゃならん。天然はいつになっても、天然で通るだけは、どうでも連れて通る。これ聞き分けたら、怨むやない程に/\。銘々心恨みと諭し置こう。
5、明治33年7月14日
『天理教別派独立の件に付内務省へ書面差し出し置きし処、信徒を取り調べの事に対し、各府県より内務省へ種々の事申し込み有之、よって今少し確実のもの提出せば却って教会のためかと言われ、よって十二下りを郡山の信徒中西牛郎に解釈させて大綱を内務省へ出す事御許し下されますかと願』
さあ/\何か尋ねる事情/\、前々に一寸一時事情、いかな事情どういう処、高い所という。あれから一つ理合うたら何も言う事無い。高い所は世上の理である。この道というものは、どういう処から成り立った。遠い所高い所は何にも分からせん分からせん。一時に出来た道やない。細い道から出来たもの。そこで、もう遠からず道見えるで。心しっかり持って、皆んなの綺麗な心より働きする。働きせねば何にもならん。どんな者こんな者、皆綺麗な者。むさい事では何にもならん。
さあ/\もう、どうも一時ならん。道理から聞き分け。どんな大風、雨が降らん、旱水という。月日待っても降らん。どういう事こら何処から出来るものぞ。これも分からせん。又一時に吹き落され、一夜の間にはまりて了う事もある。これも何処から出来るか分からせん。よう考えてみよ。この元一つ、よう聞き分けてくれ。上さえさあと思うたらこれで結構、と思うなれど、この道は容易では行かん。容易では成り立たん。実というもの世界に治まりて、道理成り立ったら出来るもの。もう長い間やない。遠からず成って来る。俺が許した、彼が許した、という事は無い。独り成って来る。世界治めて居る者一人ある。始めて居る処へ、どうという処から、持ち出す。出すものは、どし/\出すがよい/\。隠し包みしてゝはならん。十分心に通り抜けたら聞く者ある。出抜けた者ある。あちら騒がしこちら騒がし、こちら聞いたら悪い、又あちら聞いたら善いと言う者もある。そこで、何よの事すっきりこちらからあちらへ耳の通り抜けた者に入れば、一時早業に火を移すようなもの。さあ/\心置き無う一時出すがよい。未だ/\掛かり掛け。独り分かりて来る。
『増野正兵衞、松村吉太郎明後日上京する願』
さあ/\尋ねる処/\、一日も早う出すがよい。
『ふでさきの処、大裏で建物して其処で調べをさして、その後別席場に用うるための建物の儀願』
さあ/\尋ねる処/\、それは道すがら道理ある。理に委せ置く。あちらから一寸、こちらから一寸、何か一つ/\道理無くば、成り立つものやない。よう聞き分け。何か、どうぞこうさしてくれ、と言うは、ならんと言わん。年限道すがらである。何よの事も道という心以てすれば、どんな事も許さんと言うた事は無い。さあ/\掛かるがよい。
『押して』
さあ/\どんな事も許す/\。
6、明治33年11月5日(陰暦9月14日)
『十二下り神楽歌本の是までの分、文字の違いを訂正の上再版致し度く御許しの願』
さあ/\尋ねる処/\、さあ理というもの、変えようにも変えられはせん。理を変えて道があるか。理を変えて居るもの世上にまゝある。この道聞き分け。文字抜き差し、上が下に、下を上に、言葉の理に変わり無ければ幾重の理もあろう。一文字でも理が変わりたら。堅く/\言うて置く。とても/\理を変わりては道に錆を拵えるも同じ事。一つの道具、そこに使う道具無かったら、皆んな揃うて居ても見て居にゃならん。どうでも一つの理を欠く事出来ん。つとめに手を抜いたる処あれば、心に唱えたら同じ事。すっきりと人間心で、こらどうそらどう、理を抜いたら、これは半文字もいかんで。
『押して、再版の事願』
さあ/\理の変わる事すっきりならん。理が変わらにゃ、上が下になるやら、下が上になるだけ。理が変わらんよう。
『十二下り解釈講社一般へ出す事の願』
さあ/\尋ねる処/\、今一時どうとは言えん。何よの事もじっとして居るがよい。今世界からどうやろうかこうやろうか、一つの気が立ったる。そこで理というものは、読みようで変わる。一時暫くこのまゝで行くがよい。世の中時々の道理変わる。世上の悪気、心変わる/\。変われば世界撫で廻しても、何処も優しきものやで。
続ひとことはなしにある、おふでさきに関するおさしづを順に、現在の公刊本を確認して、「復元」を研究するグループに、私が思う事と共に投稿してきたが、なぜだか、17回目明治33年10月31日のおさしづは、教会名称・会長について話しており、とても重要で、その前後のおさしづも調べてみようとした。
ところが、それらのおさしづを見るだけで眠くなる。
これまで、世界情勢を鑑みて、何とか親神様・教祖にお勇み頂き、大難は小難にお導き頂きたいと、元の理をはじめ、様々な資料を投稿し、それぞれが考えるきっかけになればと、稚拙な私なりに思う事を書いて来た。
おかげさまで、フェイスブックの友達も300名を超えた。
