紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

(3)鎌倉大仏

2022-08-07 06:56:58 | 江南文学56号(華の三重唱)16作
「うわっ、中、暗い」
「狭いところね」
「気を付けてよ。足元。お互い年なんだから」
 徳子を先頭に、孝江、依子と続いた。
 鎌倉大仏の体内に通じる階段は、やっと二人が擦れ違うことのできる幅だ。三、四段下ってから方向を変えて登って行くと、広い場所になる。三十人に近い男女が蠢いていた。
「ここが大仏さんのお腹の中ね」
 依子が呟くと、徳子が言った。
「ね、大仏さんは女なの?」
「えっ、どうして。お釈迦様なのだから男よ」
 孝江が言って「当たり前でしょ」と付け加えた。
「だって、なんか子宮の中にいる感覚なんだもの。そんな感じしない?」
 依子はゆっくりと空間を見回した。
 なるほど。蠢いている人々は、受胎前の物体のようにも見える。
「不謹慎かしら?」
 徳子が囁いた。
 孝江が独り言を言った。
「ここにいる皆さんは、純粋な気持ちでお参りしているのかしら」
 依子は、『写経の願意』へ、孝江が書いた庄一という文字を思い出した。
 孝江は外へ出ると、大仏の顔をじっと見上げている。
 トビが高度を下げて「ピーヒヨロロ」と鳴いた。
 徳子が、高徳院の境内にあった与謝野晶子の歌碑から引用して言った。
「本当に、この仏様。美男でおわす。だわね」
「みほとけの 尊く放つ御光を 仰ぐすなはち罪ほろぶとふ」
 孝江が声に出して、伊藤左千夫の歌を唄った。



江南文学56号掲載「華の三重唱」シリーズ
初老の孝江と依子と徳子のプチ旅物語です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。



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