テレビの天気予報を見ていた夫が「今夜半から雪が降るって」と言った。
「子供達は成人したし、住宅ローンは終わった。喧嘩もしたがまずまずの生活だったな」
呟きながら夫の視線が、カレンダーからその下のJRの時刻表に移った。
翌朝、私が目覚めたのはいつもの六時半。
既に、夫はベッドに居ない。
階下の居間のファンヒーターにスイッチが入れてあった。部屋は温まっている。
私は部分入れ歯の夫のために、鍋に湯を沸かす。温野菜のサラダとゆで卵を作る。バターロールとミルクティーを用意した。
新聞はいつも夫が取りに出る。だが、一向に戻ってくる気配がない。
廊下の雨戸を開け、玄関のドアを開ける。
雪が5センチほど積もっていた。
玄関から通りに向かって、雪に靴跡が続いている。確かに夫の靴跡だ。靴跡は通りを横切りJRの駅に向かっていた。
八時五十分。夫の会社に電話を掛けた。
「今日は、休暇願は出ていません。もうじきいらっしゃるでしょう。出社しましたら、ご自宅へお電話させます」
総務部の男性が言った。
何の言葉もなく出掛ける事の無かった夫。「そのうち帰って来るよ」と息子が言ったが、夕方になっても連絡はない。私はもう一度会社に電話をすることにした。プッシュボタンを押しながら、何気なくカレンダーに視線がいき、その下の時刻表に移った。
指で辿りながら見ていくと、上野発下りの二番列車の部分に(雪)の字がついている。
臨時急行列車。行き先の欄が空白だ。
私は、夫がこの列車に乗ったことを確信した。
★著書「風に乗って」から、シリーズ「風に乗って」17作をお送りしています。楽しんで頂けたら幸いです。
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