それもケニアの方々がとても多くなった。
みなさん、親神様の思いを探りたいと、様々な資料を探しておられるのだろうと推測する。
世界の動き・政治やマスメディアのウソなどにも、多くの人々が気がついてきたように思う。
親神様のご理想の陽気ぐらし、陽気づくめの世界になるには、人々の心が澄み渡り、教祖のように人をいたわる心になる必要があると思うが、それぞれが歩んできた道、信じて来た道があるので、それらを理解し、改革するためにはまだまだ時間がかかると思う。
そうした中、今回の超大型台風の情報を見て思ったことがある。
昔ならば、台風が来ていても、列車などはぎりぎりまで運転をしていた。
人を輸送するという義務感・使命感が強く、人のためにする事が当然のように行われて来たのだと私は思う。
それが、数年前からの災害から、運行する人々の安全なども考えるようになって、早々に運休を決めるようになった。
これはとても良い事だと思った。
そしてそれに対して、皆は納得しているように思えた。
いじめについても、いじめられる人がいじめられると思えばいじめ。という、
形から心の持ち方へと考え方も変化している。
些細な事だが、こうした事がとても重要だと思う。
そして、こうした事が人間の成人の姿だと思うのである。
天国と地獄、天使と悪魔、善と悪など対比して、様々な事が言われる。
しかし、この天国と地獄というのは、はるかかなた、死後の世界にあるのではなく、この地に現わしてあると教祖は言われた。
そして、天使と悪魔・善と悪。これはそれぞれの心にあり、人は心ひとつで天使にもなれば悪魔にもなる。神にもなれば怨霊にもなれるのである。
それが人間である。
教祖は、神様について、「あるといえばある無いと言えばない。願う誠に見える不思議が神」と教えられた。
これは言い換えると、人間の心ひとつで不思議は現れるという事であり、この不思議は人の助かりを願えば神であり、人を呪えば怨霊となるであろう。
つまりは、それぞれの心ひとつであり、その心を養う上にそれぞれの家族があると言っても良いだろう。
心が一番、その心がどれだけの事に対応できるか。
どれだけ早く悟れるか。という事が重要に思う。
近頃見聞きするスピリチュアル系の話では、自分の心を変えることが盛んに叫ばれている。
宇宙人を信仰する者、神を信仰する者、占星術などを駆使して予言をするものなどなど、大まかに見て、そのような傾向にあるように感じる。
昔ならば、ツボでご利益、お札でご利益だったと思う。
こうした変化を私は感じる。
前回かんろ台が倒されて、上下をつなぐほぞが折れたために、一番下2段の台がしばらく置かれていた。
あれをみながら、かんろだいの石が没収された当時を思っていた。
そして、教祖がつくられたひながたをたどって、残された人間が積み上げなければならない部分が積み上げられてきていないとも思った。
教えが神と聞かせてもらう。
スピリチュアル系の人々は、霊などからの言葉を元にしている。
これは霊などの言葉が聞こえて初めて成り立つ。
天理教の人たちには、そうした人たちはほぼいない。
けれども、身上と教祖の教えで、親神様の思いを悟る道を教えてもらっているのである。
と私は思う。
おさしづは読めなかったが、書きだしたら次々と言葉が出てくる。
身上事情と教えから悟る道、これを進めて行きたいと思うばかりである。
9月19日 先ほど秋の霊祭を終えた。
これまでにない大型台風が迫る中、部内の奥さんが参拝に来て下さった。
台風が接近しているので、早々に行って、おさがりとおはぎを持ってお帰り頂いた。
着かれただろう時間を過ぎてから、大雨が降って来た。
ありがたいと思った。
昨日、18日は部内の月次祭。
海抜0メートル地点にあるので、もし伊勢湾台風のようになったら。。という話で持ちきりだった。
そんな中でも、13人の方が集まって下さり、陽気におつとめを勤める事が出来た。
さらに、会長さんの初の曾孫が生まれそうとの連絡が入った。
夕方には元気な男の子が生まれたと、今日奥さんから聞いた。
月次祭の日に生まれるとは、何か意味ありげに思えて仕方がない。
先ほど、昨日の日付で、16日の本部神殿奉仕で、お守所に詰めている間に、思いつくままに書いたものをまとめて投稿した。
【動物のツガイと人間の夫婦は別物?】1~6 - あつたかい ブログ 2 (goo.ne.jp)
16日の神殿奉仕は、コロナ感染で交代してもらった分の当番である。
先回8日の当番の時は、結界内に座っている間中、様々な事が思い浮かび、それをFacebookに上げていたのだが、今回は小説を書く形になった。
それ以外に、知り合いの本部在籍の先生に、「これまで結構に慣れ過ぎて、教理勉強がおろそかになってきていた。勉強会を始めようと思う。」と声を掛けてもらった。「ぜひともその時には声を掛けて下さい」とお願いをした。
