「これ、見ざる聞かざる、言わざる、なのね」
依子は、徳子、孝江と並んで、白い神馬がいる神厩舎を見上げた。
「霊獣って呼ばれている二十六種類、七百十四頭の彫刻がこの東照宮にはあるんだって」
孝江が小型の双眼鏡を取り出して、陽明門の彫刻を丹念に見ている。依子は中学の修学旅行を思い出した。半世紀近い昔だ。
「陽明門の前の石段に並んで、集合写真を撮った記憶があるわ」
「そうだっけ? 徳子さん覚えている?」
「どうだったかしら。ね、写真撮ろうよ」
徳子がカメラを構え、孝江と依子は石段に並んだ。
陽明門から、内院を囲む回廊を人波に添って行く。奥社につながる参道の入口に、『眠り猫はこの上の欄間です』と矢印と案内があった。依子の記憶よりずっと小さい猫だ。
案内に従って拝殿、本殿のお参りを終えたところで、案内係が勧める。
「生涯をお守りするお香を、お家で待っているご家族に。また、親しい方にお勧めします」
孝江が赤と青の香袋を買った。
「ねぇ、誰のために買ったの」
徳子と依子の問いに、孝江が表情も変えないで言った。
「内緒、夫でないのは確かだわ」
薬師堂に入ると、照明が昔より明るく感じた。鳴き龍が目を見開いている。係の打つ拍子木に、鈴のような鳴き声を返してきた。
外に出ると強く雨が降っている。タクシー乗り場まで走った。
「三ツ山羊羹を買って帰ろうよ」
孝江が言った。徳子が生湯葉の刺身が食べたいと言う。依子に、修学旅行で、キノコのたまり漬けを買った記憶が蘇ってきた。
江南文学56号掲載「華の三重唱」シリーズ
初老の孝江と依子と徳子のプチ旅物語です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
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