紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

縄尻

2020-05-15 06:53:03 | 風に乗って(おばば)


   縄尻

「おばば、どうしたんだい」
南風に乗った雲が声をかけた。
ちら、と見上げたお婆は背を丸め、足元に視線を戻した。
「噂に聞いたんだが、もう何日も縄尻を探しているんだって」
雲は形を変え、遠ざかりながら言った。
「バッパー、解らない事でもあったのかい」
欅の梢から、カラスが笑った。
「ああ」
お婆は顔を上げずに、生返事をした。
盛り上がった縄の山に嫌気がさして、手を止めた。
「ちょいと、そこのカラス。縄尻がどこか、そこから見えないかね」
「いつものバッパーらしくないな」
カラスは、おもしろそうに言った。
「今度ばかしはな」
お婆はまた縄尻を探し始めた。縄尻は、見えたかと思えば、また消えてしまった。
カラスは、羽を光らせて飛び去った。

お婆は、見え隠れする縄尻を、指先に力を入れて引き出した。やっと見つけた縄尻は、スルリと、意外な程たやすく解けた。
左腕を曲げて、縄を巻いていく。
「おや、浮かない顔つきだったけど、しっぽが見つかったのかい」
舞い戻ったカラスがひやかした。
「ああ。縄の癖を知ってたつもりだつたが、やっぱり解らないものだよ」
「その縄をどうする気だい」
「そうだなぁ。おまえの首にでもくくりつけて、空でも飛んでみるか」

茜空に、窒息寸前のカラスが、はればれとした顔のお婆をぶら下げて飛ぶ姿があった。