どのような勉強会となるかは分からないが、自らそのように思われて行動される事は良い事だと思う。
これまでの経験上、このお道のお話し、教理については、人それぞれによって正解は違うように感じている。
例えば、同じおふでさきを読んでも、その人の成人の度合いによって感じ方が異なり、悟り方も変わってくる。それによって御守護の姿も変ってくるのである。
昔の先生方が、それぞれのいんねんについて、「あなたは○○のいんねんですから、○○しなさい」と言った説き方をよくされた。
これによって不思議を見せて頂いて信仰に入られた方々も多かったのである。
しかし、そのうちに、「あなたは○○のいんねんです」と言われる事が、押し付けられているように感じる人々が現れて、それに対する反対意見が多く寄せられて、いんねんについての事が説かれなくなった時期があった。
それから月日が経って、今ではいんねんについて、白いんねんと悪いんねんとに分けて理解する人が増えて、いんねんについて平然と説く事が出来る感じがある。
それでも未だに、いんねんという言葉についてアレルギーのように、「そんなものはない」と否定をされる方もある。
つまり、教理に対する勉強は、今の学校で教えるように、こうしたらこうなるという方程式のようなものを教える訳にはいかないものと思うのである。
おさしづで、学校を作ることについて、お許しがなかったのであるが、その真意が良く分からずに今日まで来たが、今の日本の学校制度を省みた時、ただ答えを暗記するような学校では、教えを求め信仰を培う上には、そぐわないと思うようになった。
自ら求め、悟り上げていく、そのための材料を得る勉強会なり、意見交換会。
そうした場が必要と言うだけではないかと思う。
本来ならば、そうした場が教会であり、支部・教区活動ではないかとも思うのだが、なかなかそのようにならないのが現状である。
その理由を考える事も重要だと思う。
今回のコロナと、ワクチンに関して、うちの信者さん方には、過去にここに書いたように、実証されておらず何が起きるか分からない事も、政治的におかしい事についても話しをした。
その中で、私の話よりも、テレビの報道や政府の方針に沿う人ばかりであり、ようやく最近、身近にコロナ感染者が増えて、私がイベルメクチンを使用してその体験を会報に書いて、理解してくれだしたような感じである。
私は疑問に思うと、その理由を知りたくなり、色々と考える性分であるが、多くの人々はそうではないことも良く分かった。
正直、考えすぎる事も精神が休まらず、精神異常になりかねず良くはない。
しかし、自分の性分を知っておれば、コントロールが付けやすくなる。
私の場合、そのコントロールのカギは妻である。
私と同じような性分もあるが、正反対な部分もある。
私が行き過ぎて考えに困った時には、奥さんの正反対の性格をまねるようにして、冷静さを取り戻すようにしている。
月日がいざなぎ・いざなみ様に入り込んで、夫婦のひながたになった。
月日は全く性格は異なる。
だから、男と女の考え方も全く異なると言っても良いであろう。
そして人間は、今の身体になってから、知恵と文字の仕込みを受けたのである。
動物のツガイと人間の夫婦との違いは、お互いの性格を知って、知恵を使って付き合って子供を育てて行く事だと思う。
今日はこれまでにします。
今午後5時を過ぎました。
先ほどまで激しく降った雨は、今やんでいます。
大難は小難にお守りください。
9月16日午前10時過ぎ、本部神殿奉仕の合間、車へ荷物を取りに外へ出たら、神殿の上に月が見えた。
昼間の月は、なかなかお目にかかれないし、見えていても気にならないものである。
それが、眼に入って、思わず撮影した。
9月の月次祭を無事に終えて、久々にゆっくりとブログに向き合っている。
前回、不思議な雲とその合間から見える月から思う事を書いたが、その後の出来事で、教会の会報にも記したことを書いておく。
まず、新型コロナとワクチンについてである。
この新型コロナに対応させて、日本で接種されているワクチンは、mRNAという遺伝子操作をするワクチンで、これまでの病原菌を弱毒化して作ったモノとは全く異なっているものであることは、多くの方々はすでに承知の事と思う。
そして、これは人間の体内の細胞を変化させるものである事も承知の事と思う。
さらには、これが治験薬で通常ならば5年の臨床実験を経て承認されるべきものでありながら、特例として緊急承認されたものである事も承知の事と思う。
治験薬で安全と確認されていない薬、それを理解して自分の身、更には複雑な事が理解できない自分の子供や孫に接種する事を選びますか。とこのワクチンで問われているのである。
この接種が始まってから、すでに多くの方が後遺症で悩まれている。
しかし、その情報は自分で調べないと得る事が出来ないのが、現状である。
それ以上に、治験薬であり、後遺症と思われる症状が報告されているにも関わらず、いまだに「安心安全」と言っている政治家の言葉をどのように捉え、政治の進め方をどのように見ているのだろうかと、多くの方の問いたいのである。
前置きが長くなったが、
先日9月8日のご本部の神殿奉仕の時に、こうしたワクチンの事で不思議を見せて頂いたので、書いておきたい。
3カ月以上も前にワクチン接種をして、それから、頭痛などの症状があり、日々辛い思いをしておられる方と一緒になった。
そこで、思い切って「おさづけをさせて頂きましょうか」と声を掛けた。
すると、その方は、「弟から、このワクチンは治験が済んでいない。危険だから絶対に打つなと言われていたが、海外へ行かねばならないから打った。打って後遺症が出てから、自分の遺伝子を書換えるワクチンだと聞いて驚いた。」と気を落として話をされた。
その話を聞いて、「その通りです。人間の細胞を変化させるワクチンで、あるお医者さんがワクチン接種をした人の血液を調べたら、赤血球が変化していると言っていました。また、余りにも後遺症の出方に幅がありすぎる事について、これは治験薬なので、どんな反応になるかロットによって内容が違う可能性が大きいとも言っていました。」と話しをしました。
さらに、「人体の細胞の遺伝子を書換えると言っても、すべての細胞の遺伝子が書き換えられているわけではないはずです。さらには、人間の体はブラックボックスです。試験管の中で実験しても、体内には試験管で使われるもの以外の物質もあります。本当には何が作用しているかは分からないのです。おたすけをして、おさづけを取り次いで、医者がダメだという病気も御守護頂けるのは、ブラックボックスという言葉から分かると思います。」と話しました。
すると、その方はこれまでの事を色々と話してくださいました。
そして、おさづけを取り次ぐ前に、その方が「私に取り次いで、先生に私の身上が行きますけど良いですか?」と問われました。私は「別にかまいません。私よりもあなたの方が、多くの方々を導かねばならないのです。」と答えておさづけをさせて頂きました。
おさづけを取り次いだ後、その方は、神殿・教祖殿・祖霊殿と廻られて、当番を終えて分かれる前に、「良くなりました」と、これまでとは違った明るい顔で言ってくださいました。
親神様・教祖のお鎮まり下さる間近で、本当にありがたい姿を見せて頂いたのでした。
そして、翌9日教養掛の代理で、修養科生と夕づとめをつとめて、夜中に名古屋へ帰ったのでした。
そして、翌日10日は、支部内の教会の前会長さんの告別式に夫婦で参拝をさせて頂き、その後会報を作らねばと思っていたのですが、身体が思うように動かず、すぐに寝てしまうので、思い切って横になっていました。
11日月次祭の準備をする中、部内の奥さんと後継者の方がお供えを持って参拝に来てくださいました。
不思議な事に、その朝づとめの時、妻から部内の方の身上について話しを聞いていましたので、それを台として色々と話しをさせて頂く事が出来ました。
12日早朝に祭文を書き上げ、会報を作り上げ、いつもより少し遅くから準備を始めました。
昔ならばすごく焦って事を進めていたと思うのですが、なぜか全く焦りもせず、一人で黙々と準備を進める事が出来、信者さん方の到着を待ちました。
月次祭のお話し当番が、先月月次祭後に私がおぢばへお願いに行った、身上のご主人を持つ方でした。
ご主人の身上に対して、皆さんがお願いをして下さる事にとても感謝されていました。その話の中で、お姉さんが所長をつとめる布教所で、兄弟そろって夕づとめをするようになった。娘達もそれぞれの家からおつとめをしてくれているという話を聞き、布教所が一歩前進する機会を頂いたと、自然と涙が出ていました。
月次祭に来て下さる信者さんは少なくなってきましたが、話をする内容はとても昔とは違って来ているように思います。
すべては貸しもの借りもので、本当に心通りの守護です。
この心は、人から替えろと言われて、すぐさま変わるものではありません。
そして自ら、変えようと思って、四苦八苦してようやく変わるものです。
その四苦八苦する中に、親神様・教祖は手助けをして下さっているのです。
人は鏡です。その中で、夫婦は特に縁の深いものが寄り添った、凸凹の鏡です。
二人の心を治めるためには、そして家族、近しい人々の心が治まるためには、まずは気がついた者から、実践して変わる事が重要かと思います。
教えは転ばぬ先の杖。。自らを変えて、身近が変わるための大切なものだと思います。
この年になって、色々と経験をして、ようやく分かって来た事です。
あせらず、自然体で行きたいと思うばかりです。
思うがままに書きました。
参考になれば幸いです。
人々の心が、陽気ぐらしへの心へと変わりますように!!!
9月4日に書きかけたものを投稿する(2022.9.10)
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9月2日 夕方5時前、メダカに餌をやろうと玄関前に出た。
空を見ると、雲の間から光がきれいな筋となって降りそそいでいる。
嬉しくなって、撮影をする。
すると、より一層明るくなり、雲の間を見ると月が見えた。
慌てて動画を撮る。
動画よりも写真の方が良いと思って、切り替えた時には、すでに月は隠れていた。
その後ドンドン雲のすき間は無くなり、雨が降り始めた。
とても不思議な光景に、本当に偶然に出合った。
この月の様子を見て、以前から思っていた「元の理」が思い浮かんだ。
「こうき本」のブログ記事一覧-あつたかい ブログ 2 (goo.ne.jp)
元の理の最初は、月様と日様がいて、月様が「人間を創ったらどうだろうか」と思い立ち、日様に「陽気に暮らす人間を見て、共に楽しみたい」と相談をした。
これが何といっても大本である。
そして、二人の相談がまとまった上で、周囲を見渡すと、亀・鯱・ウナギ・カレイ・黒蛇・フグ・人魚・白蛇が目に止まり、それぞれに人間を創るための道具になって欲しいと相談するのである。
集めたモノたちの了承を得て、それらに神名を授けて、食べて、人間とその人間が生活する世界を作る働きとしたのである。
この時、集めたモノたちに約束をしたのが、「生み降ろす子数の年限が経ったならば、元の屋敷に連れ帰って、神として拝をさせよう」というものであった。
そして、月様(大龍)と日様(大蛇)は、人魚と白蛇以外を食べて、その働きを体内に取り込み、この世界の理・法則とした。
そして月日様は、人間の種が必要として、周囲にたくさんいるドジョウを食べた。
白蛇には、亀の働きにより女一の道具を作って、女のひながたとした。そして人魚には鯱の働きにより男一の道具を作って男のひながたとした。
これによって、「元のぢば」において、夫婦の宿仕込みを行った。
これが、元はじまりの一番初めである。
そして、この後に人間を生み降ろすことになり、人間の生まれ変わりと共に、天地が分かれて、月などが出来るのである。
私たち人間は、父母の間に生まれ、物心がつくようになって、目に見える事を中心に、そして自分の感じる事を中心に、様々な事を学び、喜怒哀楽を感じて生きている。
夫婦のひながたは、いざなみといざなぎであるが、そこには、日様と月様が入り込んで、男女となっている。
そしてまた、日様は火の働きで温みであり、情熱でもある。
月様は水の働きで、理性でもある。そして水は冷たいのである。温みが備わって初めて生物が生きる事が出来る水となる。
天理教という。天の理の教えと書く。
天とは地球を含むすべてであり、理とは法則である。
すべての法則を教えるという意味でもある。
その法則の元が、火水であり、10全の守護でもある。
雲のすき間から月が見えた時、理の世界を理解する必要を感じたのである。
また、元の神様である、月様・理の働きが常に私たちを見つめていると思ったのである。
さらに、それに沿えば良いが、沿わぬ時にはそれなりの事が現れて困る事になると思ったのである。
自分の事しか見えない子供から、周囲の事も見え、世界の法則を知る人間へとなる必要があると思った。